「作品至上主義者」、池松壮亮が抱える映画・文化への危機感と、希望

この人はいま何を考え、思案し、活動をしているのか? 常々気になってしまう存在・池松壮亮。彼が紡ぐ言葉は洞察力に満ち、この国が抱える映画表現における課題を図らずも露わにする。

 そんな彼が2020年に出演した『柳川』が、全国順次公開中だ。監督を務めるのは韓国で活躍し、国際映画祭で高い評価を得てきた中国出身のチャン・リュルで、キャストには中国圏で絶大な人気を誇るニー・ニーや、実力派俳優のシン・バイチン、チャン・ルーイーがそろった作品だ。

 不治の病に侵されたドン(チャン・ルーイー)は、長年疎遠だった兄、チュン(シン・バイチン)を誘い、日本・柳川へと旅に出る。かの地でふたりは、かつての想い人だったチュアン(ニー・ニー)と再会するが……。人の生と死、出会いと別れを静かに見つめた本作で、池松は3人を見守る宿の主人に扮している。

 コロナ禍に入って3年弱――海外の映画人とのコラボレーションも増加した池松が、自身の足跡を振り返りつつ、現在抱えている映画、ひいては芸術文化への思いを率直に伝えてくれた。

photographs : Norifumi Fukuda (B.P.B.) / hair & make up : Fujiu Jimi / interview & text : SYO

『柳川』
監督・脚本:チャン・リュル
出演:ニー・ニー、チャン・ルーイー、シン・バイチン
池松壮亮、中野良子、新音
東京の「新宿武蔵野館」ほかにて全国順次公開中。Foggy配給。

FIXされた世界に人生が入ってきて、人生がまたいなくなる

――池松さんは、本作の舞台である柳川と同じ福岡県のご出身です。本作をご覧になった際に「異国情緒を感じた」とおっしゃっていましたが、ある種のホームグラウンドがそう見えてくるのは面白いですね。

 母方の実家がここから15分くらいのところにあるので、昔から見知った街並みに別の眼差しが与えられたようでした。これまで、柳川を特別視したことがなかったんです。水の都でウナギがおいしいくらいの印象で、静かで美しい場所ですが、こう言っては何ですがこれといって何もない場所ですから。どこがチャン・リュル監督の琴線に触れたのかご本人に聞きそびれてしまったのですが――。

 こうした感覚を抱いたのは、韓国と中国のスタッフが混ざっている今回の座組の影響があると思います。監督は韓国で活躍されていますが、本来は中国の出身でいわゆる朝鮮族と言われる血筋です。そして今回、チャン・リュル監督がキャリアの中で初めて中国資本で撮った映画()が、『柳川』なんです。

 監督と話していたなかで印象的だったのが「自分は複雑なルーツを持っていて、東アジアの歴史に興味があるんだ」とおっしゃっていたこと。日本にも兄弟が住んでいたりと縁があるそうです。劇中に「この町は中国のどこどこという町の風景に似ているね」といったようなセリフがありますが、もとは一緒だった人たちがバラバラに漂って、たまたまとある町で出会い、さよならを伝えるまで――水辺と柳があって静かに情緒を感じる、どこかノスタルジックで、寂しさが漂う東アジアのとある町というのが重要な点だったのではないかと想像します。あるいは全く逆で、柳川という町がこの映画にインスピレーションを与えたのかもしれません。

編集部注:100%の中国資本映画が『柳川』の意。

映画『柳川』より

――本作はFIX(固定)の画が多く、その中に人が「入ってくる」のが印象的でした。これもまた、町という“空間”を撮っている感覚を強めますよね。

「出ていく」「いなくなる」という表現も多いですよね。FIXされた世界に人生が入ってきて、人生がまたいなくなる。3人の登場人物がいる畳の部屋に僕が入っていき、やがて1人ずついなくなるシーンなんて、顕著だと思います。本作は2020年の1月に撮影したのですが、時代が蠢く渦中で死生観と、時代と人の心のうつろい、人生の儚さと寂しさが水辺の町に漂うこのような映画をものすごい手腕で作り上げているなと感じました。

――『アジアの天使』や『オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ』の撮影も2020年でしたね。『1921』然り、グローバルな作品が続いている印象ですが、意識的なものでしょうか。

 意識的なものが半分、たまたまの出会いがあって「これだ」と思えたものが結果的に重なったというのが、もう半分でしょうか。20代でも何度かチャンスはあったのですが「いまじゃない」と思ってしまっていたようなところがありました。2020年はちょうど30歳になった年。20代を経てこの先10年をどういう風にやっていこうかと考えてきたときに、海外に目を向けようという意識は数年前からありましたし、大学を卒業してから30歳までは、どれくらい日本映画に加担できるか、自分自身に課しているようなところがありました。そこで良いものも悪いものも一通り見ることが出来て、次の10年、どういう風に映画そのものに関わっていけるのかをいま試行錯誤している最中です。

――それこそ、映画デビュー作が『ラスト サムライ』ですもんね。

 そうですね。だから、海外の作品に参加することに対して抵抗感は人より少ないのかもしれません。

どこまでも作品至上主義でありたい

――『ラスト サムライ』は別ですが、国内で海外資本の撮影をする場合、「忍者」「ヤクザ」だったり、ある種のステレオタイプな日本文化・日本人像を求められる傾向があるかと思います。

 ありますよね。「日本人の面白さってこうでしょ?」というカテゴライズをされることのほうが多いと思います。僕自身、そうしたステレオタイプを基本的には避けていますが、あえて意識することもあります。海外にいったときのほうが自分を日本人として意識することが圧倒的に多いと思います。精神性やあらゆる面で日本人とはという事を考える機会が増えます。
 でも、作品にとって面白くて必要な場合はそれを使いますが、やはり基本的には、人種や国の壁を超えなければいけないときにステレオタイプを持ち込んでいては、つまらないですよね。属する国や人種よりも、各々がパーソナルなものを持ち寄ること、それが真に理想的だと思います。

――『オリバーな犬』には、オダギリジョーさん然り永瀬正敏さんや國村隼さんほか、ボーダレスに活躍されているキャストがそろいました。

 確かにそうでしたね。僕自身海外の作品も観ることが好きなので、「あの作品の撮影はどんな感じでしたか?」と尋ねたりすることはよくあります。各世代に海外作品に参加されている方がいらっしゃいますが、お話を聞いてもやはりそれぞれ感性が違うので、見てきたものも人それぞれだという印象です。『ラスト サムライ』では渡辺謙さんや真田広之さんがアメリカに打って出ていく姿を間近で見ていましたし、自分のキャリアの中でそうした出会いが多いことはとても不思議で面白いです。

――『柳川』もそうですが、チャン・リュル監督の作品にはスター俳優たちが集うという傾向があります。メジャー大作とアート系映画の線引きなく横断できるのは、豊かだなと感じます。

 そうですね。それは何より第一に、日本ではそこまでの認識で広がっていないかもですが、チャン・リュル監督の映画が圧倒的に優れているからです。そのことを俳優たちが、恐らくちゃんと認識していることもいいなと思います。

 中国に行くと、皆が口をそろえて「ニー・ニーさんは若手ナンバーワン」だと言うんです。この映画はいわゆる中国のインディペンデントサイズの映画で、日本と比較すると驚くほどお金がかかっていますが、中国映画の予算からすると小さな小さな作品です。ニー・ニーさんのような方がこういった作品に出るのは面白いですよね。そのことにとても興味がありました。

 そのあとに『1921』という中国映画でホアン・シュアンさんに出会いましたが、彼も若手ナンバーワンと呼ばれるような人で、中国映画の大作に出続ける一方、『ブラインド・マッサージ』のような世界が認める素晴らしいインディペンデントな作品に出演しています。いまの中国にこういう俳優たちがいて様々なことを考えながらこういうふうに活動しているんだということを見ることが出来ました。

 僕自身としては、やっぱりどこまでも作品至上主義でありたいので、自分が面白いと思ったことに忠実であるのは当然で、そのことに責任が伴うことを忘れずに、幅広く、幅なくやっていきたいと思っています。

 でも正直に言うと、この国では「幅広く」といってもその広さ自体に限界があり、本当はこういうことをやりたいけど、できないなと感じることはたくさんあります。

『柳川』より、ニー・ニー。

――その“狭さ”は、池松さんがキャリアを重ねていくうえでどう変遷してきたのでしょう。改善されたのか、変わらないのか……。

 難しい質問ですね……狭さにも色々ありますが、その言葉を大きく捉えると、日本映画の狭さは年々進んでいます。僕は年齢のわりには、ぎりぎり昭和の名残を直接的にみた俳優で、2000年代、2010年代と比較してもまた全然違います。相対的に見ると、悪化している一方であるという感覚ですね。

 でもそれはこの国のどのメディアにもどんな業界にも通ずることで、僕一人が何を思おうがどうにもならないと、何度も何度も諦めてしまいそうになったり、実際に諦めてしまったりしながら今があります。

 『柳川』は中国では低予算映画に類されますが、マーケットとしては日本より何倍も大きい。とはいえ、色々と話を聞くと、『柳川』のような存在の映画は中国でも物凄く稀なケースで、中国映画は中国映画で、今、作られる作品が偏りすぎている部分もあるようですし。

――フランスの監督たちにお話を聞いても、「いつ助成システムがなくなるかわからない」と危機感を露わにされていました(※フランス映画界では、公共と民間が製作費の50%ずつを負担し、映画チケットの売上金の約10%が還元されて次なる作品の製作資金にプールされる)。

 僕ら全く支援のない日本人フィルムメーカーからすると、そんなにもらって映画やってるんだ!といつも驚いてしまいます。フランスや、ヨーロッパ映画の最も切迫した課題としては、何より映画館に人が戻ってきていないことだと思います。世界的にみても大きな難題ですよね。このまま配信に流れていくと、これまでのようには劇場映画を作ることは出来なくなってしまいます。

少なくとも自分たちの手によって向かう方向は決まると信じて、より良い方向を目指して未来に託したいと思います

――配信作品の増加で、各俳優さんの出演本数も増加しました。

 もう追いきれないですよね……。モノクロがカラーになったように、フィルムがデジタルになったように、配信は映画の進化であると捉えていますが、映画に携わる中の人たちが、大事な選択を誤ってしまったり、大切なことを見失ってしまったりしていかないことを願います。

――先ほど「次の10年」という言葉も出ましたが、池松さんは熟考されたうえで動く印象があります。大体10年スパンで計画を立てられるのでしょうか。

 何年スパンか自分で考えているわけではないですが、いい区切りになるのでおのずとそうなのかもしれません。慎重な性格なので、何事もある程度の算段を付けてから挑んでいますし、これまで経験していないことに飛び込むにしても、一度深く考えているところがあります。考えすぎることで失敗することも多々ありますが、自分のもった性格と性質を活かすべきだと思っています。何も考えずに飛び込むことを常に良しとすることを自分で自分に許すようには絶対なりたくないですし、もしそうなったら大したモノ作りはやっていけないと思います。

――そんな池松さんが、映画というものが今後どういうところに向かっていくとみているのか、気になります。

 僕も知りたいです(笑)。どういうところに向かっていくのかは分かりませんが、少なくとも自分たちの手によって向かう方向は決まると信じて、より良い方向を目指して未来に託したいと思います。同時代や未来と映画という叡智を分かち合うことを忘れたり、金や権力に映画が脅かされることから、映画という文化を守る方法はないか、考え、実行していかなければならないと思います。映画ビジネスという側面においても、文化がビジネスになるのであって、ビジネスが文化になることは決してありません。とにかく、何か根本的に失ってしまった価値観をもう一度見つめ直し、映画とはどうあるべきか、考えていくべきチャンスのときだと思っています。

Sosuke Ikematsu 
1990年生まれ、福岡県出身。2003年『ラストサムライ』で映画デビュー以来、映画を主戦場に圧倒的な表現力で観客を魅了し、日本映画界には欠かせない存在に。
主な出演作に映画『紙の月』『ぼくたちの家族』『愛の渦』(すべて’14年)、『劇場版MOZU』(’15年)、『セトウツミ』『デスノートLight up NEW world』(すべて’16年)、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(’17年)、『斬、』『君が君で君だ』(すべて’18年)、『町田くんの世界』『宮本から君へ』(ともに’19年)、『アジアの天使』(’21年)、『ちょっと思い出しただけ』、Amazon Originalドラマ 『モダンラブ・東京』(ともに’22年)など。第93回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、第41回ヨコハマ映画祭主演男優賞、2018年度全国映連賞男優賞、第9回TAMA映画賞最優秀男優賞ほか受賞歴多数。
待機作に『シン・仮面ライダー』(2023年3月公開予定、監督:庵野秀明)、『せかいのおきく』(2023年4月28日公開予定、監督:阪本順治)。

『柳川』
WEB:https://movie.foggycinema.com/yanagawa/


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