
唐さんの作品をとおして、僕は本当の自分に出会えた
──『少女都市からの呼び声』ではじめて唐さんの作品に参加されたとき、ひとりの表現者として唐さんのエネルギーをどのように受け取りましたか?
安田:唐さんが生み出した言葉というのは、人によっては難解なものだと思います。でも、『少女都市からの呼び声』ではじめて役者として唐さんの作品に関わったとき、これまで僕自身が大切にしてきた感覚が共鳴しているのを感じました。
たとえばそのうちのひとつが“生命の尊さ”です。僕は幼い頃から身近なところに“死”の存在がありましたし、僕自身もこの身をもって大変な経験をしました。そこで得てきた感覚が、唐さんの作品の深部に触れたときに共鳴したんです。
『アリババ』も『愛の乞食』もテーマ的には誰もが目を伏せたくなるようなものを扱っています。でも唐さんは、多くの人々がなかなか触れられないところに自ら飛び込み、その感触を言葉にして、演劇をとおして世の中に訴えようとしている。役者として参加する僕は、唐さんから教えてもらった感情や感覚を、観客のみなさんに手渡ししていく存在なんだと思います。
──唐さんの戯曲というと、観劇していて口にしたくなるようなセリフが多いですよね。
安田:そうなんです。僕にとってもそれはすごく大きいですね。役者だったら一度は言ってみたいセリフだらけですから。でも誰もが言わせてもらえるわけじゃない。こうして再び唐さんの書いたセリフを言わせてもらえるのは、本当に幸福なことだと思っています。
『アリババ』にも『愛の乞食』にも素晴らしいセリフがたくさん登場します。どこか土臭いというか、なんだかすごく生き物の匂いがするんです。
僕はアイドルをやっていますが、自分の人生経験を基にお仕事をさせてもらっています。だからなのか時々、「ちょっと過激じゃないか?」「言い過ぎじゃないか?」って指摘されることがあるんです。でも僕には僕の人生をとおしてこそ伝えられるものがあると信じています。唐さんが扱うテーマと僕自身の感覚が共鳴し合っているとお話ししましたが、やっぱりセリフを口にするのが僕だからこそ、みなさんに届けられるものがあると信じているんです。
──安田さんは生前の唐さんとの交流はあったのでしょうか?
安田:『少女都市からの呼び声』の上演の際、ステージに上がってきてくださいました。そのときにご挨拶しましたが、いろいろとお話を聞かせていただく機会はほとんどありませんでした。
ただ、唐さんのご息子の大鶴佐助とは、11年前に岩松了さんが作・演出を務めた『ジュリエット通り』で共演して以来の仲で、彼の存在が唐さんとの重要な接点になっています。唐さんの話をたくさん聞いてきましたし、僕がはじめて唐さんの芝居を観に行くきっかけも、佐助がつくってくれたんです。
──はじめての唐十郎作品は何だったのでしょうか?
安田:『紙芝居の絵の町で』という作品でした。2014年のことで、あのときに受けたショックは忘れられません。衝撃的でした。テント芝居の魅力についてはすでにお話ししましたが、もう少し踏み込んだ話をすると、テント芝居を体験することによって、もうひとりの自分が生まれるんですよ。
──興味深いです。
安田:はじめてのテント芝居を観終わったとき、いままでの僕が知らなかった、もうひとりの自分がそこにはいました。そして、いままで生きてきた自分は、すごく頑張って嘘をつき続けながら人生を歩んできたんじゃないかという感覚になったんですよね。
つまり、唐さんの作品をとおして、僕は本当の自分と出会えた。そうすると、これまで生きてきた自分の世界はたしかに存在したはずだけど、もしかするとパラレルワールドだったのかもしれない。そんな気持ちにすらなってくるんです。それまでの人生を踏まえたうえで、自分のなりたい本当の自分が紅テントの中で生まれたんでしょうね。それからの僕の人生は、いまこの瞬間につながっています。
言葉にするとちょっとあれですが……この感覚を理解してくださる方は少なくないはず。あのときはじめて、唐さんのおっしゃる“特権的肉体”なるものにも触れることができました。唐さんの作品に参加される方々のお芝居からは、独特の匂いがするんですよ。
──観客としてではなく、俳優として唐さんの作品に関わるようになって、新しく得た感覚はありますか?
安田:役と自分自身を切り離せるようになりました。それまではどうしても、役に対して自分自身を寄せてしまいがちだったんです。すると、役に吸収されてしまい、自分というものが消えていく。でも『少女都市からの呼び声』の稽古を重ねて舞台に立ってから、役と僕自身はベツモノになりました。
唐さんが描いたのは、世界の真理に迫るようなものでありながら、同時に圧倒的なファンタジーでもある。そうして唐十郎ワールドを役として生きながら、安田章大としても思い切り泳ぐことで、幕が降りたらスポンッと自分自身に戻ってこれるようになったんです。
──この流れで「ファンタジー」という言葉が出てきたのが興味深いですね。
安田:唐さんの作品に挑むからには、唐さんが何を考え、何を想っていたのかを大切にしたいと思っています。だから、過去の映像や書籍を個人的に収集しているんですよ。 そんな僕が思うのは、ファンタジーというものが一周回ると、リアリズムにたどり着くのだということ。唐さんの作品には前々からファンタジー性を感じていましたが、よくよく考えてみれば、リアル(=現実)とファンタジーって背中合わせなんですよね。『少女都市からの呼び声』でそのことに気がつきました。
──リアルとファンタジーはつねに密接的な関係にある、と。
安田:ええ。これは唐さんが幼い頃に目の当たりにした戦禍の光景も影響しているんじゃないでしょうか。そこで唐さんの中に生じた特別なエネルギーというものもあったはずですしね。僕は唐さんのあらゆる作品に、このエネルギーを感じます。圧倒的なファンタジーとリアルはつねに同居しているんです。
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──安田さんはアイドルでもあるわけですが、ステージに立つことにおいてどのような共通点がありますか?
安田:アイドルとしても役者としても、ステージに立つことは僕にとって同じです。お客様と対峙して、僕らは自分たちのエネルギーを放ちます。するとこれを受け取った人々が変化し、大きなエネルギーが返ってくる。この繰り返しで、エネルギーはどんどん増幅していきます。音楽ライブも演劇もナマモノで、僕としては同じなんです。
──ですが演劇の場合、とりわけ難解だと言われる唐さんの作品の場合、“分からない”という反応を示す観客も多いのではないかと思います。そこに関してはいかがでしょう?
安田:僕個人としては、分からなくてもいいと思っていますね。無理に理解したり納得しようとしたりしなくても、ただ作品や役者たちから得た感情を持ち帰るだけでいいんじゃないかって。それが次の日なのか、数日後なのか、はたまた数年後なのか分かりませんが、時間をかけて影響し、触れた者の人生観を少しずつ変えていくと僕は考えています。いますぐに理解しようと何か必要なものを探したくなりがちですが、ゆっくりでいいんじゃないでしょうか。やがて理解が勝手に追いついてくるはずですから。
違和感が生まれたのなら、その違和感を持って帰っていただきたい。僕自身、答えが分かっているところに飛び込むことほど白けることはないなと思っています。僕がはじめて唐さんの作品を体験し、もうひとりの自分が生まれたように、きっと特別な体験になるはずです。
Shota Yasuda
1984年生まれ、兵庫県出身。SUPER EIGHTのメンバーとして活動し、ギターを担当。作詞作曲も行う。また、俳優としても活躍の幅を広げ、特に多くの舞台の主演を務めている。近年の主な出演作に、舞台『忘れてもらえないの歌』『マニアック』(ともに2019年)、『リボルバー〜誰が【ゴッホ】を撃ち抜いたんだ?〜』(’21年)、『少女都市からの呼び声』(’23年)、『あのよこのよ』(’24年)など。’25年6月から7月には、新宿花園神社境内特設紫テントにて、新宿梁山泊『愛の乞食』『アリババ』の主演を務めた。7月16日(水)、SUPER EIGHT LIVE Blu-ray&DVD『超DOME TOUR 二十祭』が発売。9月11日の自身の誕生日には5年ぶりとなる写真集『DOWN TO EARTH』(講談社)を刊行する。
Bunkamura Production 2025『アリババ』『愛の乞食』
作:唐十郎
脚色・演出:金守珍
出演:安田章大 壮一帆 伊東蒼 彦摩呂 福田転球 金守珍 温水洋一 伊原剛志 風間杜夫 ほか
「世田谷パブリックシアター」2025年8月31日(日)~9月21日(日)
S席 ¥12,000、A席 ¥9,000(税込・全席指定)
チケット一般発売:2025年7月19日(土)10:00
「J:COM 北九州芸術劇場 大ホール」2025年9月27日(土)~28日(日)
「森ノ宮ピロティホール」2025年10月5日(日)~13日(月・祝)
「東海市芸術劇場 大ホール」2025月10月18日(土)、19日(日)