
2025年8月21日(木)より、東京・下北沢の「本多劇場」で上演が始まる舞台『震度3』。作・演出を手がけるのは赤堀雅秋さんで、これまで、市井の人々の日常の物語の中に、人間の俗っぽさや本音、泥臭さを表出させる作風によって多くの演劇ファンの心をとらえてきた。演者の「素」を引き出して役柄や設定に織り込む、生々しい作劇と演出でもよく知られている。
そんな赤堀さんの新作『震度3』に挑むのは、2025年に第32回読売演劇大賞優秀男優賞を受賞したばかりの荒川良々さん、そして、近年あらゆるジャンルの意欲作への出演が相次ぎ、俳優としても脂が乗りきる丸山隆平さん、映画『366日』のヒットが記憶に新しく、数々の作品で忘れ難い存在感を放つ上白石萌歌さんという、稀代の表現者たち。
映像作品でも多くの足跡を残す3人の俳優が、いま舞台『震度3』を控えて感じている、演劇ならではの魅力とは?
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Shogo Ito (sitor,Ryuhei Maruyama) , Ami Michihata (Moka Kamishiraishi) / hair & make up : Ryuji Nakajima (HAPP’S, Ryuhei Maruyama), Reika Sakamoto (Allure, Moka Kamishiraishi) / interview & text : SO-EN
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──今日この取材日が、スポット映像の撮影時以来の3人でのお顔合わせだそうですね。
荒川良々(以下、荒川):そうです。撮影以来、このメンバーで会うのは2回目。上白石さんとは、撮影の時に「初めまして」でした。実は「いだてん〜東京オリムピック噺〜」(2019年1月6日〜12月15日放送のNHK大河ドラマ)で一緒だったのですが、同じシーンはなかったので。丸ちゃんとは赤堀さんの舞台を観に行って、その後、赤堀さんも含めて何回か一緒にお酒を飲みました。
丸山隆平(以下、丸山):荒川さん、飲みの席でめっちゃマメに動くんです。このおっきい手でお酌をしてくれるんですけど、お酒が進んできたタイミングになると水を多めにしてくれたりして。
上白石萌歌(以下、上白石):優しい。
丸山:で、途中モードが変わると赤堀さんをいじり倒す時間がきます。それが、なんか家族みたいでいい空気やなあって。
──荒川さんは、舞台『女殺油地獄』(2019年)、『白昼夢』(’21年)、『ケダモノ』(’22年)など、これまで赤堀雅秋さんとは多くのタッグを組まれてきました。丸山さんは『パラダイス』(’22年)で赤堀さんとご一緒されていて、上白石さんは初めての赤堀作品出演ですね。赤堀さんの戯曲の“言葉”について、演者として、また観客としてご覧になった時にどんな感慨を持たれているかお伺いしても良いですか。
上白石:赤堀さんの戯曲は、飛び交う言葉自体がとても軽快で、自分にも覚えがある日常的な掛け合いが多いことが印象的です。でも、その奥にとても大きなテーマ──人の生死など──があると思います。
荒川:チラシの赤堀さんの文章、これはどう思いました?……ちょっとカッコつけてるなって思いません?
丸山:もう早速いじってる。
上白石:(笑)。赤堀さんの言葉は、すごく感覚的な気がします。言葉に余白があるから、読んだ人が捉えたいように捉えることができますよね。限定しすぎない開かれた世界がある言葉だなと思いました。
あとは現代劇なので、言っていることが全部わかるっていうのはすごく良いなと思います。現代の私たちには時折、何を話しているかもわからないような難解な舞台もありますが、赤堀さんの作品はまっさらな耳で聞いてもぐんぐん自分の中に言葉が入ってきます。そういう意味では、今まで演劇に親しみがない人にも見やすい作品なのかなと感じています。
丸山:今、上白石さんがおっしゃったような普遍性もありますし、そこには赤堀さんの実感とか、セリフを言っている人間の実感みたいなものが抽出されていますよね。
それはみんながわかっていても普段は目を背けていて、言ってしまうことで、ある種世間を否定してしまう意味を持つようなことだったりもする。そういうことをあまり攻めすぎない塩梅で、けれど聞くと「この感覚、忘れてたなぁ」って少し恥ずかしくなってしまうような、自分を省みる言葉があると思います。優しくて、厳しい。
僕は一時期パンクが大好きだったのですが、パンクって攻撃的なことを言っているけど、あれは他人ではなく自分に怒って、自分を殴っているんですよね。それでいて「そういうことあるよな」と包摂するような優しさがある。表面上は厳しくても、精神的に優しいのがパンクだと思っているのですが、そういう要素が赤堀さんの言葉にはあるなって。痛い時は痛いと言ってもいいんだよと言ってもらった気持ちになります。
──赤堀作品の言葉で刺さったセリフはありますか?
丸山:『台風23号』(’24年)で、間宮(祥太朗)さん演じる田辺浩一が、最後に「自分はずっと献身的にやってきたのに誰も褒めてくれない!」みたいに言って、わっと気持ちを吐露するところがあるのですが、「それ、わかるー!」って泣きそうになりました。そやねんな、俺もそうやって。
この仕事を真面目にやってきて今まで頑張ってきたけど、意外と誰も褒めてくれへんやんかって思ってしまったんです。みんな「当たり前だよね、丸ちゃんそうだもんね」という感じだけど、俺だって色々と褒めてほしいことがあるよ!というのを、そのセリフが全部代弁してくれたような、そういう自分の気持ちに気付かされたような気がしました。
人によって刺さりどころが違うと思うのですが、どこかにフィットする言葉が、赤堀さんの演劇にはきっとあるはずです。それがストレートにズドンとくるのがいい。次は、お客様と同じ世界に生きている自分が、本多劇場という素敵な劇場の板の上からその言葉を届けられる贅沢な時間を過ごせるのだな、とすごく楽しみです。
荒川:今回も、赤堀さんがそこにいる役者たちに共感したり、影響されたりして生まれるものがありそうです。
あとは舞台上に出ている部分だけじゃなくて、キャラクターの内面や、物語の裏で起こっていることもいっぱいあると思うんです。赤堀さんの作品は、それをお客さんに想像させることができる。
僕は、赤堀さんの舞台を観ていると「本当の物語は裏のほうにあって、そっちではもっとどえらいことが起きてるんじゃないか」と思うことがあります。自分で動いているのではなく、相手の役者さんから動かされているような感覚になるのも面白いところです。

上白石:今の段階で短いプロットはいただいているのですが、まだみんなの役もお話の内容もわからないので、良々さんがお父さんになる可能性もあるんだなとか、ここで家族なのかなとか、どういう会話が生まれるんだろう?っていろんな想像をしながら、私はティザーの撮影に臨んでいました。
荒川:そのプロットも本当かどうかわからないからね。
丸山:書いていったら軸が変わることもありますからね。赤堀さんは稽古中に順次、台本を仕上げていくので、今回も稽古中に脱稿祝いをしたいと思います。
上白石:だんだん出来上がっていく台本を読んで、「こんなセリフを言うんだ!?」みたいなことはありましたか?
丸山:うーん、そんなこと考えてる余裕なかった(笑)。 とにかく、いただいた台本を一生懸命覚えていました。できたばかりのセリフを役者が言って、そこに赤堀さんが演出をつける。そのさまを見て、赤堀さんがイメージを膨らませてまた書く……ということがあるので、すごく生っぽいんです。いっぱいいっぱいにはなりますが、本番には間に合うから!
上白石:そうですよね……。
丸山:僕、セリフ覚えるのが遅いんですよ。
上白石:えっ、そうなんですか。どうやって覚えているんですか?
丸山:とにかくもう追われてやっているだけです(笑)。ほら、たまに「画」で覚えられるっていう方いるでしょう?それはできなくて。
荒川:台本を写真みたいに記憶するっていう方ね。大竹しのぶさんタイプの。
丸山:大丈夫、俺が一番後ろを走ってる感じになるから。「こいつでできるんだったら大丈夫か」って思うはずです。

──演劇が好きな人たちにとっては特別な磁場がある「本多劇場」という場所での上演も、観客としては楽しみなところです。荒川さんはもう何度もこの舞台に立っていらっしゃいますが、丸山さん、上白石さんは初めて立たれますね。
丸山:観客として足を運んで、いつも素敵だなと思っていた劇場です。舞台の上に立つと、後ろのお客様まで届く一体感があるというのを聞いているので、それを体感できることが今から楽しみです。
つまり、こちらが届けられるものをしっかり持った状態で表現できていないといけない、ということですよね。それがあるかどうかがバレてしまう劇場なんだなと解釈しています。
上白石:私も本多劇場は大好きで、何度も通った劇場です。どの席からも演者の瞬きまで見えるような感覚があり、緻密なお芝居を見られるのが好きな理由です。だからこそ、やっぱり演じる側としては一層、嘘をつけない。自分の中でちゃんと感情が響いていないとそれがお客様にも伝わってしまうと思うので、嘘なく、毎日生まれるものを大事にして届けたいです。
荒川:本多劇場だと、舞台終わりに下北沢の街で飲むまでがセット、みたいなところがあるんですよね。お客さんも演者もそうやってお店に行くことで、街が賑わっていた。コロナ禍で一回、そういうのはなくなってしまって、よく行っていたバーも7月いっぱいで終わってしまうようです。下北沢自体、再開発でかなり変わりましたが、コロナの影響は大きかった気がします。