再結成が発表され、日本でも大きな話題を呼んだ伝説的ロックバンド、オアシス(Oasis)。1994年以降、オアシスを撮り続けてきたロンドンの写真家、ジル・ファーマノフスキー(Jill Furmanovsky)とコラージュアーティスト・グラフィックデザイナーの河村康輔による企画展『Oasis Origin + Reconstruction』が、現在、東京・神田で開催中だ。展覧会に際し、ジル・ファーマノフスキーと河村康輔の二人のアーティストにインタビュー。ここでは、オアシスの長年のファンであり、今回30周年記念ロゴを手がけ、ジル・ファーマノフスキーによる写真を新たな作品として再構築した河村さんに、作品制作の知られざる舞台裏を尋ねる。
interview & text : SO-EN
Kosuke Kawamura
アーティスト・グラフィックデザイナー。1979年生まれ、広島県出身。コラージュアーティストとして、数々のアーティストとのコラボレーションや国内外での個展、グループ展に参加。代表作に、漫画家・大友克洋の初の大規模原画展『大友克洋GENGA展』(2012年)のメインビジュアル制作やAKIRAを使用したコラージュ作品「AKIRA ART WALL PROJECT」の発表(2019年)、個展 『TRY SOMETHING BETTER』(2021年)など。現在もアパレルブランドへのグラフィックワーク、ジャケット、書籍の装丁、広告デザイン、アートディレクションで活躍している。2021年、UTのクリエイティブディレクターに就任。
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細かなレベルの違いで、いくつものロゴがあった
——河村さんは今回、オアシスの有名な「デッカロゴ」を再構築して新たな30周年ロゴを作られたり、オアシスの専属カメラマンであるジル・ファーマノフスキーさんの写真を新たな作品にされました。オアシスのビジュアル表現についてどのような感想を持たれていますか?
河村康輔(以下、河村):全体的に洗練されているなという印象が強いです。今回のプロジェクトのため、初めにこれまでのロゴを一度全部送ってもらったのですが、想像以上にロゴの数があったことに驚きました。多くの人に馴染みがある、デッカロゴと呼ばれているあの有名なオアシスのロゴは、一見同じようでいて実は少しずつ違うバージョンがたくさんあるんです。普通にレコードを見ているだけではわからないレベルで細かく変化しているんですよ。どのロゴ同士を組み合わせるかを考えるのは、30周年のロゴ制作にあたり最も時間がかかったところです。
河村さんが手がけたoasisの30周年の新ロゴ(上)。ユニオンジャックと組み合わせたロゴはグッズにも(下)。
——同じロゴを統一して使っているわけではないんですね!
河村:そうなんです。僕もデッカロゴは一つだけだと思っていたので、まずそこに驚きました。「デッカ」と書いてあるフォルダの中にいくつもデータが入っていたので、初めは、どのPCでもデータを開けるようにと、PDF、jpg、aiなど同じデータの拡張子違いを入れてくれているようなことだと思っていたら、全部少しずつ違っていて(笑)。どれがよく目にしているロゴかも分からないほど、細かなレベルでの違いでした。
今回作ったデッカロゴでは、2つのロゴを組み合わせています。最も馴染みのあるデッカロゴと、あとはもうちょっとそこにアレンジが加えられているものがあったので、その2つを掛け合わせて作りました。
——なぜそれほど細かな違いでロゴがいくつもあるのか、どなたかに尋ねられたりしましたか?
河村:そういう話はできていなくて、「すごいロゴの数ですね」という話のみしましたね。
——河村さんの見立てではなんの違いだと思われますか?
河村:実は、そこが全く分からなかったんですよね。アルバムごとに変えていたというわけでもなさそうで。ちゃんとロゴを並べて見れば違うところがカットされてるな、などと差がわかるのですが、細かく見比べない限りわからないような変化をロゴにつけていた意図というのは、ちょっと想像がつかないですね。
でも、一つずつデータとしてしっかり残っていたので、意図を持って変化をつけていたのは確かです。僕もわかる人に聞いてみたいです。
展覧会の会場風景。
ダメになる確率のほうが高いんだろうな、くらいに考えていました
——河村さんがつくられた30周年ロゴを見て、すぐに兄弟からOKが出たというエピソードがありますが、それを読んで胸が熱くなりました。
河村:僕も全く同じです。どうなるかは確認してみるまで本当にわからなかったので。普段は、手を動かし始めると結構すぐに自分の中で方向性が定まるのですが、今回は、珍しくいくつもバリエーションを作っていました。
人々の印象に残っている有名なロゴに手をつけるとなった時、本当にこれでいいのだろうか、もしかしたらもっと別のバージョンもできるんじゃないかと思い始めて、最終的に10以上は作ったのかな。ご本人たちにチェックしてもらうタイミングで2〜3候補まで絞り、それを見せながら「今こういうものを作っているけど大丈夫ですか?」という感じで尋ねてもらったんです。そうしたら、今ロゴになっているものでOKをいただきました。
——全部ダメだと言われる可能性もあったのでしょうか?
河村:その可能性も全然ありましたね。それは最初から言われていたことで、ロゴの制作には本当に労力がかかるけれど、OKかどうかは二人(リアムとノエル・ギャラガー兄弟)にしかわからないことだから、全部無駄になる可能性もあります、と。その可能性は50/50どころか、もっと高いくらいなんだろうなという感じでした。どちらか一人でもNGを出せばダメになりますし、2人が100%良いとならなければ通らない。そう聞いていたこともあって、いい意味での諦めはあったんです。そこまで期待はしていないけど、とにかく全力でやらなければ何も始まらない。「こうしておけば通ったかもしれないのに」と思うことがないようにバリエーションを作った感じです。10パターン作ったうちの2候補に絞る時も、ダメになる確率のほうが高いんだろうなくらいに考えていました。
——ダメな可能性のほうが高いと思いながら、それでも10パターン以上ものロゴを作れたモチベーションというのは、やはりオアシスの曲が好きだからというところが大きいですか?
河村:そうですね。15歳くらいの時に初めてオアシスを聞いた思い出があって、 そこから年を重ねながら何年も聞いてきたバンドなので、個人的に強い思い入れがあります。 ロックバンドに対してこの表現が適当かはわからないのですが、ロゴをリデザインする時に、すごく神聖なものを触らせてもらうような感覚があって。
ロゴは本人たちそのものというか、そのバンドの顔だと思うんです。それに手を入れさせてもらうというのは本当に特別なことなので、全力で向き合って、自分がもうこれ以上はできないと思うまでバリエーションを作っておきたいと思っていました。
河村さんによるギャラガー兄弟のポートレートを組み合わせた作品。
——バンドの「顔」であるロゴを制作され、また、まさしく兄弟の顔を組み合わせた作品も作られました。二人の異なる写真を組み合わせているのに、一つの魂が分離しているような不思議な感覚を受ける作品です。
河村:二つの顔を組み合わせて一つに見せるという手法自体は数年前からやっていたもので、今回、兄弟二人のポートレートを使用するのに、この手法は生きるだろうなと考えていました。
ただ、この手法を使う時は、毎回、同じ人の顔写真を組み合わせていたんです。 例えば、拡大率だけ異なる同じ写真を組み合わせるとか、同じ人の顔写真の正面と横を組み合わせるといった感じで、違う人同士の顔を組み合わせたのは初めてでした。すっごく面白いなと思ったのは、リアムとノエルの二人は兄弟とはいえ、双子ではないのでいつもは全く違うように見えるのに、こうして重ねるとどちらにも引っ張られないような、不思議な感覚があったことです。ちょうど目が重なるところなどは、どちらでもあってどちらでもないような、異なるもの同士の中間のような不思議な感覚を受けました。
——写真はどのように選ばれたのでしょうか?
河村:はじめに制作について許諾を得るための試作を作る必要があり、それは違う写真で作っていました。正式にOKになってから、写真家のジル・ファーマノフスキーさんが、この手法に合いそうな写真だというので改めてセレクトして送ってくれたんです。それが本当にあのようにぴったりハマりました。
——その他の作品も、ジルさんがセレクトされたものを作品化されたのでしょうか?
河村:作品に使える写真として提供されたもので全部作りました。『TIME FLIES…1994-2009』は、フルカラーとブルー1色の2種類のレコードが発売されていたので、それら二つを交互に組み合わせています。
——この展示のための作品とロゴは同時進行で制作されていたのでしょうか?
河村:ロゴが先に進んでいました。30周年だし新しいロゴは作りたいという話は当初からあったのですが、ロゴのOKが出てから「これも試してみよう」という感じで、次に顔の作品を見せて、それも通ったからまだいけるんじゃないかとどんどん増えていって、気づいたら、こんなに数があったっけと思うほどの作品数になっていました(笑)。
分割して見せているものも一つとして数えると、全部で21点。制作期間は、1ヶ月弱くらいでした。
作りたいと思うモチーフや素材に出会わないと、仕上げまではできない
展覧会の会場風景。
——河村さんの作品は手作業で作られるので、21点もの制作は大変そうです。
河村:紙を貼る作業はもう慣れてしまっているのでそれほど大変ではないのですが、最後の作業が実は一番手がかかるんです。
紙を貼る時にメディウムを塗り重ねることで強度を出すのですが、それが固まるとプラスチックみたいに硬くなるんです。最終的に端が2〜3ミリのプラスチックのかたまりのようになる上に、縁の木材の部分にも張り付くからさらに硬くなって、到底、普通に切ることができなくなります。それをどうやって切るかといえば、長めに出したカッターの刃で少しずつ削っていくしかなくて、その過程で思わぬ負荷がかかってカッターの刃が折れたり、時には刃が飛んだりもする。下手すると大ケガをする可能性がある作業なので、仕上げは自分しかできません。
一度端を全部カッターで削った後は、木と紙の接着面の端が甘くなって浮いたり剥がれたりしてしまうので、もう一度メディウムを塗り、端を整えて1〜2日かけて乾かした後にまた削って、それから最後に黒いテープを貼ってようやく完成します。
——とてつもない作業ですね……。相当「作るぞ」と強い気持ちを持てる対象や素材でないと、作り続けるのが難しい気がします。
河村:そうですね。何かない限り、自発的に作りたいものではないです(苦笑)。たまに展示でも仕事でもなくふと作ることがあるのですが、一番大変な仕上げの作業はしないまま置いてあったりします。
作りたいと思うモチーフや素材に出会わないと、展示の日程が決まっていても全然乗らなくて、1〜2週間何もできないこともあります。
——そんなふうにして作られた21点は本当に貴重ですね。最後に、作品の素材にされたジル・ファーマノフスキーさんの写真から河村さんが感じられたことを教えてください。
河村:やっぱり力がありますよね。いわゆるアーティスト写真と呼ばれるものとは違う、ジャーナリズムの強さ。あとは、ジルさんとオアシスのメンバーとの間にアーティスト同士の信頼関係があることがわかりますよね。相当な信頼関係がないと多分こういう写真って撮れないと思うんです。あの兄弟二人をとりこにするだけの作家性の力強さ、生々しさみたいなものを感じます。ただかっこいいだけじゃなく「生だな」という感覚がすごくあります。
Oasis Origin + Reconstruction
Oasis | Jill Furmanovsky | Kosuke Kawamura
ジル・ファーマノフスキーさんが撮影したオアシスのドキュメンタリー写真と、オアシスのロゴやアルバムジャケット、ポートレート写真などを大胆に再構築した河村康輔さんによるコラージュ作品にて構成される展覧会。
期間:開催中〜2024年12月8日(日) /11月25日(月) 休廊
場所:「New Gallery」
東京都千代田区神田神保町1-28-1 mirio神保町1階
時間:12:00〜20:00
入場無料