ポン・ジュノ監督の現場で助監督を務め、『岬の兄妹』『さがす』「ガンニバル」といった力作を放ってきた片山慎三監督が、伝説の漫画家・つげ義春の著作を原案に独自のイマジネーションを加えて映画化した『雨の中の慾情』(2024年11月29日公開)。
売れない漫画家が妖艶な未亡人、自称小説家の男と知り合い、騒動に巻き込まれていくのがベースだが、物語は次第に予想外の方向に変容していく。入口と出口がまるで異なる衝撃作にして、過激な中にも哀切な感情が渦巻くラブストーリーだ。
劇中のほとんどのシーンを台湾で撮影した本作で主演を託されたのは、成田凌。今年も出演作の公開・放送・配信ラッシュとなった彼をして「こういう作品に出合うために俳優をしている」と言わしめるほど作家性に溢れた本作。成田が語る制作秘話から見えてきたのは、彼の衣装を含めた徹底した役作りの姿勢だった。
photographs : Josui (B.P.B.) / styling : Shogo Ito (sitor) / hair & make up : Ai Miyamoto (yosine.) / interview & text : SYO
――片山監督が2022年秋にシナハン(シナリオハンティング。脚本を書くための取材)で台湾の金門島を訪れた際にインスピレーションを受け、内容が大きく変わったと伺っています。成田さんにお話が来たのは、その前ですよね(当初は2021年の秋から2022年の春ごろには撮影を予定していたが、新型コロナの影響で延期に)。
成田凌(以下、成田):そうですね。お話をいただいたのは何年も前で、そこからロケ地も変われば内容も変わり、さらには撮影現場でも日々変わっていきました。
――そうした状況下で身体を絞って撮影に臨まれたとか。
成田:劇中の伊守のセリフに「あいつ、こんなんばっかり食ってるからあんな痩せてんだよ」というようなものがあり、不健康な漫画家というとフォルムはこんな感じだよなと思いながら、身体を作っていきました。戦争シーンでは軍服に着られている感を出したいし、Tシャツも基本的にヨレッとしたオーバーサイズ気味のものだったので、身長が大きく見えないようにできればと考えていました。
映画『雨の中の慾情』より
――『まともじゃないのは君も一緒』でお話を伺った際、「衣装はその人がどこかで買っている感があると良い」と仰っていたのが印象に残っていますが、今回はまた別ですね。
成田:義男に関しては自分の意志で服を選んでおらず、そういうものだと思って着ているイメージでした。特にこだわりはなく、着なきゃ変だと言われるから着ているような状態です。撮影時期的にも、最初は寒くて徐々に暑くなっていくような季節感だったこともあり、「ここはTシャツ1枚だけ」「ここはジャケットにしよう」「細い身体に太いベルトのルックにしたい」と話しながら衣装を決めていきました。衣装合わせ自体はまず1回行って、話し合いを経てから2回目で決めました。その2回目の衣装合わせのあとに「このズボンは借りておいていいですか」とご相談して、そこから毎日はいて自分に馴染ませてから撮影に臨みました。
――そうしたアプローチは、以前から実践されているのでしょうか。
成田:はい。それこそ『まともじゃないのは君も一緒』のメガネは自前ですし、現代劇の場合はTシャツなども私物を持っていくことが多いです。どうしても着古してよれよれになったTシャツなどを衣装部さんが集めるのは難しいので、普段から「撮影で使えるかもしれない」と捨てないようにしています。今回も、よれっとしたタンクトップを持参しました。
映画『雨の中の慾情』より
――成田さんのお話を伺うほど、芝居における衣装の重要性を感じさせられます。
成田:衣装は本当に大事です。特に自分は、着た瞬間にその人になれる気がするかどうかを重視しています。自分というよりも、役としての身体に馴染むかどうかですね。今回も、衣装部さんに「綺麗にしないでほしい」とは伝えました。義男は毎日のように机に向かって漫画を描いているので、きっと襟元がだらりとしているはず。ちょっとしたことですが、こうしたディテールが僕にとってはとても大切です。
――成田さんは撮影中にモニターを確認されるタイプと伺いました。となると、役としての主観はもちろん「どう見えるか」も重視されていたのではないかと。例えば、義男の部屋とのマッチングなど――。
成田:つげ義春さんの世界観から引っ張ってきた部分もありつつ、元々部屋の中にあった壁をぶち抜いたりしていて、とても面白い空間でした。
自分としてはなるべくこの家の中にいる時間を増やそうと心がけていたつもりです。そのシーンの撮影中は基本的にこの空間内にいましたし、別のシーンの撮影時でも休憩中にちょっと立ち寄ってタバコを吸ってみたり――。形には残らないけれど、なるべく空気を残すようにしていました。そうした積み重ねを行っておくことで、福子さんが入ってきた瞬間に一気にムードが変わるんです。
冒頭、部屋の片付けをする子どもに対して義男は「俺の芸術空間を汚すな」と言いますが、義男の部屋は彼の頭の中でもあるため、福子さんの登場によって部屋の空気が変わる=彼女に義男の脳内が牛耳られる様子が少しでも漂えばいいと思っていました。
映画『雨の中の慾情』より
――「降り積もれ孤独な死よ」「1122」『【推しの子】』『スマホを落としただけなのに』ほか2024年もバラエティに富んだラインナップです。成田さんが惹かれる企画には、共通する特徴があるのでしょうか。それとも、また違った基準があるのでしょうか。
成田:基本的には人です。「この人と仕事をしたい」と思うような方だったり、新しい考えをくださるような方。内容もそうですが、誰に会いたいかという想いが強いように思います。例えば『【推しの子】』は僕がデビュー当時にご一緒した監督で、若いキャストの方々が頑張ると聞いて、これまであまり経験がなかった人気漫画原作の分野で戦ってみようと決めました。原作がお好きな方々の気持ちが痛いほどわかるので、できることならどうにか納得いただけるものを作れないかという想いがありました。
『雨の中の慾情』も、つげ義春先生の大ファンの方がご覧になった際にどう思ってくれるかは非常に気になるところです。つげさんの息子さんがとても喜んでくださったのでホッとする気持ちはありつつ、様々な意見を聞きたいと思っています。それこそ、『装苑』の読者のみなさんには必ず観てほしい作品です。自分が学生時代だったら絶対に観ているでしょうし、こういうものがやりたくてこの仕事をやっていますから。
映画『雨の中の慾情』より
――本作はまさに、クリエイティブの集合体ですよね。
成田:そう思います。例えば義男の髪型も、よくよく見るとなかなか変なスタイルだと思います。これは僕が原作のタッチに寄せた髪型にしたくて、ヘアメイクさんに頼んで毎朝セットしていただいていました。にもかかわらず――というと語弊があるかもしれませんが、全ての画が美しいですし、背景と人物の醸し出す空気感が好みな方はたくさんいるのではないでしょうか。僕は「ずっと見ていられる画だ」と感じました。
台湾で撮影したことも大きいかと思います。外を歩けば「台湾だな」と思う風景が広がっていますが、義男が住んでいる家など劇中の建物は日本式のものも多く、日本を感じつつも空気は台湾、という独特な世界観がそこに在りました。かつ、登場人物にずっと湿り気があるのも面白いです。福子さんには汗っかきという設定がありますが、現場でも中村さんはシーンごとにオイルを塗られ、霧吹きで水をかけられていました。それが故に、画面越しに香りが伝わってくるような気がするのも、本作の好きなところです。
映画『雨の中の慾情』より
――今回お話を伺って、改めて成田さんの衣装や空間に対する感覚の鋭さを感じました。ちなみに、各部署のスタッフさんとはどのようにコミュケーションを取られているのでしょう。
成田:現場で言うのは遅いし混乱させてしまうので、何かあれば、衣装合わせの際など早めに伝えるようにしています。やはり準備が全てですから。美術周りにしても、なるべく早く「こういう小物を持ちたいのですがどうでしょう」といった提案だけはさせていただいています。信頼しているスタッフと仕事をしているつもりなので、基本的に各々の仕事は各々でという意識ではいますが、「どうしても」というプランがあれば、なるべく余裕をもって要望を出しています。
――そうしたご提案は、脚本を読みこんでいくなかで生まれるのでしょうか。
成田:あとは、僕自身が余計なことをしたがるタイプなのもあります。ちょっとしたディテールをどうしてもやりたくなってしまうところがあり、「ここで出てくる椅子は高さを調節できると嬉しいです。さらに、椅子が回るタイプにしたいです」といった注文を早めに言っています。やはり動きを想定しながら脚本を読むのですが、そうすると“ここでこうした動きをしたい”が浮かんできます。
ひょっとしたら僕は、どこか危なっかしいところに惹かれているのかもしれません。「芝居のためなら死ねる」と思っていそうだなとみんなに心配されちゃうくらいギリギリの方が、逆にリアルなんじゃないかとさえ思います。下手にリアルっぽくやろうとすると結果として縮こまってしまうから、抜け出すためにも余計なことをし続けています。お客さんにも視覚的に楽しんでいただきたいので、とにかく動く。ただ、画面上で体現するのは役ですから、その動きの理由も考える。それを現場で実現するためには早めに準備する必要があるから、なるべく余裕をもって共有する――といったプロセスでしょうか。人数が多いシーンでは一体感が必要になるときもあるので「こういう飲み物をみんなで飲んでいたいのでちょっとしたバーみたいなものを準備できますか?」とご相談したり、日ごろから色々提案しているほうではあるかもしれません。
映画 『雨の中の慾情』より
――ちなみに本日のような取材時の服装は、スタイリストさんとお話ししつつかと思いますが――どのように決められるのでしょう。
成田:今回ご一緒した伊藤省吾さんはたくさん点数を持ってきて「どうする?」と聞いて下さる方なので、その場で選ぶ形でしょうか。今日のアウターはメゾン マルジェラのアノラックで、ワンシーズン前のものを僕も持っています。スウェーデン軍のアノラックが元ネタになっている服とのことで、『雨の中の慾情』の軍隊の要素とひっそりとリンクさせています。
成田さん着用:ジャケット ¥315,700、パンツ ¥160,600 メゾン マルジェラ(マルジェラ ジャパン クライアントサービス)
Ryo Narita ● 1993年生まれ、埼玉県出身。2014年俳優デビュー。2018年、映画『スマホを落としただけなのに』『ビブリア古書堂の事件手帖』で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。’19年、『チワワちゃん』『愛がなんだ』『さよならくちびる』などの演技が評価され、数々の助演男優賞を受賞する。主演を務めた『カツベン!』では、第74回毎日映画コンクールで男優主演賞を受賞。以降、『窮鼠はチーズの夢を見る』『まともじゃないのは君も一緒』『街の上で』『くれなずめ』『ちょっと思い出しただけ』ほか、多数の映画、ドラマに出演。近作にPrime Video ドラマ「1122 いいふうふ」、テレビドラマ「降り積もれ孤独な死よ」、映画『スマホを落としただけなのに 〜最終章〜 ファイナルハッキング ゲーム』ほか。
『雨の中の慾情』
貧しい北町に住む売れない漫画家・義男。ある時、大家から自称小説家の伊守とともに引っ越しの手伝いに駆り出され、離婚したばかりの福子と出会う。福子に心奪われた義男だが、彼女にはすでに付き合っている人がいるらしい。伊守が企画した街のPR誌の広告営業を怪しげな出版者の社員ととも行う義男。ほどなくして福子と伊守が義男の家に転がり込んできて、義男は福子への思いを抱えたたま、三人の奇妙な共同生活が始まる。
2024年11月29日(金)より、東京の「TOHOシネマズ日比谷」ほかにて全国公開。
監督・脚本:片山慎三
出演:成田 凌、中村映里子、森田 剛ほか。
配給:カルチュア・パブリッシャーズ配給。
WEB:https://www.culture-pub.jp/amenonakanoyokujo/
©2024「雨の中の慾情」製作委員会