奇妙礼太郎
【CHATTING MUSIC おしゃべりしたい音楽のこと vol.10】

1998年より音楽活動を開始し、アニメーションズ、奇妙礼太郎トラベルスイング楽団、天才バンドといった様々なバンドでの活動を経て、2023年に音楽活動25周年を迎えたミュージシャンの奇妙礼太郎。近年、若い世代のミュージシャンや音楽以外のフィールドからも支持を集めるなか、完成した25周年記念アルバム『奇妙礼太郎』は菅田将暉、羊文学の塩塚モエカ、お笑い芸人のヒコロヒーがゲストで参加。自身の内面を投影した楽曲はその普遍的な響きがどこまでも広がってゆく作品となっている。世代を超えて、聴く者を魅了する音楽の秘密を探るべく、お話をうかがいました。

interview & text: Yu Onoda / photographs: Jun Tsuchiya(B.P.B.)

──今回のアルバム『奇妙礼太郎』は音楽活動25周年記念作品ということですが、長い活動を振り返ってみていかがですか?

「振り返ってみると、音楽活動を続けるなかで感じていた苦しい思いがなくなったというか、こういうふうにならないといけないという強迫観念から解放されて、素のままの自分でいいんだと思えるようになったことで、ずいぶん楽になった気がしますね」

──2017年のファーストアルバム『YOU ARE SEXY』以降の作品では、共同制作者である田渕徹さん、吉田省念さん、ベベチオの早瀬直久さんに全てのソングライティングを委ねて、ご自身はボーカリストに徹していました。では、ソングライティングに苦しんでいたかというと、ライブではその場の即興で歌われたりしているわけで、どうやらそういうことでもなさそうだと。となると、ご自身の曲が長らく世に出なかったのは何か理由があったんでしょうか。

「曲は沢山できるんですけど、それを形にする気にならなかったんです。というのも、自分では当たり前に出来る曲に商品化する価値があるように思えないんですよね。例えば、靴のひもが結べたとしても、それを褒められることってないじゃないですか? 自分の曲が褒められるのは、そういう感覚に近くて、自分としては不思議なんですよ。だから、作った曲を放っておいていたんですけど、それを聴いた周りの人が気に入ってくれたりするので、じゃあ、自分の曲を形にしてもいいんじゃないかなって」

──一般的に、頭の中に浮かぶイメージやアイデア、思いを形にしたいという欲求に突き動かされて生きているのが表現者のイメージだと思うんですけど、その発言しかり、作品から強烈な表現欲求が感じられないところがいい意味で奇妙さんらしいというか。

「まぁ、自分は気に入った生活をしてるなと思っていて。バンドでライブをしていて、素晴らしい瞬間はいくつもあるので、自分は幸せです(笑)」

──25年の音楽活動は、ただただ素晴らしい瞬間を重ねてきたような感覚ですか?

「そうですね。その瞬間を一緒に楽しみたいと思っている人と共有することを続けてきて、自分の好きな時間を過ごせてきたので、それ以上に何か欲しいと思うことはあまりないかもしれないですね」

──今回のアルバムは装飾が抑えられていて、ミニマムな打ち込みやループを土台に、少ない音数からフォークブルースやソウルといったルーツミュージックの豊かさがにじみ出てくる作品ですよね。新たに打ち込みやループを用いたきっかけは?

「実は深く考えてそうしたわけではないので、なんとも言えないんですよね(笑)。作り方としてはBPMだけ先に決めて、ギターや鍵盤を弾きながら作った曲をiPhoneに録音して。トラックを作る人にその素材を送って、後日、スタジオで自分とトラックを作る人、そしてサブでギターや鍵盤を演奏する人の3人が集まって、合わせていく作り方でした。結果的に音数が少ないアレンジになっていったんですけど、最初から狙ってそうしたわけではなく、その都度、3人で話し合って、ちょうどよくなったら、それで完成という感じだったんです」

──パーソナルな内面世界がそのまま投影されたベッドルームポップのようでもありますよね。

「そうですね。このアルバムは、家にいる時の自分から出てきた音楽がほぼほぼ入ってる感じ。自分から出てくる音楽って、こんな感じやなと思いますね」

──長い活動を通じて、素のままでいいと思えるようになったことと今回の作品が直結しているような印象も受けました。歌詞においても、自分のことを積極的に歌うというより、肩の力を抜いて、ご自身を取り巻く日常や心象風景が浮かぶ瞬間をスケッチするような言葉が並んでいます。

「そうですね。何か言ってるような歌詞はあまりないかもしれませんね。今回の曲は寝起きの状態で、ギターを手に即興で歌ったものをぱっと録ったりしたものなんですけど、最初はそのメロディだけ使って、歌詞は別で考えようと思っていたんです。でも、特に言いたいことはないし、このままでいいのかもなって。だから、収録曲のほとんどは、口から出てきたそのままなんです。ただ、言いたいことはないんですけど、言いたくないことはいっぱいあるので、歌詞は何でもいいというわけではないし、はっきり何かを言ってるわけではないけど、繰り返し聴くたびに意味があるような気がする不思議な曲たちだなって」

──作品にご自身の内面世界を投影しつつ、外に対して開かれているところも今回の作品の不思議な魅力であるように思います。「散る 散る 満ちる」にフィーチャーした菅田将暉さんをはじめ、羊文学の塩塚モエカ、ヒコロヒーさんとのコラボレーションはどういった経緯で実現したんでしょうか?

「今回、ゲストにお三方を迎えたのは、事務所の社長とマネージャーから25周年記念の作品ですよと言われて、折角なのでこれまで仕事をしてきたなかで出会った方と一緒に曲を作るのはどうですかと提案されたので、いいですねって(笑)。じゃあ、このお三方に声をかけていただけますかとこちらからお願いして、先方からやりましょうというお返事をいただいてから曲を考えました」

──ゲストのお三方は世代も若ければ、ヒコロヒーさんはお笑い芸人さんだったり、活動のフィールドも奇妙さんとは大きく異なる方たちですよね。

「そういう違いより、お三方皆さんそうなんですけど、真摯に生きてきた、ものすごい立派な人なんですよね。自分は全然勉強せず、適当に生きてきたというか、20代から30代を迎える頃まで普通の労働者だったので、みんな格好いいなと思って、ただただ尊敬していますね」

──装苑に何度もご登場していただいている菅田さんをはじめ、塩塚さんも装苑で連載を担当されていますし、上白石萌歌さんも装苑ONLINEの連載で奇妙さんと対談していたり、装苑と奇妙さんがあちこちで繋がるんですよね。

「なんか、イヤな、コイツまた出てきた、みたいな?(笑)。それぞれ出会い方もバラバラですし、共通点もあるようなないような」

──世代に関係なく、同じ時代の空気を共有しているとか? この25年でネットを介したコミュニケーションをはじめ、世の中は大きく変化しましたが、その変化は音楽にどう反映されていると思いますか?

「2016、7年くらいかな。その時期に自分のなかで時代が変わりつつあることを実感して。何が変わったかというと色々あるんですけど、男らしさ女らしさであったり、自分が他人に対してどういう態度を取って生きているのか、自分で自分のことをどう扱っているのかを考え直すようになりましたね。それまで何も考えずに生きてきたので、そういうことを振り返るようになったのがちょうどその時期で。今まで触れたことがなかったフェミニズムの本を読んでみたら、ものすごく驚かされたというか、自分がよくない言葉を使っていたことに気づかされて、そういう経験を経たことで、自分の内面が入れ替わったような気がします。それがどう音楽に影響しているのか。メロディやリズムといったサウンド面はよく分からないんですけど、性別と年齢、肌の色や体のこと、例えば、歌詞に「手のひら」が出てきたら、手のひらがない人もいるでしょうから、使わないということではないんですけど、その言葉を使うことで「手のひら」について確認するきっかけになるだろうなって。あるいは歌詞の主人公が若い女の人だったら、若い女の人じゃない人はどうしたらいいんやろ?とか。そういうことを一端立ち止まって考えるようになったというか、ものを作る一歩前の入口に警備員が立ってる、みたいな、そういう意識の変化がありましたね」

──多様性を前提とした表現に変化したと。

「自分は40歳になる頃まで、こういう作品を作れていないと、こういう知名度がないと恥ずかしいというような強迫観念にとらわれていたし、全く器用に生きてこられなかったんですけど、周りの人はそんな自分に対して寛容でいてくれて、今も優しいし、ありがとうと思っていますね。人は生きていくなかで沢山の人と会うと思うんですけど、その後、会わなくなる人がほとんどだったりするじゃないですか。そんななか、自分には20代の頃からずっと付き合いのある友達がいて、それは1回友達になったからずっと友達ということではなく、それぞれが変化するなかで、その関係性を更新し続けて今があるんですよね。だから、昔の自分をよく知る友達や周りの人は大事だなって思っていますね」

──最後に奇妙さんが音楽において大事にしているものを教えてください。

「バンドで演奏していて、曲が終わった時、今の演奏はすごかったなと思う瞬間がやってくることがあって。後ろを振り返ると、メンバーみんな同じ顔でその瞬間を共有していて、会場にも同じものが伝わっている。そういう場面に出くわすことは、滅多にないんですけど、自分が音楽をやっていて一番好きな時間だし、絶対に信じられるもの、もうすでに知ってるから大丈夫だと思えるものなんですよ。それはライブだけじゃなく、作品のなかだったり、人の営みのなかで感じられるものだと思いますし、そう感じられるものがある人は大丈夫なんじゃないかと思いますね」

奇妙礼太郎
大阪府出身。1998年より音楽活動開始。今年で活動25周年を迎える。奇妙礼太郎トラベルスイング楽団、天才バンド、アニメーションズ等のバンドを経て、2017年ソロメジャーデビュー。「FUJI ROCK FESTIVAL」や「RISING SUN ROCK FESTIVAL」等の国内フェスを含め、年間150本以上のライブに出演。ボーカリストとして多数のCM歌唱も担当するほか、写真展も実施するなど活動は多岐にわたる。2023年6月21日、音楽活動25周年記念アルバム『奇妙礼太郎』をリリース。菅田将暉らを客演に迎え、天才バンドでも活動してきた盟友Sundayカミデとタッグを組み、初めて自身が全曲作詞作曲に携わった。9月には初となる日比谷野音にてアニバーサリーワンマンライブを実施する。
■オフィシャルサイト:https://kimyoreitaro.com 
■Twitter:@reitaro_jp
■Instagram:@reitaro_strange
■Youtube:@strangerReitaro


奇妙礼太郎
25th Anniversary Album『奇妙礼太郎』
初回限定盤 ¥4,950(CD+DVD)
通常盤 ¥3,300(CDのみ)
音楽活動25周年の節目を飾る本作は、自身が初めて全曲の作詞作曲を手掛け、チルなヒップホップから派生した「散る 散る 満ちる feat. 菅田将暉」、美しいメランコリアが咲く「春の修羅 feat. 塩塚モエカ」、スモーキーなブルース「HOPE feat. ヒコロヒー」など、豊潤なルーツミュージックがモダンな響きと人肌のぬくもりを伝える全10曲を収録している。

おしゃべりしたい音楽のこと CHATTING MUSIC
Vol.01 さとうもか
Vol.02 Maika Loubté 
Vol.03 水曜日のカンパネラ
Vol.04 ELAIZA
Vol.05 長屋晴子(緑黄色社会)
Vol.06 塩塚モエカ(羊文学)
Vol.07 beabdobee
Vol.08 DYGL
Vol.09 カメレオン・ライム・ウーピーパイ

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