
「草間彌生 版画の世界―反復と増殖―」が京都市京セラ美術館で開かれている。世界的な前衛芸術家、草間彌生は、80年を超える創作活動の中で、絵画、立体作品、空間芸術、パフォーマンス・アート、映像、小説、詩など、多岐にわたる作品を発表してきた。 そして、96歳の今も、現役で存在のすべてをかけて描いている。
草間は、1929年、長野県松本市に生まれた。生家は、種苗業を営む旧家で、少女の草間は、草花を描くのが大好きで、家の近くに広がる花園に身を埋めスケッチするのが日課だった。ある時から、人の周りにオーラが見えたり、動植物が人間の言葉で語りかけたりする幻覚・幻聴に悩まされるようになる。水玉や網目が増殖していく様は、強迫観念のように彼女の生活を脅かした。
草間は、「いつしか、幻覚の恐怖から逃れるために、それらのイメージを紙に描きとめるようになった。次々と姿を変え降りかかる『何か』を留めようと筆を走らせた。その行為が草間を心の闇の奥底に陥ることから救い、精神世界の『何か』が他の人間にも見えるかたちとなった」と本展を企画した松本市美術館学芸員の渋田見彰さんは図録に書いている。
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南瓜、ドレス、花や蝶……
豊かな色彩の
版画作品の魅力

1957年渡米。ニューヨークを拠点に前衛芸術家として活動する草間は、水玉や網目など無限に反復するパターンがすべての存在を覆いつくし、自らもその世界へと埋没していく「自己消滅」の儀式ともいうべき作品群に取り組む。家族との軋轢や幼少期から共存を強いられた得体のしれない内的イメージを、芸術によって自らの個性に昇華させたのだ。
「先鋭的な活動は時に批判を呼び、表現の意図とは異なる報道に草間は心を痛めました。賛否両論の渦中で歩みを止めることなく活動を続けたことで、心身には次第に負担が蓄積していきました。
そして1973年に帰国。その後、親しくしていたジョセフ・コーネルや父親の死に直面することになります。この時期の作品は、苦しい胸のうちを反映するように、『死』を想起させるものが多くあります。版画作品が登場したのもこの頃です。
ところが、版画作品には、死や苦悩を前面に押し出した作品とは対極にあるような華やかなモチーフが色彩豊かに表現されて、生命力に満ちています。最愛の人たちの死が相次ぎ、死について深く考えていく中で、生の素晴らしさ、生命の輝きに気づいていったのかもしれません。
故郷松本の空気に触れたことで、草花や靴、帽子といった、子供の頃、無心に描いていた愛らしいモチーフも蘇ってきました。」と渋田見さんはインタビューで説明してくれる。
版画という職人たちとの協働創造により、草間のイメージは、一気に拡散していく。水玉と網目の常同反復によるイメージの増殖が創作活動の根幹にあった草間と、複製芸術である版画の出逢いは必然だったのかもしれない。
text : Sachiko Tamashige
Yayoi Kusama
前衛芸術家、小説家。1929年生まれ、長野県松本市出身。幼少期より水玉や網目を描く。’57年に渡米、ニューヨークを拠点に革新的な作品や活動を発表。さらに多様な表現を欧米で展開する。’73年に帰国、活動拠点を東京に移し、美術制作に加え、詩や小説の文筆活動も行う。世界各地の美術館で大規模な展覧会が開催され、2016年、文化勲章受章。’17年、草間彌生美術館を東京都新宿区に開館。現在も精力的に制作を続ける。
「松本市美術館所蔵 草間彌生 版画の世界―反復と増殖―」後期展示
期間:7月1日(火)〜9月7日(日)月曜休(8/11は開館)
時間:10:00~18:00(最終入場は17:30)
場所:京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ
京都市左京区岡崎円勝寺町124
観覧料:一般¥2,200、大高生¥1,400、小中学生¥600
WEB:https://yayoikusamahanga.exhibit.jp
『装苑』2025年7月号掲載