現在公開中の映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』は、世界が注目するオーストラリアの歌姫Siaが手掛けた初映画監督作品であり、彼女の自伝的な物語でもある。そこに描かれている高揚する感情はカラフルな色彩とともに音楽表現として描写されることで、よりSiaらしさを映し出す。まさに音楽と物語が一体化した映像として綴られ、観る人の心に深く響く作品になっている。その主題歌であるSiaの「Together」の日本語バージョンを歌うのは、歌手としても表現者としてもその豊かな感性が魅力のELAIZA。彼女の歌声と日本語歌詞のハーモニーによって、この映画にさらに彩りを与えたELAIZAさんにお話を伺った。
text: Koremasa Uno / photographs: Josui(B.P.B) / styling: Risa Kato / hair&makeup Kenji Toyota(shiseido)
――映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』の主題歌「Together」の日本語版カバーでは、Siaのオリジナルのニュアンスをきちんと汲み取りつつ、まったく別の角度から楽曲の魅力を引き出していると思いました。
原曲の「Together」は歌詞は優しいけれど、Siaのあの声でそれが歌われることで聴き手が高揚していく曲になっていて。それをただ日本語の訳詞でSiaに寄せて歌っても、曲としての辻褄が合わなくなると思ったんですね。だから、日本語が持つ柔らかさ、平仮名にしたときのリズム感を大事にして、一音一音を粒立てるように歌うようにしました。私にとってのSiaのイメージは、みんなが抱えていながらもなかなか外に出せない声を、その代弁者として叫んでくれるというものだったんですけど、今回の「Together」を聴いて、大人の世代として、より次の世代に手を差し伸べようとしているんだなって思いましたね。
――女優であり、映画監督にも挑戦してきた立場から、Siaが製作、監督、原案、脚本を手がけたこの『ライフ・ウィズ・ミュージック』をどのようにご覧になりましたか?
何の先入観もなく入り込める作品でありながら、音楽のパートが始まるとSiaにしか作れない世界、まるでSiaの頭の中に入り込んだような感覚になる作品で。Siaの監督作であるというのはもちろん重要なんですけど、同じ女性が監督した作品として、すごく勇気をもらえる嬉しい作品でしたね。この作品に出てくるミュージックって女の子は自閉症という設定ですけど、感受性においては私たちよりも長けた存在かもしれないと思うんですね。そういういろんな感受性をもった他者から学ぼうとする姿勢をもっと持っていたいなと自分も思うし、そういうメッセージを届けてくれたSiaは本当にかっこいいなって。
――きっと、誰もが自分にしか見えない世界というのを持っていて、外の世界に合わせるためにそれを見ないようにするのではなくて、その自分だけの世界をもっと大切にしようという気持ちにもなりますよね。ELAIZAさんにも、ELAIZAさんにしか見えない世界というのがありますよね?
あります(笑)。10人くらいの人がバーっと同時に喋り続けているような世界が。それを言語で他人に共有してもらうことってなかなかできないですけど、映像だったらこの『ライフ・ウィズ・ミュージック』のようにできるのかもしれない。そんなことも考えました。例えば、幼少期の忘れられない出来事だとかトラウマだとかを、ずっと自分の中で押し殺し続けるのか、この映画のように表現によってそこにかたちを与えて、今同じような思いをしている子供たちが少しでも楽になるように手を差し伸べるのか。それをできるだけ自分の意思で選べるような状態でありたいと思いますし、そういう意味でもSiaがこういう映画を作ってくれたことには共感というか、賛同する気持ちしかないです。
――この作品のテーマには、近年ポップカルチャーの世界でも盛んに語られるようになったメンタルヘルスの問題であったり、「他人に対するケア」や「自分自身に対するケア」という意識がありますよね。ELAIZAさんは「ケア」という言葉をどのようにとらえてますか?
よく「己を知ろう」みたいなことが言われますけど、人って他人からしか学べないと思うんですよね。なのに、私たちが生きているこの環境では、他人を見定めるみたいな感覚が強すぎるなって思うことが多くて。自分にとってその人がどういう人か、何を与えてくれる人かってことを考えるんじゃなくて、その人自身が放っているものをもっと信じたいというか、その人自身が持っているものを尊んで、そこから学ぼうとする姿勢をもちたいですね。その人に対して自分は何を感じることができたのかを知ることで、やっと自分のことも知ることができると思うんですよ。コロナ禍になってから、これまで親しかった他人とも断絶せざるを得ない環境になって。最初の頃は、この時間を使って自分のことをもっと考えようと思ったんですけど、そういう時に考えられることって、結局は箇条書きにできるようなことばっかりで、全部説明できちゃうようなことなんですよね。でも、本当に大切なのは簡単に説明のつかないようなことだと思っていて。そのためには、人とのコミュニケーション、人に寄り添うことが必要なんだなって。メンタルヘルスの問題も、他人と自分を同列に考えているから起こりやすいのかなって。みんなはできるのに自分はできないと悩んだり、誰かに対して苛立ちを感じて、その苛立ちを感じている自分が嫌になるとか。もちろん、私にもそういうことはありますけど、相手を自分とはまったく違う「個」としてちゃんと見ることができれば、もっと楽になれるんじゃないかなって。
――他人と関わることは必要だけど、他人と関わることで傷つくこともある。なかなか難しいですよね。
みんな頭の中までSNS化してて、人を見てすぐにカテゴライズしているような気がするんです。記憶の処理のためにはそういうことも必要なのかもしれないけど、この人はこっち系で、この人はこの人と仲が良くてとか、そういうことを考えてる過程でいろんな人の素晴らしい部分を見過ごしてしまっている気がするんです。その人だけが持っているエネルギーをちゃんと受け止められなくなってたら、それはもったいないことですよね。もっと、変わった人だとか、全然理解できないことを、面白がっていいと思うし。そこで意識を閉ざさないで、その先でコミュニケーションを取ることが大事なのかなって。
――コロナ禍で他人と会う機会が減って、よかったと思うことはありましたか?
嬉しかったのは、いっぱい本が読めたことだけです(笑)。でも、時間があるせいで入ってこなくていいような情報まで入ってくる。それで、みんな無意識に自分の意識をオフにする癖がついちゃったりしてるんじゃないかなって。そうやってみんなが意識をオフにしていくのって、まるでこの世界が滅んでいくみたいだなって、そんなことを勝手に想像して落ち込んだりもしてました。
――「Together」の歌詞の「再生してスティービーワンダー/落っこちる前に聴かなきゃ」という一節に共感したという話をされてましたが、ELAIZAさんにとって、自分の中心にあるような特定のミュージシャンや作品があったら教えてください。
何か一つというのは、本当にないんですよね。子供の頃からバレエでクラシックに親しんできて、お母さんは歌手としてビルボードとかグランドハイアットとかで歌っていて、日曜日になると教会のミサでゴスペルを歌って、平日は小学校でKiroroを歌って。学校の友達の間では大塚愛が流行ったり、GReeeeNが流行ったり、西野カナが流行ったり。全部その渦中にいたんです(笑)。中学時代にはボカロにはまって、その一方でスティービー・ワンダーとかビートルズとかをよく歌っていたり。だから、どんな音楽にも偏見がないのかもしれませんね。
――きっと、そういう環境の中で幼少期から培ってきた音楽の基礎教養みたいなものがあるから、なんでも受け止められるんでしょうね。それがある人の「何でも好き」とそうじゃない人の「何でも好き」は全然違うので。
昭和の歌謡曲だけは男尊女卑がひどすぎる歌詞があったりするので、歌いながらイラッとしたりすることもありますけど(笑)。だから、自分にとって一番パーソナルな音楽というのは特にないんですけど、好みでいうと、ジャズのようにセッション感の強い音楽。あとは、合唱団が歌う声とか。やっぱり、そこに人間がいる感じ、「生」感のある音楽が好きなのかもしれませんね。
――今回の「Together」の日本語版カバーで印象的だったのは、普通だったらもっと歌い上げたくなりそうな曲なのに、すごく声を抑制しているなってことで。
歌い上げるのは、この曲では絶対にやっちゃいけない気がしました。もっと太い声で、たくさんフェイクを入れたりしてとか、やろうと思えばできるんですけど、絶対やっちゃいけないって。Siaのオリジナルも自分の歌唱力をひけらかすんじゃなくて、敢えて単調に歌っているところは単調に歌っているのがよくわかったので、「了解しました」って気持ちになって、とにかく歌詞と歌の世界に自分の身を投じることだけを考えました。「歌ウマ」だけは絶対やめようって。
――はい。その意思はちゃんと伝わってきました。
普段の音楽活動でも、いかにも洋楽っぽい歌い方ではなくて、日本の音楽シーンという環境で日本のリスナーに向けて自分ができるのはどういうことなんだろうっていうのを常に探っているんですよね。もちろん、探りながらもちゃんと自分の好きなことはやってるんですけど。自分にとって歌うということは、あくまでもセッションなんです。私一人が「ボーカル」として歌ってるんじゃなくて、みんなとやってる感覚、自分も楽器の一部という感覚なんです。そこで歌が上手いかどうかっていうのは、本当にどうでもいいようなことなので。その上で、日本語の響きが私は大好きなんです。例えば、「ありがとう」って、黄金比を持った言葉だと思うんですよ。感謝の気持ちを表す言葉で、「ありがとう」の真ん中の「が」を発声する時に感謝の感情がのるようにできている。なんて美しい言葉なんだろうって。日本語で歌を歌う時は、いつもそういうことを考えながら歌ってます。
ELAIZAさん着用衣装: トップス¥35,200、中にきたタートルネック¥24,200 全てヴィヴィアーノ/ピアス¥11,000 ビジュー アール・アイ
ヴィヴィアーノ TEL.03-6325-6761
ビジュー アール・アイ TEL.03-3770-6809
女優、映画監督、モデル、カメラマン、シンガーなど、様々なクリエーターの顔を持つ池田エライザ。2021年8月に音楽活動の開始を発表。ELAIZA名義で創作した、1st オリジナルアルバム『失楽園』(デジタル配信/ZEN MUSIC)が好評発売中。『失楽園』とは、旧約聖書『創世記』第3章の挿話である。蛇に唆されたアダムとエバが、神の禁を破って「善悪の知識の実」を食べ、最終的にエデンの園を追放されるというもの。このアルバムは、困難が降りかかる現代に適応し、個を見つめ、未来への希望と今の喪失を描く、いわば”前向きな喪失感”を表現した11編からなる叙事詩である。
ELAIZA『失楽園』
配信リンク:https://www.universal-music.co.jp/elaiza/
Instgram:@elaiza_ikd
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC5a6VS47j81VrBD29l82HfA
映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』
世界的シンガーソングライターSia。ステージ上で素顔を見せないミステリアスな彼女だが、楽曲はもちろんパフォーマンスやMVなどのビジュアルクリエーションに至る音楽表現に唯一無二の世界観が投影されている。そんなSiaが原案・脚本・制作まで手がけた初の映画監督作品『ライフ・ウィズ・ミュージック』。愛と希望と驚きと音楽に満ち溢れた作品に仕上がっているが、ベースになっているのは自身の実体験。かつて薬物やアルコール依存症に陥り、絶望のなかにいた彼女を救ったのが、愛すべき友人と音楽だった。Siaの半生を主人公ズーに託し、”愛する”ことを学び、居場所を見つけ、希望を見出していく物語を、Siaが書き下ろした12曲の劇中歌とともに紡ぐ。カラフルでポップに描かれたファンタジックな音楽シーン、エモーショナルな歌とダンスが感性を揺さぶる。Siaにしか描けないまさにポップ・ミュージック・ムービーの誕生だ。この主題歌「Together」を日本語版バージョンで歌うのはELAIZA。彼女もまたその豊かな感性とクリエイティブな表現で独自の世界を描き伝える人。ELAIZAの歌声と日本語ならではの表現による響きもぜひ感じてほしい。
映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』公式サイト:https://www.flag-pictures.co.jp/lifewithmusic/
映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』の主題歌「Together」
ELAIZAが歌う日本版バージョンはでこちらでチェック!
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