• HOME
  • REGULAR
  •  
  • SO-EN 和便り 第一回歌舞伎とモードの出逢いART...

SO-EN 和便り 第一回
歌舞伎とモードの出逢い
ART歌舞伎を発信する 中村壱太郎さんインタビュー

2025.12.26

text : Akiko Isogawa

歌舞伎とモードの垣根を軽やかに跳び越え、さまざまなメディアの中で鮮やかに舞う。

そんなアーティストが誕生した。歌舞伎俳優の中村壱太郎、35歳。

伝統の技と様式を生かし、そしてそのフレームを越えて、映像やファッションなど多種多様なジャンルの仲間たちと一つの舞台作品を創り上げた。

そんな中村壱太郎が目指した ART歌舞伎 とはいったいどんなものなのだろう。

中村太郎

中村壱太郎 Kazutaro Nakamura

1990年生まれ。歌舞伎俳優・中村鴈治郎の長男。祖父は同じく歌舞伎俳優・人間国宝の四世坂田藤十郎。母は日本舞踊吾妻流宗家の吾妻徳穂。’95年、初代中村壱太郎を名のり初舞台。’14年、日本舞踊の吾妻流七代目家元吾妻徳陽を襲名。2020年、配信公演「ART歌舞伎」を上演。その後、海外での配信も行われ、映画館公開まで至る。映画「国宝」では “吾妻徳陽”の名前で所作指導。2025年11月には「ART歌舞伎」初の劇場公演を主催、公演を映像化しアーカイブ配信中。 2025年「Forbes JAPAN CULTURE-PRENEURS 30」を受賞。


⚫︎
⚫︎
⚫︎
⚫︎
⚫︎

SUPER ADVISER
 若旦(新羅慎二)

元々のきっかけはコロナ禍に歌舞伎が止まってしまい、芸を行う所がないっていう事情がありました。カズくん(中村壱太郎さん)と連絡を取って何かをやろうと!そうと決まったら一瞬でした。その日のうちに全てを決めてしまい、2020年の作品に至ったわけです。こんな感じの感覚的かつ衝動的だったわけです。

ART歌舞伎の未来は……それはカズくん次第じゃないでしょうか!あれだけ忙しい人だから本業をこなすだけでも大変なはずです。でも、この間の銀座での『ART歌舞伎2025 ~Deep Forest~』を終えた後の涙は忘れられません。なので、カズくんと共に作品が育っていくんだなと思いました。

僕としては過度に派手になりすぎている歌舞伎に対してカウンターを入れて欲しいですね。
神事とは?芸能とは?伝統とは?そんなことを毎日毎晩思い悩んで稽古していると思いますが、良い意味で修正して歌舞伎の凄さを世の中に披露してもらいたいなと1ファンとして思います。

Wakadanna(Shinji Nira)

●1976年生まれ、東京都出身。 2003年に湘南乃風のメンバー「若旦那」としてデビューし、‘11年よりソロ活動をスタート。 自身のアーティスト活動の他にも様々なアーティストのプロデュースや詞曲提供を行う。 ’18年からは本名「新羅慎二」名義で活動。‘17年には本格的に俳優としての活動をスタート。また、近年では音楽を通して世界に平和のメッセージを発信する「Japanet presents稲佐山平和 記念音楽祭2022-長崎から世界へ-」やデジタルイベント「ART歌舞伎」などの総合プロデュースを務めている。 音楽を軸とした幅広いクリエイティブ領域で、活躍中。

HAIR & MAKEUP ARTIST
 沢ノボル

2020年の春、ART歌舞伎の最初の打ち合わせは、若旦那から『どうしても今日打ち合わせをしたい』と言われ、家の近くで何時間でも待つと言われたほどで、半ば“拉致”されたように始まったことを覚えています。しかしその出会いが、結果として非常に良い形へつながりました。

壱太郎さんと出会い、改めて歌舞伎を身近に感じさせていただき、本当に感謝しています。さらに、その歌舞伎を新しい形で僕たちクリエイターとコラボレーションしてくださる姿勢や考え方に深く共感し、大きな感動を覚えました。これからも一緒に多くのコラボレーションを重ね、ART歌舞伎を盛り上げていければと思っています。

Noboru Tomizawa

●1967年生まれ、群馬県出身。’92年からフリーランスのヘア&メイクとして活動を始める。’95年にニューヨークへ渡り、’98年の帰国後は、コレクションやファッション誌、映画、広告、ビューティディレクションなど、幅広いジャンルで活躍。東京2020オリンピック開会式・閉会式、パラリンピック閉会式で、ヘア&メイクディレクションを担当。2025年大阪・関西万博のヘア&メイク総合ディレクターを務める。

COSUTUME DESIGN
 里山

最初に声をかけてくれたのが若旦那で、ヘアメイクが冨沢ノボルさんだったので、ガチガチの古典の歌舞伎ではないのかなと想像していました。実際にお話を伺えば、壱太郎さんが『ある程度砕けた感じで大丈夫ですよ』とおっしゃって下さって。まさか自分が踏み入れるようなことがあるなんて思ってもいなかった歌舞伎の衣裳の世界。そこに携われて、しかも新しい歌舞伎を生み出していることに感動を覚えています。

壱太郎さんは、演者、クリエイターさらに裏方の事務的なことまで一人でこなしていて、『本当におつかれさま』という思いが一番。でも、結果は本当にお見事な作品ができました

Takuto Satoyama

●1977年神奈川県生まれ。会社員を経て、2008年にパトリシア・フィールドのアシスタントとしてキャリアをスタート。’09年よりフリーランススタイリストとして活動。AKB48のPV・CDジャケット・CMをはじめ、数多くのアイドルやアーティストの衣装を手掛けている。近年は映画、広告などにも手を広げ、さまざまな分野でスタイリングを担当。自身のアトリエと撮影スタジオを兼ねるクリエイティブスペース「Neuron」を設立。

歌舞伎とARTの交差点

中村壱太郎(以下、壱太郎):影響を受けたのは学生時代です。もともと美術には関心ありましたが、たとえば金沢の21世紀美術館なら光と空間を題材としたジェームズ・タレルや、ニューヨークのグッゲンハイム美術館ならその建物そのものとか、じっと見るだけよりも五感で体感するものが好きな傾向にあります。そしてどちらかといえば、デザイン、地域や環境開発、建築・空間、メディア開発に関心があります。どうやったら人の注目を集められるか、買ってもらえるか、そのためのビジュアライゼーションをどうするかなど、大学でそういうジャンルを学んでいたことが大きいかもしれません。

壱太郎:せっかくだから何か新しい形で、そしていつもとは違う層の方たちにも届くものをと考えました。そして、衣裳デザインの里山拓人さんやヘアメイクの冨沢ノボルさんといったふだんご一緒することのない方々と、とにかく粗削りでもいいからスピーディにという方針で一気に準備を進めました。実際に準備に費やしたのはたった1か月でした。決めていくプロセスが多いほどとがった部分が削れてしまうと思ったんです。皆でセッションしながらその場の雰囲気を大事にしながら創っていく。それが僕らのART歌舞伎です。

壱太郎:たとえば歌舞伎の衣裳って組み合わせの妙がすごいんですよ。黄緑の着物にピンクの帯を合わせるとか、派手な着物に代々受け継いできた由緒ある帯を結ぶとか、現代でもなかなかびっくりするようなアイデアがそこかしこにあるんです。ART歌舞伎ではその「かぶく」精神を感じ取りながら、衣裳デザインヘアメイクなど全く新しい視点から創っていただきました。また歌舞伎にはそんな「かぶく」精神を支えるさまざまな手法があるんです。その一つが「引き抜き」。後ろに控えるお弟子さんが糸を引き抜いて衣裳をどんどん変化させていくのですが、僕はずっとあれは”脱皮”だなと思っていたんです。今年の第二弾の公演ではそういう伝統の手法にもヒントをもらいました。

第三弾のART歌舞伎のテーマは「海」にしようかと。次はぜひ『装苑』の読者の皆さんにもご覧いただきたけたらうれしいです。

ART歌舞伎 花のこゝろ

2020年春。コロナ禍で緊急事態宣言が出され、どんな舞台活動もままならないという前代未聞の制約の中だった。壱太郎さんと、交流のあったレゲエバンド湘南乃風の若旦那さん二人を軸に、歌舞伎俳優の尾上右近さんを初め伝統芸能で活躍する人々と、最先端の映像やファッションのジャンルで活躍する面々というユニークな顔合わせが実現。古典の世界観に異質なアイテムをあえて掛け合わせ、この世のどこにもない4部構成の舞踊劇が産まれ、その一度きりのパフォーマンスは無観客で上演、ライブ配信された。

第4部、琵琶の語りによる創作舞踊劇「花のこゝろ」で、壱太郎さんは夫と子供を亡くした女を踊った。壱太郎さんのメイクは白塗りの顔に冨沢さんがエアブラシで大きな赤い円を描いたもの。長いつけまつげも印象的だ。edenworksによるドライフラワーのヘッドピースもこの女の情感を繊細に表現した。

4部「花のこゝろ」では、壱太郎さんの盟友・歌舞伎役者の尾上右近さんが戦で傷つき修羅の道から抜け出そうともがく男を演じた。

1部は、日本舞踊家の花柳源九郎さん、藤間涼太朗さん、右近さん、壱太郎さんによる、青龍、朱雀、白虎、玄武という四神のダイナミックな舞踊劇。

3部三番叟「祈望祭事」。壱太郎さんと右近さんが全身をすっぽりと簑で覆われるという奇抜な衣裳。五穀豊穣を祈願する山形県の奇祭がアイデアの原点。

音楽のART

ついついヴィジュアル面に目がいきがちだが、さまざまな和楽器のコラボレーションがART歌舞伎の舞台を牽引している。「今までにない作品を作りたい」という壱太郎さんの思いを、津軽三味線、箏・二十五弦箏、笛、太鼓で構成された”ART歌舞伎楽団”が体現。洗練された伝統の音、土俗的で野性的な音、前衛的なとがった音……。ともすれば楽器や奏者の個性のミスマッチになりそうな組み合わせ。逆にそれが力強い音の世界を創り上げた。舞踊劇のBGMにとどまらない心揺さぶるサウンドが能楽堂に響き渡った。

”ART歌舞伎楽団”の面々。左から、津軽三味線の浅野祥さん、太鼓の山部泰嗣さん、笛の藤舎推峰さん、箏曲の中井智弥さん。

ART歌舞伎2025
~Deep Forest~

ART歌舞伎の第二弾は待望の劇場公演。2025年11月に銀座の観世能楽堂で上演された。今回は見所(客席)に観客を入れての上演で、テーマはDeep Forest。能楽堂が深い森に見立てられ、舞台から橋掛かりが全面的に緑の葉や木々の枝で覆われた。この葉や枝が演者の激しい踊りによって時に見所にも舞い落ちる。そんなLIVE感あふれる公演となった。中でも注目は「ART道成寺」という作品。歌舞伎の古典演目には、道成寺ものと呼ばれる一大シリーズがある。清姫が僧・安珍に恋焦がれ、裏切られたと知るや大蛇となって追いかけ、しまいには道成寺の鐘の中に逃げた安珍を焼き殺すという凄まじい恋の執着の物語だ。

(写真右)「ART歌舞伎楽団」の箏曲の中井智弥さん。演奏家たちの顔にもモードなメイクが施されている。

「ART道成寺」の森の主を勤める能楽師狂言方の野村太一郎さん。

「ART道成寺」の清姫を演じる壱太郎さん。メイクは蛇を意識したもの。衣裳や烏帽子は元々の歌舞伎の『京鹿子娘道成寺』の衣裳から発想し、里山拓斗さんがデザインした。

「ART道成寺」公演PR用に撮影された清姫に扮する壱太郎さん。赤い衣裳を引き抜いて蛇体という正体を見顕した清姫。早朝の森の中、三角のオーロラ箔のプリントを施しただらりの帯が蛇の鱗のように妖しく光る

『ART歌舞伎2025』ARTBOOK 
ART歌舞伎の全てが分かる、ビジュアルブックが発売中。 ¥2,700 

*2020年「中村壱太郎×尾上右近 ART歌舞伎 花のこゝろ」はamazon プライムで配信中。

RELATED POST

装苑がピックアップ!マキシマルスタイルをチェックするためのThreadsアカウント15選
「グローバルファッションコレクティブ」から、注目ブランドをピックアップ!【パリ、...
「グローバルファッションコレクティブ」から、注目ブランドをピックアップ!【バンク...
【クリスマスまでにしたい22のこと】クリスマスソングを聴く 編集部員おすすめのプレ...
映画『モンテ・クリスト伯』の衣装が生まれるまで:セザール賞衣装賞受賞デザイナーが...
KAT-TUN 最後の航海。ラストライブ『Break the KAT-TUN』