塩塚モエカ(羊文学)
【CHATTING MUSIC おしゃべりしたい音楽のこと Vol.06】

photographs: Jun Tsuchiya(B.P.B.) / hair & makeup: Risa Chino / interview & text: Yu Onoda

現在発売中の『装苑』5月号では、お気に入りのブランド「DECO depuis1985」の
ワンピース姿を披露し、毎号のコラム連載「ここだけはエデン」では
飾らないそのままの思いを丁寧に届けてくれている塩塚モエカさん。
そんな彼女がボーカル、ギターを担うスリーピースバンドの羊文学は、
今も続くコロナ禍真っ只中の2020年8月に「砂漠のきみへ / Girls」を配信リリースし、
メジャーデビューを果たした。インディーズロックの自由な空気はそのままに、
逆境をものともせず注目度を飛躍的に高めてきた3人が
1年4カ月ぶりとなる新作アルバム『our hope』を完成させた。
多彩なサウンドとシンプルに深みを増している歌詞から
大きな成長がうかがえる作品世界について話を訊いた。

──まず、2020年の前作アルバム『POWERS』を振り返っていただけますか?

『POWERS』はコロナ禍という特殊な状況のもと録音したアルバムで、私自身、学生から社会人になっていく時期だったこともあって、どこか不安定さが感じられる作品だったなって。そして、メジャーファーストアルバムでもあったんですけど、自分のなかの気持ちとしてはインディーズ寄りだったりして、がっちり作り上げたというより余白が残されている作品、その時にしか作れないアルバムだったなって思います。そして、アルバムリリース後は、なかなかライブが出来なかったり、メジャーの環境下で、自分たち以外の人の意見を汲み取りながらタイアップの曲を作ることだったり、テレビに出ることだったり、バンドで話し合ったり、考えなきゃいけないことが増えて。最初の頃は悩むことも多かったんですけど、自分たちのなかで、去年、今年はバンドを広げていく年にしようと決めて、ここまでやってきました。

──かつての羊文学は、思春期の悩みや大人に対する苛立ちが曲に表れていたと思うんですけど、今回のアルバム『our hope』は変化をものともせず、バンドを続けていく覚悟が感じられるというか、精神的に一回りタフになったように感じます。

自分のなかでは、まだまだ、そこまで成長しているようには思えないんです(笑)、成長しなきゃなっていう意識が芽生えた感じですかね。たしかに、かつては愚痴を書くような勢いで作った曲もあったんですけど、私の愚痴をみんな聞きたくないだろうなと思うようになってきたというか(笑)、少しずつ気持ちを律するようにようになってきた成果がようやく形になってきたのかなって。

──気持ちを保つのが難しいコロナ禍にあって、いかにして自分と折り合いをつけるのか。

でも、私は生まれた時から愚痴だらけというか(笑)、この状況だから落ち込むというようなことはなくて。むしろ、私の場合、周りに助けられたというか、今回のジャケット写真を撮ってくれた写真家の中野道と去年仲良くなって、普通だったら落ち込むようなことも、未来の自分を良くするための出来事と捉える彼の心の持ちように触れたり、服部みれいさんの本に出会ったり、そうやってちょっとずつ自分を良くしていく方向に向かっていきたいなと思えるようになってきたというか。実際、私自身はずっと動き続けていたので、コロナで音楽がやれていないという実感はあまりなかったですね。

──そうした前向きな心持ちはサウンドにも表れていますよね。例えば、ギターのエフェクターを使い分けて、より多彩に、鳴りが豊かになったり、ベース、ギター、どれを取っても表現の幅が広がっているように感じます。

これまでとの大きな違いは、バンドとして他の人の力をもっと借りようと思えるようになったこと。今回はアレンジャーさんを交えて、曲を作ってみるとか、今までにないアイデアを試してみたい機運があって、スケジュール上、それは叶わなかったんですけど、音を調整してくれるテックの方にドラムをチューニングしてもらったり、ライブの時にお願いしているローディーの方に、曲に合った楽器自体やアンプ、エフェクターを持ってきてもらって、相談しながら音作りをしたことによって、サウンド面は大きく進化したんじゃないかと思いますし、あと、今回は合宿をしたんですよ。本当は合宿所に行きたかったんですけど、年末でどこも閉まっていたので、5日間、都内のホテルとスタジオを行き来して、今まで以上にみっちりアレンジを詰める作業が出来たし、全員が全体像を共有したうえで制作を進められたことが良かったんじゃないかなって。

──映画『岬のマヨイガ』主題歌の「マヨイガ」やアニメ「平家物語」オープニングテーマの「光るとき」といったタイアップ曲を踏まえた上でのアルバム制作はいかがでした?

以前から抱いているコンセプトアルバムを作りたいって思いは今回も実現出来ず終いでしたが、アルバムの制作を始める時点でタイアップの4曲はすでに完成していたので、自分たちが何をやるべきなのかが見えやすかったんですよね。その4曲が派手だったので、引き算の発想で軽めの曲も必要だし、アルバムの軸をどうするかとか。

──見えてきたものというのは?

前作までは自然に囲まれた西東京の地元でファンタジックな曲を書いていたのに対して、このアルバムの制作時は新宿に住んでいたこともあって、作品全体に流れるスピーディーでリアルな街の空気感が軸になっているように思います。曲でいうと、私のなかでは3曲目の「パーティーはすぐそこ」がアルバムの軸になるのかなと思ったんです。最終的にはロックっぽい仕上がりになったものの、デモの時点では今までより突き抜けてポップに作ろうと考えていたし、歌詞も映画『ブックスマート』に触発されて、真面目で、周りから面白くないと思われている女子が勇気を出してパーティに行く、そのキラキラ感が書きたかったんです。

──そして、初めてシンセサイザーを用いた「OOPARTS」は、進化を続ける今の羊文学を象徴する1曲ですよね。

No Busesの近藤くんのソロプロジェクト、Cwondoが去年秋に出したアルバム『Sayounara』を聴きながら散歩している時、彼が意識しているかどうかは分からないんですけど、私はそこに平成っぽさ、進歩を押し進めるような時代の流れとその後ろから影が忍び寄ってくるような2000年代のイメージを感じ取って、それをもとに私も曲を作りたいと思ったんです。この曲はみんなとデモを共有する際にいつものような弾き語りではなく、私がシンセを交えて打ち込みで作ったものを渡したので、ボツになるかなって思ったんですよ。最初はやっぱりバンドアレンジで進めることになったのですが、どうしても諦められなくて、「やっぱりシンセでいきたいです」って言って。そしたら、エンジニアの吉田仁さんが「いま進めているバンドアレンジと元のデモを合体したらいいんじゃない?」って。それで今の形に落ち着きました。自分のなかで発見もあったし、バンドとしても新たな表現方向を追求することが出来て、やればできるんだなと思いました。

──ご自身でいわゆるバンドサウンドと異なる打ち込みのトラックを作ったりもされているんですね。

そうですね。SoundCloudの裏アカに作った曲をアップしていて、いつか誰かが発見してくれないかなって思っているんですよ(笑)。そっちのアカウントは秘密なんですけど、友達から誘ってもらって、「ミキリハッシン」「ぴゃるこ」を手がける山口壮大さんの「KORI-SHOW PROJECT」のRakuten Fasihion Week 2021S/Sで映像に音楽をつけたりもしているので、良かったら聴いてみてください。

──塩塚さんは羊文学の活動以外でも、君島大空さんや蓮沼執太フィルだったり、課外活動も積極的に行われていますが、その経験はバンドにも反映されていると思いますか?

あると思います。羊文学だけやっていたら、人のレコーディング現場を見ることがないし、テイクの判断基準やコーラスの重ね方だったり、現場が違えば、やり方も違ったりする。だから、すごく勉強になるし、単純に楽しいです。先日もパシフィコ横浜でASIAN KUNG-FU GENERATIONさんのライブにゲストで出させてもらったんですけど、羊文学ではまだ出られない規模のホールで、自分が地に足をつけて歌えたことは楽しかったし、自分の自信にもなりました。『our hope』というアルバムタイトルも昨年夏にダンスの音楽を手掛けたんですけど、そのテーマが“hopeful”だったことがずっと引っかかっていて、そこから来たものだったり、周りから本当に色んな影響を受けています。

──そして、サウンドのみならず、歌詞も気持ちや言葉が整理されて、表現が研ぎ澄まされてきている印象を受けます。

高校の時、周りに文章が得意な人が多くて、みんな学者のような文章を書いていたので、私は文章が得意だとは思ったことがなかったんです。でも装苑でやらせていただいている連載もそうだし、最近、文章を書く機会が増えたことで、それが作詞を見つめ直す機会にもなっていると思います。

──「OOPARTS」は、環境問題を交えた現代のリアルとSF的なフィクションが絶妙なバランスで共存していますよね。

この曲は希望に向かっていくんだけど、後ろから黒い影が来ている、そのアンバランスさを描きたかったんです。結果的には環境問題もそうだし、自分が今を生きている実感が折り重なってこういう歌詞になりました。「OOPARTS」や「光るとき」の歌詞は、どうやって書いたんだろうと我ながら思うかんじです。メソッドは確立していないんですけど、悩みながら制作しています。

──サウンド、歌詞両面の進化とアルバムタイトル『our hope』も相まって、今回、羊文学の着実なステップアップを感じられるポジティヴな作品になっているように思うんですけど、ご自身では手応えを感じられていますか?

レコーディングはずっと「辛い」と言いながらの作業だったんですけど、デモを作り終えて、曲を並べてみた時に「すごいいいかもしれない」って思いました。『POWERS』の時もそう思ったのですが、あの時はコロナの時期と重なって、制作期間が長かったので、その間に不安が募っていって。今回は制作期間がぎゅっと凝縮されていたので、「いける」と思った勢いそのまま最後まで走り切ることができました。

──いまや羊文学は高校生が憧れるバンド第1位に選ばれるバンドですもんね。

とても嬉しいです。私も高校生の時に色んなバンドを聴いて、「やっぱり、バンドやりたいな」とか「音楽って面白いな」って思っていたので、新しい世代の人たちからそう思ってもらえて光栄だなって。でも、どうしてそう思ってもらえるのか、自分ではよく分からないです(笑)。そこで、自分たちの音楽はもっと分かりやすいほうがいいのかなって考えてはみたものの、やっぱり、そうじゃないなって。自分たちなりにいいと思った音楽をやればいいし、周りからの反応によって、その思いが深まった感じです。

──『our hope』は羊文学の希望であり、リスナーにとっての希望でもある、そんなアルバムなんじゃないかなって。

そう言ってもらえて、うれしいです。私はイメージを思い浮かべながら曲を書くことを大切にしていて、例えば、「OOPARTS」は、10代後半くらいの男の子が部屋でCDやDVDといった文化的なものに囲まれている光景を想像しながら書いたし、逆にそういうイメージが湧いてことない曲は自分のなかで納得がいかなかったりして。だから、聴く人にとっても音楽から景色が見える、そんな作品になっているといいなって思います。


羊文学
Hitsujibungaku●Vo.Gt.塩塚モエカ、Ba.河西ゆりか、Dr.フクダヒロアからなる、繊細ながらも力強いサウンドが特徴のオルナティブロックバンド。2017年に現在の編成となり、2020年にF.C.L.S.(ソニー・ミュージックレーベルズ)よりメジャーデビュー。同年12月にはMajor 1st Full Album「POWERS」をリリース。2021年公開のアニメ映画主題歌「マヨイガ」や話題のTVアニメ主題歌「光るとき」を含むMajor 2nd Full Album「our hope」を4/20にリリース。今年は5大都市のZepp公演を含む初の全国ツアー「OOPARTAS」を開催するなど、しなやかに旋風を巻き起こし躍進中。
オフィシャルサイト:https://www.hitsujibungaku.info/
Twitter:@hitsujibungaku
Instagram:@hitsujibungaku
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCm0qsuAG6RN2FYKZ_r1nPyg

羊文学
『our hope』
通常盤 ¥3,300 F.C.L.S
初めてフィーチャーしたシンセサイザーとギターロックが融合した「OOPARTS」や疾走感と共に熱量が高まる「光るとき」を含む全12曲を収録したメジャーセカンドアルバム。躍動感と色彩感を増した3ピースのバンドアンサンブルと共に、ストーリーやメッセージを伝える歌詞表現が研ぎ澄まされ、バンドとしての成長、活動の充実振りが確かな実感と共に伝わってくる。
配信リスト:https://fcls.lnk.to/hitsuji_ourhope

MV「光るとき」(テレビアニメ「平家物語」OPテーマ)

MV「マヨイガ」

MV「ラッキー」

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