text: Miho Takahashi
Maika Loubtéが、2年3ヶ月ぶりにアルバム『Lucid Dreaming』を完成させた。
日本人の母とフランス人の父を持つ彼女は、
これまで、そのナチュラルでボーダレスな感性を、創作や活動に落とし込んできた。
そんな彼女がコロナ禍で生み出したのは、
夢と現実がひとつの物語としてクロスオーバーする作品。
マツダのCMソング「Show Me How」で、彼女の楽曲はお茶の間にも広まったけれど、
良くも悪くも「まさか」な出来事が起きる、夢と現実が混在するような現代に
おいて、ますます共鳴を呼んでいくに違いない。
――Maikaさんは、幼い頃からパリや香港にも住んでいて、アーティストとしてデビューしてからも、海外ツアーに行かれていて。ボーダレスなスタンスを持っていらっしゃるイメージがあるんですよね。
特に意識して外に目を向けようとは思っていないんですけど、なんとなくそういうふうになったっていう(笑)。うまくはないんですけど英語がなんとか喋れたり、幼い頃は父の仕事の都合で引っ越しが多かったり、父の祖国のフランスにいたこともあるので、そういうバックグラウンドはあるんですけど。そこは、自分の音楽や活動にも影響はあると思います。たとえば、知らない国の人からメッセージが来ても、普通に英語で会話はできるので、その人がブッキングしていたら、「ライブに来てよ」「行く行く」みたいな。コロナ禍の前のスペインツアーとかは、そういう成り行きだったりもしましたし。フットワークも軽いんですよね。インディペンデントで活動していて、しがらみもないので。だから、そういう印象を持たれているんだと思います。個人的には、どこの場所にいても、その人のキャリアに影響があるとはあんまり考えていなくって。インターネットもあるし、その人がいちばん居心地がいい場所で生活していることが大事だと思います。
――そうやって、ナチュラルにボーダレスなMaikaさんにとって、コロナ禍は歯がゆさを感じるところもあったんじゃないんですか。
たしかに。一昨年行ったスペインも、深刻な状況の時期もあったので、単純に心配でした。自分が行けない歯がゆさ以上に、現地の人たちが気がかりでしたし。今年は、去年とは違って、日本とそれ以外の国の状況に差が出たりしていて、そのギャップが生まれつつあると思っていて。日本はワクチンが遅れていて、海外は普通にライブをやっていて。まあ、これは希望的観測ですけど、時間と共に足並みがそろっていくと信じているので、今は
ローカルライフを楽しんでいますね。もちろん、海外に行きたいなあ!と感じることもありますけど、ある意味、一か所にずっといなきゃいけない状況も悪くないっていう。
――引っ越しが多かったMaikaさんには、新鮮なんじゃないんですか?
そうなんです。安定感が生まれるのが、自分は新鮮で。地元っていうのに憧れを持っていたので、動かない状況もいいですよね。
――ローカルに留まっている状況は、ご自身の創作に変化をもたらしましたか?
やっぱり、去年はライブも激減したので、制作に集中はできたんですけど、たぶんみんな同じだと思うんですけど、リアルに人に会って話すことや、オーディエンスがいるライブが、制作に影響を与えていたことに気が付いて。今まで、ライブはアウトプットの場所だと思っていたけれど、むしろインプットの場所だったなって再確認しました。ライブで目の前にいる人の表情を見ることは、エネルギーを循環させる大事な要素だったんだろうな
って。
――ただ、外に出られなかったからこそ、自分自身と向き合って、コメントに出されていたような「意識と無意識が混在した作品にしようと」思ったっていう方向性が生まれてきたのではないでしょうか。
アルバムは、夢の中で聴いた音楽と、現実で作った音楽をミックスして構成しているんですけど、実はコロナがはじまる前から、そのコンセプトはあったんです。でも、実際に形にしていく段階がコロナと重なったので、恐らく、内省的に潜った先にあるいちばん広い世界を模索していたんだろうなって、自分を客観視すると思います。それは、一人ひとりが持っている……ちょっと、スピリチュアルな言い方になりますけど、魂というか。夢を見ることも、限りのない世界の話だと思うので。そういうことを作品にしてもいいと思えたのは、2020年があったからですね。あの、コロナがはじまる前に、不思議な夢をたくさん見る時期があったんです。まあ、人が見た夢の話なんて、どうでもいいと思われそうですけど(笑)、夢を語りたいというより、夢で聴いた音楽が面白かったので、それを現実に持ち帰ってシェアしようっていう。音楽好きのオタクが、いい音楽をレコ屋で見つけたから、みんなに聴いてほしいっていう動機に近いんです。でも最初は、それで文脈をどういうふうに作って作品として聴かせようかっていうのが漠然としていたんですけど、コロナ禍でいろんなことが世界中に起きているうちに、自分の中で骨組みが作れて、このアルバムができました。
――ちなみに、奇妙な夢ってどういう夢ですか? どうでもいいとは思えないし、興味があります(笑)。
話していいですか?(笑)。このアルバムに、夢の曲って4つあって。その中でも、「Demo CD-R From The Dead」っていう。
――不思議なタイトルですよね。
ふふふ(笑)。“死体からデモCD-R”っていうのは、夢の状況をそのままタイトルにしているんですよ。ここからはかなり支離滅裂な話になりますが(笑)、夢の中で家にいて、ベランダにプランターがあるんですけど、そこに得体の知れない死体が埋まっていたんですね。うわっ!って思って。それで警察に連絡して、刑事さんが3人ぐらい来て、ブルーシートを張って、死体を運び出すことになって。その死体が、若い男の人で、土まみれのデニムの上下を着ていて。その現場から、その人の持ち物であるCD-Rがポロっと出てきたんですよ。そこでおおっ!ってなって、うちのプレステ2で聴いてみましょうかって。それを再生したら、ノイズの中からバンドのデモ音源が聴こえてきて。私は混乱しつつも、え、めっちゃいい曲!ってなって。刑事さんに向かって、「もう1回聴かせてもらっていいですか?」みたいな(笑)。そこで目が覚めたんですけど、そういう奇怪な夢で。その記憶を鮮明に再現したのが、この曲なんです。だから、創作したっていうより、再現したっていう。
――すごい細かく覚えていらっしゃいますね! 目が覚めた時には、曲も鮮明に覚えていたんですか?
覚えていました。それで、ボイスメモにメロディを残して。あとは、鳴っていた環境、ノイズと、データが壊れたような音がしていたので、それらも忠実に形にしてみようと思って。
――夢にまつわる曲は4曲とおっしゃっていましたが、特に連作で夢を見ていたわけではなくって、夢それぞれに単発のストーリーがあったわけですよね。それを、さきほどおっしゃったように、ひとつの文脈にまとめるうえで、工夫されたところはありますか?
はじめは、ほんとにパズルをやっている感覚だったんです。寝ている間に夢を見る確率は個人差もありますし、どうしても支離滅裂な世界なので、それ自体に意味があるかどうかは見た人にしか分からない。だけど現実の状態が夢に現れたりだとか、逆に、あの夢は現実に起こることを暗示していたんじゃないかな?とかって思うようなこともありますよね。どちらが先かわからないっていうか。そういう不思議な連鎖を体験して。さっきの「Demo CD-R From The Dead」はあくまで夢の記録ですが、その次の曲「5AM」は現実に起きた祖母との別れのこととかを歌っていて。夢と現実の曲が交互に来ることで、私の夢と現実を追体験してもらうような形になるように、作品としてまとめる時には意識しました。たとえば、眠って、夢を見て、目を覚まして、リアルな世界があるっていうように。これが、どれほど共感を持ってもらえるのかはわからないんですが、身に覚えのある感覚になってもらえたらいいなって。
――でも、共感も呼ぶような気がします。コロナの時代って、これって現実なの? 夢なの?って思ってしまうような今を生きている気がして。期せずしてなのかもしれませんが、夢と現実が交互に体験できるこのアルバムは、時代にもフィットしていると思います。
うれしいです。個人的なことでしか、本当のことは語れないですけど、それが結果的に誰かのリアルとフィットすることで、アルバムが初めて完成すると思うので。
――これまで国内外でボーダレスに生きてきたMaikaさんが、夢と現実のボーダーも取り払ったアルバム、という感じもします。
ありがとうございます。スピリチュアルに思われかねないですけど(笑)。でも、なるべく音楽として、メッセージや思想を訴えるものとは限らず、何も情報がなくても、時間があっという間に感じられたり、(聴き手と)シンクロできるようなものにしたいと考えていて。だから、夢がどうとか、意識を研ぎ澄ませてっていうのは、二の次というか、アルバムをわかりやすくするためのガイドラインなんですよね。
――たしかに、たとえば「Spider Dancing」とかは気持ちよく踊れる楽曲ですし、成り立ちを知らずとも、純粋に音楽的に楽しめるアルバムでもあると思いました。
インストの曲は、わりと夢で拾ってきた音楽で、それ以外は現実で作った曲なので、そこでコントラストがつけられていると思っています。
――「It’s So Natural」は、AAAMYYYさんをゲストボーカルに迎えていますよね。これは、アルバムを外向きに響かせているひとつのファクターだと思います。
これは、最初に自分でビートを作って、メロディやテーマができた時に、AAAMYYYさんのボーカルが嵌るだろうなって。あとは、日本語の歌詞もAAAMYYYさんにお願いしたいって思ったんですね。つまり、先に曲があって、そこで、どうすればこの曲が完成するんだろう?っていう時に、AAAMYYYさんが必要不可欠だったっていう。そこで声をかけたら快諾してくれて。それまでも、AAAMYYYさんと音楽できたらいいなって思っていたんですけど、この曲でやりたいっていう具体的なものがなかったんですよね。それが、「It’s So Natural」で初めて叶いました。
――ある意味、AAAMYYYさんが参加しなかったから完成しなかった曲なんですね。
そうですね。完成したとしても、今の形とは違かったと思います。AAAMYYYさんの歌声はレンジが広いので、外向きの印象の曲になっていますけど、こうはならなかったと思いますね。
――でも、AAAMYYYさんと共演したいがために書いた曲、っていうわけでもないんですよね。
そうですね。今、コラボレーションってたくさんありますけど、自分の場合は、先に音楽があって、そこに対して誰が共鳴するか?っていう。逆も然りで、自分も、送ってもらったトラックがよければ、相手が有名だろうが無名だろうが、作ろう!ってなりますし。だから、音楽ありきっていうパターンが多いと思います。でも、音楽以上に、誰と誰がコラボレーションしたかっていうことが重要視されているような気もしていて。音楽は人がや
っているものなので、人とは切り離せないし、それはそれでいいと思うんですが、うーん、誰がやってようが、その曲がよければいいって思うんですよね。
――そういう意味では、今回は曲と声が呼び合った、すごく音楽的なコラボレーションですよね。
そういうふうにできたなって。正しいことしたなって自覚しています。
――音的にも興味深いところがいろいろあって。このアルバム、水に潜る音からはじまるじゃないですか。そして歌詞も、全編にわたって水にまつわる言葉が多く登場するので、音にしろ言葉にしろ、水っていうのがひとつのテーマになっているのかなって思ったんです。
ありがとうございます。そこに気付いていただけたのは初めてです。去年の春ぐらいに、宮沢賢治をよく読んでいて。「Nagaretari」っていう曲があるんですけど、これは宮沢賢治の短編の詩で「ながれたり」っていうものがあって、そこからインスピレーションを受けて書いたんです。その詩は、川の流れの中で、人が逆らえない水の力に押されながら、死に向かっていくっていうもので。宮沢賢治は、地獄絵図みたいなところからところから
影響を受けて書いたって言われているんですけど、自分は、川の流れが時の流れとリンクしていているところに共感して。時間が流れているから水も流動しているし、人間も75%ぐらいは水でできているっていうし、水から命は生まれているっていう根本的な話になりますけど、そういう象徴として入れたかったんですよね。詩の話に戻ると、川の流れの中で、たくさん屍があって、それが水の移り変わる色を表しているっていうことが書かれて
いるんです。人は、キラキラした水に美しさを見出したり、水を飲んで生きながらえているけれど、それは屍というか。そういう解釈が、自分の中ですとんって腑に落ちたので。
コロナ禍でたくさんの人が亡くなって、信じられない現実に対面して。死をタブーとして受け入れる社会ではあると思うんですけど、死は自然現象のひとつなので。そういう意味で、川で流れていて、だから美しいし必要不可欠だし、すべてがそこにあるっていう。うまく言えないですけど。最終的に、水が象徴として出てくるような作品にできたのは、詩からヒントをもらったからなんです。
――なるほど。夢と現実だけじゃなくって、生と死も混在しているアルバムですね。彼岸という言葉もありますけど、川は生と死の狭間の象徴でもありますし。言葉だけではなく、音でもイメージを表現しているあたりも、音楽的なアルバムらしいと思います。
なかなか言葉で思想を発信するのは苦手なんですけど、だからこそ、作品にできた時の達成感はありますね。
――言葉の使い方も巧みですよね。「Mist」は、フランス語と英語と日本語が混ざっていて。
歌詞を書く時、音で選んだりするので。先に曲ができて、それに対して、この言語が嵌るなっていうところからはじまるので、「Mist」は、結果的に三か国語が共存することになりました。
――ボキャブラリーが豊富な方ならではの選択肢ですよね。日本人のミュージシャンだと、このメロディをアウトプットしくても、日本語にはうまく嵌らないっていうもどかしさを感じる方もいるかもしれませんけど。そういう意味で、Maikaさんは自由度が高いのかも。
そこは親に感謝ですね(笑)。私をそういうふうにしてくれた環境のおかげです。だから極力、何にも縛られずに、究極に音楽を優先して作るのが私の役割だと思う。大袈裟ですけど、そういう使命を感じています。
――ジャケットも気になるんです。可愛いっていうか不思議っていうか、めちゃめちゃ印象的ですね。
これは、今年の5月に出した「Spider Dancing」のMVにも登場する、宇宙人らしきキャラクターで。それを作ったのがSaou Tanakaさんっていう、ドイツと日本のハーフで、ドイツに住んでいらっしゃる方で。彼女が言うには、このキャラクターは、楽しみを求めている自由な魂の象徴だと。フェスのビデオなんですけど、彼女は、コロナ禍でフェスがしばらくできなかったけど、私たちは自然と、これがやりたい、楽しいことがしたいって思う生き物だよねっていうメッセージを込めていて。“アンファン”っていう名前も付いていて、フランス語で子どもっていう意味なんです。性別もなくて、人間かどうかもわからなくて、魂の化身としての生き物。アルバムのジャケットを考えていた時に、このキャラクターをもう一回出したいねってなって。大事な、思い入れのあるキャラクターなんですよね。
配信先リストはこちら:https://lnk.to/ML_LucidDreaming
Maika Loubté
『Lucid Dreaming』WATER RECORDS
ジャケットのピンクとブルーが混ざり合う色は、まるで明け方の空の色。夜の夢から飛び出した、宇宙人のようなキャラクター“アンファン”が、朝になって現実に飛び出していく、というイメージも沸き上がる。そこには、Maika Loubtéの内面が音楽になって、世の中に広まっていく物語を重ね合わせることもできる。夢や個人的な想いを、高いスキルで開かれたメロディや踊れるビートに昇華した全14曲。今の私たちに、見事にシンクロする一枚だ。
Zenbu Dreaming MV – Meeting
Spider dancing
Flower in the dark
Maika Loubté
シンガーソングライター/プロデューサー/DJ。2016年にソロ名義で活動開始。幼少期から10代を日本・パリ・ 香港で過ごし、現在は東京を拠点としている。ビンテージアナログシンセサイザーに出会いエレクトロニックミュージックの影響を受けたスタイルで音楽制作を行う。国内外のフェス出演、アーティストやCMへの楽曲 提供等でも活動中。agnès b.・SHISEIDO・GAPなどのブランドとのコラボレーションも行う。2019年に2ndアルバム「Closer」を配信・LP(日本盤およびEU/UK盤)でリリース。
2020年10月リリースの「Show Me How」がマツダの新型車「MAZDA MX-30」のテレビCMのコラボ曲と
して大々的にフィーチャーされ、自身もCMに出演。一躍注目を浴びる。
Web:https://www.maikaloubte.com/
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