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内山拓也(映画監督)と入山浩章(スタイリスト)が文化服装学院で語った
『しびれ』映画衣装の作り方

ともに文化服装学院スタイリスト科(現ファッション流通科スタイリストコース)の出身でありながら映画監督の道を歩んだ内山拓也さんと、スタイリストとしてミュージシャンのスタイリングや映画衣装の分野で活躍する入山浩章さん。

ふたりは映画『しびれ』(2026年9月25日公開)で初めてタッグを組み、物語に生命を吹き込んだ。この記事では、母校に凱旋した二人が去る9月に行った文化服装学院での特別講義の記録をもとに、映画衣装の核心と、クリエイターとしての姿勢をひもときます。

スタイリストから映画監督へ、そして音楽と映画が交差したキャリア

内山拓也(以下、内山):きっかけは大きく2つありました。ひとつは、在学中に行われたあるスタイリストさんの特別講義です。登壇されたその方が語ったのは「寝れない、食えない、お金がないを解決した者だけがスタイリストになれるチャンスがある」というお話でした。ならば先回りして解決しようと思ったんです。奨学金を借りていたので、在学中の2年間は無給でも生き延びられると踏み、食費も1か月3,000円でもやっていけるような生活をしていました。

もうひとつが、映画との出会いです。課題やバイトが深夜までかかることが常でしたが、「ここで寝たらみんなと同じだ」と思い、1日1本必ず映画を観るノルマを自分に課しました。朝5時、長い作品なら6時まで観続けることを習慣にしているうちに、映画の面白さにのめり込んでいったんです。ジャンルは問わず、黒澤明も(ジャン=リュック・)ゴダールも香港ノワールも、手当たり次第に観ました。その時間の中で、物語を語る上でファッションがいかに雄弁なツールになりうるか、という発見もありました。

内山:スタイリストとして初めて映画の現場に入ったとき、「大人たちが何千万、何億というお金を費やして一生懸命仕事をする」、その光景がとにかく楽しそうに見えました。それでファッションを通じて映画の世界に入るよりも、直接その現場に飛び込みたいと思ったんです。

ただ、最初は映画で何をやりたいのかが漠然としていました。転機は、商業映画で初めて助監督をしたとき。監督の姿を見ながらあることに気づきました。

自分が初めにファッションに向かったのも、その後映画の道に進んだのも、突き詰めれば「自分を表現したい」という衝動からだったんです。それなら監督しかないな、と。そこから1年間アルバイトをして、初めて自分で映画を撮りました。それが『ヴァニタス』(2016年)です。

入山浩章(以下、入山):26〜27歳のとき、それまでついていたスタイリストさんのアシスタントをクビになりました。年齢的にももうこの道以外ないと思いましたし、そこで「自分一人でスタイリストを名乗ってやるしかない」と腹をくくりました。

音楽が好きだったので、下北沢のライブハウスに入り浸り、かっこいいと思うバンドに声をかけ「ノーギャラでいいので」と話して衣装をやらせてもらいました。最初は相手にされなくても、ライブに通い詰めて、自分がそのバンドの音楽から何を感じたか、どんなビジュアルが思い浮かぶかを熱心に伝えました。

さらに、ミュージシャンを特集したZINE「WEARY」を作って、いろんな編集部に持ち込んだりもして。『装苑』編集部にも行きました。そのZINEも、ただ写真と記事を並べるのではなく、紙質やレイアウトにもこだわり、自分の世界観が伝わるように工夫していました。そうするうちに、いつか一緒に仕事がしたいと思っていたバンドと実際に仕事ができるようになっていったんです。

番手、競合、スタイリストと持ち道具の役割分担・・・
日本の映画衣装独自の慣習とは?

入山:大きな違いとして「番手」という概念があります。映画は脚本の順番どおりに撮影できるとは限りません。シーン1とシーン10で同じ衣装を着ていても、撮影は必ずしも連続しない。例えば、シーン10で汚れが生じるシーン、穴が開くシーンを先に撮らなければならない場合、シーン1のためのきれいな状態の服がもう1着必要になる。同じ服を複数枚確保しておく、それが「番手」の考え方です。

ただ、僕が映画で持ち込む衣装はほぼ古着です。人が着てきた感じや、生活の匂いがする服のほうが好きなので。古着でまったく同じものを複数揃えるのはかなり難しいので、監督や演出部と密にコミュニケーションを取りながら成立させていきます。

それから、映画の中で俳優さんはなんでも着られるわけではなく、契約ブランドや企業も考慮に入れる必要があります。

内山:そうですね。俳優が特定のブランドや企業と契約していると、その契約先と競合する別ブランドのものは身につけられない。さらに、服は衣装部が担当する一方で、靴やアクセサリー、バッグは、持ち道具さんが担当するという慣習も日本独自のものとして残っています。

これは、時代劇で着物は衣装さんが、わらじは持ち道具さんが用意するという慣習が現代にそのまま受け継がれた形ではないかと思います。僕の作品では、スタイリストがそれぞれのキャラクターをトータルコーディネートするべきだという考えから、なるべくその慣習にとらわれない形を目指しています。

脚本から場面を立ち上げるための
衣装の選択、汚し、色彩設計

内山:まず、亜樹がどんな仕事をしていて、好きな色は何色で、この服はいつ買ったものなのかを話し合いました。夜の仕事をしているなら仕事着はどういうものなのか。一口に夜の仕事といっても、高級クラブなのか、スナックなのか、そのお店の客層は?といった部分や、 彼女が自分をどう見せたいのかなどの人物像をしっかり掘り下げていきます。服は、その人の社会的な鎧でもあり、内面を映す鏡でもあるという考えからです。

そこから、亜樹は好きな色が赤やピンクで、柄物を仕事着として選択するだろうという結論に至りました。また、「ファスナーあげて」というセリフがある以上、自分一人では届かないファスナーのサイズや位置でなければ不自然なので、そういう服も入山さんが選んでくれています。こういったことを積み上げて、ひとつひとつの衣装が決まっていきます。

入山:時代設定は2000年代ですが、地域性などもあり、少し前の時代のムードがある服を着ているのも自然だろう、という観点からも選んでいますね。

入山:大地は経済的に厳しい環境で暮らしているという設定があります。ならば、リサイクルショップで1,000円以下の服のみを選ぼうという制約を自分に課しました。そうして集めた服の中から内山監督が「この赤いのがいい」と言ってくれて。それが、800円くらいで見つけたこの赤いブルゾンでした。

そこから、服を紙やすりで削って使い込んだ味を出し、袖先を汚しました。ただ汚すのではなく、子どもが転んだときにつきやすい膝や肘、ご飯をこぼしがちな胸元、何度も鼻水を拭ったであろう袖口、といった具合に、彼の生活を想像しながら汚していきました。リアリティは、そうした細部の積み重ねでしか生まれません。洗濯された服を着られるような環境にいない子どもが、ずっと同じアウターを着ているイメージです。

また、彼がブルゾンの下に重ねているユニクロのフリースなどの服は、寒さを凌ぐためだけに手元にある服を着ていくとどうなるのか、というテーマでスタイリングしました。だからサイズもばらばら。そうした、大地自身がスタイリングとして意識していないレイヤードも、キャラクターのリアリティを追求した結果です。

内山:映画の画面には、雑誌のように「ブルゾン ¥800」といったクレジットが出るわけではないので、5万円の服を着せても成立はするんです。でも、そういうバックボーンから丁寧に考えていくことが、映画にリアリティや奥行きを与えるのだと信じています。

文化服装学院では「表面だけを整えるのではなく、その背景まで考え、想像を巡らせることの大切さ」を学んだと思っていて、それは映画監督になった今も変わらない感覚です。

あとは色使いにも意図があります。自ら「色」を獲得しようとしていない大地の少年期には、かえって豊かな色彩が映える。その色は青年期にかけて削ぎ落とされていき、物語全体が退色していくよう設計しています。

入山:あのジャケットはストーンアイランドの1990年代のものです。イギリスのフーリガンがアイコン的に着ていたブランドで、アウトローが着るという文脈が決め手になりました。それから、映画『タクシードライバー』で、ロバート・デ・ニーロ演じる主人公のトラヴィスが着ていたタンカースジャケットのように、映画とキャラクターを象徴するような一着も欲しかったんです。キャラクターのリアリティと、映画を象徴するキーアイテムとしての強度をあわせ持つ意味で選んだジャケットです。

それからコルテッツ。「この人物なら革靴では」という考えもありましたが、定番として作り続けられているスニーカーを選んだのは、「一足履き潰したら、またくりかえし同じものを買う」ような生活のあり方を表したかったからです。こだわりや好みがあるけれど、それは服飾的な意味を持っていないという人物像を積み上げるために選んでいます。

内山:入山さんが衣装として持ってきてくれるのは、キャラクターがその場面で着る服だけではありません。クローゼットの奥に吊るされている服やタバコのケース、果てはラジカセまで、キャラクターが選んだものとして、その空間にありそうなものまで用意するんです。奥にかかっている服を、実際に着ている衣装と入れ替えても成立する、そういう完成度の高いリアリティを作ることができるのが入山さん。

その仕事は、衣装という「点」ではなく、キャラクターの生活という「空間」を作っていると思っています。俳優が部屋に入った瞬間、役の人生を肌で感じられることや、カメラが回っていないところまで作り込むことが、結果的に画面に映るものの強度を高めてくれる。そういう仕事をする人だからこそ、一緒にものづくりをしたいと思います。

画面に映らないものこそが映画をつくる

入山:スタイリストというのは服を着せるだけの仕事ではなく、「スタイルを作る」仕事だと思っています。その一環として、登場人物が聴いているであろう曲のプレイリストを作りました。自分も、「こういう音楽が体に流れている人なら、こんな服を選ぶかな」という感覚で、それらを聴きながら衣装を選んでいました。

俳優さんは、演じる役とまったく同じように生きることはできません。だから登場人物に少しでも近づけるように架け橋を作りたいんです。

入山:そうです。例えば、昔付き合っていた人と一緒に聴いていた音楽を改めて聴くと、その頃の記憶がよみがえるようなことってありませんか? そういうことが香りにもあるなと思っていますし、実際、香りは脳の記憶を司る部分に直接作用するともいいます。

俳優さんが、理屈ではなく感覚的に役をインストールする手助けになればと香水を用意しました。亜樹がかつて好きだったアイドルがつけていたであろう香水として「スカルプチャー」を用意し、宮沢りえさんにお渡ししました。

大地を演じた北村匠海さんにはディオールのソヴァージュを。「ソヴァージュ」には「広大な大地」という意味があります。同じ名前を持つ人物に向けた、ある種のラブレターですよね。そういうものは、それ自体が画面に映らなくても、芝居に表れると信じています。僕と俳優さんとの秘密のコミュニケーションみたいなものです。

学生とのQ&A
なりたいもの以外のことに目を向ける時間が、なりたい自分を豊かにしてくれる

入山:僕の場合、映画の仕事に入ったらそのことしか考えられなくなります。四六時中考え続けていて思考も止まらなくなるので、監督に時間構わず連絡してしまうのですが・・・。思考もコミュニケーションを絶やさないこと、それが自分のやり方です。

内山:僕は「(アイデアや文章などが)降ってこない」時間や、止まってしまう時間は、人生のほとんどを占めていると思っています。みんな平等に1日24時間を与えられていますが、時間というのは伸び縮みするものだと捉えていて、それは没頭の深さによって変わるような気がしています。「どうすればいいんだろう」と考えている時点で、本当はまだ没頭できていないのもかもしれません。

自分自身、20代のうちにインプットしたものが、20代後半から30代でアウトプットされていく感覚を持っています。その積み重ねが人生なんじゃないかという仮説を、34歳の今、持っているんです。だから20代前半の皆さんはできる限り没頭しながら、立ち止まることなく、たくさんの時間をインプットに費やすのがいいと思います。

そしてこれからの時代、AIがますます発展し、何をするにも最適な答えや効率的な方法をすぐに提示してくれるようになるでしょう。でも、クリエイションにおいては「ノイズ」や「違和感」、一見無駄に見える遠回りからこそ、人の心を動かすものが生まれます。自分で考え、悩み、もがき続けること。そのプロセス自体に価値があると信じています。AIが答えを出してくれる時代だからこそ、自分で考えたり、発想することをやめた瞬間に豊かさを失ってしまう、と思っています。

内山:僕は入学式の次の日に、かっこいいと思った衣装デザイナーの方の事務所を本で調べて訪ねました。最初は、なかなかお目にかかれる機会がなかったのですが、来る日も来る日も事務所を訪ね続けたら、アシスタントの方に「また来てるね」と声をかけてもらい、中に入って話をさせていただくことができました。

自信はなかったけれど、自信を裏打ちするために行動するしかなかった。それまでは服作りに触れてこなかったので、服は作れない、まつり縫いもろくにできない。でも好きなものへのまなざしと、知識を研ぎ続けることでは誰にも負けないと思っていたんです。

入山:何より大事にしてほしいのは、自分の好きなことを人に語れるようになることです。それがラーメンでも、アイドルでも、虫でも、服のことでなくてもなんでもいい。好きなことを言葉にして人と共有できれば、それが自分を守ってくれるようになりますし、思いもよらない仲間ができていきます。あと、好きなものを語る訓練は、自分の内面の解像度を上げることにも繋がります。なぜ自分はこれが好きなのか、どこに惹かれるのか。それを突き詰めていくと、自分自身の輪郭がはっきりしてくる。それが、クリエイターとしての核になっていきます。

内山:文化の入学式で席が隣になって仲良くなったのは川谷光平という友人で、彼は今、写真家として凄まじい勢いで活躍しています。学生時代、彼とは下北沢やいろんな場所でいろんな話をしました。写真とも映画とも関係のない話を、たくさんしていたんです。そういう時間があったからこそ、お互いに今の仕事ができているんじゃないかと思っています。一見、無駄話に思えるような時間こそが、後々のクリエイションの血肉になる。

なりたいもの以外のことに目を向ける時間が、なりたい自分を豊かにしてくれるということです。カルチャーは、専門知識のタコつぼの中だけでは生まれません。いろんなジャンルの人々と交わり、関係のない話に笑い、心を動かされるという経験そのものが、自分の表現の幅を広げてくれる。文化にいる皆さんには、これだけの豊かな環境があるので、ぜひ思い切り活かしてほしいです。


Takuya Uchiyama

1992年生まれ、新潟県出身。2013年、文化服装学院スタイリスト科(現・ファッション流通科スタイリストコース)卒業。スタイリストを経て映像の道へ進む。初監督作『ヴァニタス』でPFFアワード2016観客賞を受賞、香港国際映画祭に出品、批評家連盟賞にノミネートされるなど、海外でも評価を獲得。『佐々木、イン、マイマイン』(2020年)では、新藤兼人賞、日本映画批評家大賞、ヨコハマ映画祭など、国内の主要な新人監督賞を総なめにした。同作品は東京国際映画祭でプレミア上映された。フランス、韓国、香港、日本による4つの国と地域の共同製作『若き見知らぬ者たち』(’24年)で商業映画デビュー。最新作『しびれ』で第26回東京フィルメックスにて審査員特別賞を受賞。第76回ベルリン国際映画祭「パノラマ」部門に正式出品。その他にもKing GnuやSixTONESなど著名アーティストのMV、短編、広告など様々な映像作品を手掛け、若年層を中心に幅広い支持を集めている。

Hiroaki Iriyama

1984年生まれ、栃木県出身。2005年、文化服装学院スタイリスト科ファッションディレクター専攻(現・ファッション流通専攻科)卒業。2013年からスタイリストとして活動を開始。映画衣装は2024年の映画『辰巳』で初めて手がけ、その後、『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』『ネムルバカ』に参加。現在は俳優からアーティストまで幅広くスタイリングを手がけている。

『しびれ』

監督・原案・脚本:内山拓也
出演:北村匠海、宮沢りえ
榎本 司、加藤庵次、穐本陽月
赤間麻里子 / 永瀬正敏
2026年9月25日(金)より、東京・日比谷の「TOHOシネマズ シャンテ」、「新宿武蔵野館」ほかにて全国公開。NAKACHIKA配給。

©︎2025「しびれ」製作委員会

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