NYを拠点に活躍するメークアップアーティストでビューティークリエーターの吉川康雄さんが今年の春、新たなブランド、混ざることはないという意味を持つ言葉を付す
『アンミックス(UNMIX)』を立ち上げた。
2020年にこれまでの常識と日常が一変し、ビューティーの領域でも変化し続ける中、戸惑いを感じることが今もなおあるのではないだろうか。
海の向こうの異国でも精力的に活動し続ける氏の美の基準や価値観、
プロダクトは今を生きるための勇気を与えてくれる。
――吉川さんの新しいブランド『UNMIX』が春に発表されました。そのファーストプロダクトが口紅だったことは、実は少し意外に感じていました
ビューティークリエイター 吉川康雄(以下、吉川) ファンデーションだと思いましたか? ファンデーションは、僕の考える美容を表現するための本質的なものだけど、既存のものとかなり違いがあるため、説明するのはなかなかに難しいのです。ファンデーションの中には全ての美容の悩みの要素が入っていると考えていますが、それをいきなり語り、僕の考えを説明することで理解してもらうのは簡単なことではないと思っています。そのために、そこからは始めることはせず、口紅を選びました。女性たちの持つ美の感性に対してファンデより伝えやすいと思いましたし、メイクにおける違和感、不都合など全ての要素を有するものであり、新たにスタートするブランドの考えを“感じ取れやすい”共通項が口紅にあると考えています。
――口紅は特別なプロダクトとお考えになっているということでしょうか
吉川 アイメークにも頬紅にも伝えたいことはありますし、美しさを宿す力はそれぞれにあるでしょう。しかし、口紅は全ての女性にとっての美の入り口としてわかりやすいものだろうと考えています。
――吉川さんがご自身の考える美しさをよりたくさんの人に伝えたいと思われ、それを託すのに最適なものが口紅だった、と考えられたということでしょうか
吉川 SNSというコミニケーションツールの普及を考えると、僕はブランドが「こうあるべき!」のような、一方的なメッセージを語る時代ではないと思います。そんなムードの中で、より多くの女性とコミュニケーションできるものが口紅なのだろうと思いました、それも誤解なく。
――SNSを介して吉川さんもたくさん発信されていますね
吉川 『UNMIX』はこれまでにないようなブランドだと思うから、そのトップが近くの存在で、姿の見えるのって大切な感じがします。実際、僕はたくさんの話をしていて、その中から広がっていくのを感じていますし、これからも近い距離感でプロダクトを作り続けて行くのだろうと思えます。
『UNMIX』の口紅のラインナップ
――顔の半分をマスクで覆いながら外出する日が長く続いていますが、このことで吉川さんの美意識に変化はありましたか
吉川 ないです。自由の価値観が変わらないように、僕自身の美しさの価値観は変わりません。人の取り巻く状況は変わろうとも、最終的には自分の気持ちによるところが全てなのだろうと思うから。ドレスアップはなんのためにするの? と問いかけてみてほしい。ファッションもビューティーも、失って初めて尊さを知ることもありますよね。両方とも、やらなくてもいいものだし、やらないと死ぬことでもないのですが、自分を触る行為、つまりケアすることであるこの二つの本質は同じなのだろうと僕は考えます。そして、ケアすることで気づけることはたくさんあるのです。ケアしている時の気持ちで自分のことが見えてくる、哲学的なことと思うのです。化粧はただ化粧ではなく、ファッションもただファッションでもない。生きていく上でのモチベーションでしょう。
例えば足。短いか長いか。背が高い、あるいは低い。スラっとしている、ぽっちゃりしている。八頭身、六頭身。容姿において人によって様々なタイプがあるように、美容においてもまたいろいろな要素がありますね。鼻が高い、低い。眉が太い、あるいは細い。いろいろな要素をどうやって自分がクリエートしていくのか。嫌いと言ってしまうのは最も簡単なことです。しかし、自分に嫌いと言ってしまうと、幸せな気分にはなれないし心地よくもないでしょう? 大袈裟にも聞こえるかもしれませんが、長い人生の中、そんな気分でいたらどんどん惨めな気分になっていきかねないと思うのです。
――どうしたら自身の欠点を美点に変えることができるのでしょう?
吉川 誰もがそれぞれに違った素材で、それぞれの個性を持って生まれてきます。そして、誰もが歳をとっていきます。つまり、生まれて死んでいく中で、みんな平等に姿かたちが変化していきます。その中で、自身をどれほど大切に見つめられるかだと考えています。ポジティブな気持ちで観察することこそがとても重要のように思えるのです。心地よく過ごすことのできる扉となるのがビューティーやファッションではないでしょうか。自分の姿かたちを考えたことがいない人は誰もいないと思うのです。
――そう考えるようになったのはNYに渡られたこともありますか?
吉川 NYは、仕事で訪れたのが最初でした。タクシーの窓から街を見た時、心地よい緊張感と高揚感で胸がいっぱいになったのをはっきりと憶えています。その後の1993年くらいからは、一年の半分くらいを過ごしていましたが、暮らすようになったのは、95年。この街が好き、と思えたからです。考えてみると、写真家のスティーヴン・マイゼル(Steven Meisel)など、当時の僕の心を揺さぶったアーティストのほとんどがNYで活躍している方たちでした。当時の大きな仕事の多くがNYで行われ、活躍するクリエーターたちはNYのエージェントと契約していたのです。その事実を知り、この地で働き、暮らせるように準備を進めました。
――吉川さんの行動力と情熱が眩しいです
吉川 ヨーロッパのファッション誌に憧れ、20代の頃は毎年パリに通っていました。いつかはここで暮らして仕事したいと思い続け、行くたびに3ヶ月ほど滞在していましたが、うまく行かなかったのです。それでも日本にいることにはずっと疑問を感じていました。そんな時だったのです、NYという街に出合ったのは。
――NYという街によって美に対する意識が変わりましたか?
吉川 根底はずっと変わっていないです。NYに暮らし、プロフェッショナルの人たちと働く中で学んだのは、目の前のものを語ること。目の前にあるものをしっかり見ることの大切さに気づけたことでいろいろなフィルターを掛けなくなり、美に対する考えはもっとはっきりしたと思えます。それから自分の常識が他人の常識ではないことも、様々な経験を通して教わりました。経験することと見たものを信じることの尊さを改めて感じます。
――それは吉川さんの新しいブランドからも伝わってきます
吉川 クリエーティブな仕事ではイメージを膨らませることはありますが、世の中に出すメッセージに関しては想像だけで何かを発信することはしません。一つの発信から頭の中でいろいろなことが繋がって発言をしてしまいがち。でも、それはしたくない。僕は評論家やマーケッターではありません、だから見て感じてきたことだけを広げすぎずに伝え続けたい。
――これまでたくさんの撮影をなさってきた経験も今の吉川さんのお考えを構築されたのだろうと思います
吉川 僕の仕事は女性をメイクすること。その経験がベースです。プロダクトやメッセージはその長い経験の中で考え出されたもの。以前のブランドや『UNMIX』のために新たに作ったものなんて一つもない。僕が今まできれいにしてきたものを再現して作っているし、多くの女性を見てきて感じたことを伝えているのです。