
「ITSアルカデミー(Arcademy)」は「アーカイブ(Archive)」「アカデミー(Academy)」「方舟(Ark)」の3つの意味を込めた造語。
アドリア海に面したイタリアの港町、トリエステ。ここでは毎年、世界中から若いファッションデザイナーたちが集まる国際コンクール「ITS(International Talent Support)」が開催されている。
その歴史は2002年に遡り、これまでグッチのデムナ・ヴァザリアやシャネルのマチュー・ブレイジーなど、ファッション界を牽引するアーティスティックディレクターたちを輩出してきた。
2022年には、長年の構想だったファッションの複合施設「ITS アルカデミー(ITS Arcademy)」を開設。ここは、過去の応募者のポートフォリオ約15,000冊と、ファイナリストの作品1,000点以上が保管されるアーカイブであり、それらのコレクションを公開するファッションミュージアムでもあるのだ。
服とは?を問いかける
「ファッションランド – 境界を越える服」展
現在、ミュージアムでは二つの展覧会が開催されている。その一つは「ファッションランド – 境界を越える服(Fashionlands – Clothes Beyond Borders)」展。

ポートフォリオの展示室。デザイナーたちの情熱と創造の結晶を保存すると同時に一般公開する。
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ファッション史家オリヴィエ・サイヤールと哲学者エマニュエル・コーチャによる実験的で詩的なキュレーションのもと、常識や既成概念を超え、ファイナリストたちの自由な発想から生まれたファッションの世界を見せてくれるのである。
では、ボーダー(境界)を超える服を観て行こう。


Tomohiro Shibuki(澁木智宏)2024 「Blur the boundaries」
性別、年齢、文化の境という枠組みを超え、ひとつの身体に複数のアイデンティティが共存する。いくつもの境が曖昧になることで、服は豊かに開かれた空間となる。そこは、分け隔てのない静けさと、さまざまな存在が穏やかに息づく世界。


Flora Miranda 2015「Sidereal」
服は、身体を未知の未来へ転送するテレポーテーション装置。身体は何層にも刻まれ、時空の境を超えていく。



Triinu Pungits 2007「Untitled」
衣服の歴史の一つは、動物を殺し、皮を剥ぎ、その皮で身体を覆うことから始まった。だが殺すことなく、立体感を持つ布地(動物)をまとうことで、人は動物になることができる。動物の視点から生きることを提案し、人との垣根を超えた平和的な輪廻転生を表現。

展示の様子。


Sara Michal Workeneh 2020「Between Land and Subject」
人と自然がまだ分かれていなかった頃、衣服は植物の恵みでできていた。身体と大地には境などは存在しなかったのだ。その記憶を現代に蘇らせ、豊かな色彩とリサイクル素材を合わせたボタニカル・ユートピアの世界を描く。


Olivia Rubens 2020「Duplicitous Lives」
女性であるとはどういうことか?仮面をかぶることで隠されてきた女性の声に耳を傾ける。いじめや偏見と戦うことの重要性を訴えることで、差別の壁を超える。


Ruby Mellish 2022「Contemporary self-Portraiture」
ロックダウンの孤独感の中、外部の視線を失い、「私とは誰か」という問いに向き合った。自己と他者、現実と幻想、その境を超えるときに視線は、ひとつのかたちとなった。


Mohammed El Marnissi 2021「The Orient and All Its Mystery」
敵対する部族に生まれた二人、DamarとCuz。戦いはCuzの命を奪い、怒りを残した。それでもDamarは、憎しみを超え、「皆が共に在る」ことを選ぶ。この地はやがて「ダマスカス」と呼ばれるようになる。古い伝説に着想を得て、静かな希望をかたちにした。
会場の壁に並ぶ写真も興味深い。フォトグラファーのガブリエレ・ロザーティによるもので「白いシャツ」「黒スーツ」「Tシャツ」といった、誰もがよく知る普通の衣服のポートレートだ。

Gabriele Rosati の衣服のポートレート。
「どこまでも自由で、すべてを超える服」と「何も変わらない服」。
この対比は、私たちに「服って何だろう?」と、自然に問いかけてくる。国境や文化、価値観、“普通”という無意識のルールを、ちょっと立ち止まって考えてみたくなる。
服とは?— 難しく考えることはない。答えは、展覧会にあったオスカー・ワイルドの言葉が教えてくれるから。
「ファッションはあなたが着ているもの。センスが無いのは他人が着ているもの。(Fashion is what you wear. What is out of fashion is what other people wear.)」オスカー・ワイルド(Oscar Wilde)
価値観は常に主観的なものだから、他人の目や常識に振り回されず、自分の美意識を信じて生きることが一番なのだと。
ITS 2025ファイナリストたちの「ボーダーレス」展
もう一つの展覧会は、ITS2025のファイナリスト10人の作品を紹介する「ボーダーレス(Borderless)」展。

ITS 2025 ファイナリストの作品の展示。
今年からITSは、ファイナリストに選出された10人全員を等しく称えることにした。10人には、それぞれ1万ユーロ(約165万円)が贈られ、制作費用やトリエステまでの交通費などに充てることができたのだ。
また、トリエステでの10日間のクリエイティブ・レジデンシー(創作支援のための滞在プログラム)に参加する権利も与えられた。プログラムでは、豊富な経験や知識を持ち、新人の指導を行う業界のメンターたちからセミナーやワークショップを受けて、様々なことを学んだ。
何よりも主催者が大切にしたことは、彼らが共に生活をして、共に作り、共に成長して行くこと。
コンテストの概念を超えて、柔軟に変化を遂げていくITS。来年は、誰がどんなクリエイションで私たちをワクワクさせてくれるのだろう。
ITS Arcademy – Museum of Art in Fashion
オフィシャルサイト:https://itsweb.org/its-arcademy/
Photos and Text:B.P.B. Paris
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