岡田将生と清原果耶が大切にする、『1秒先の彼』で得た時間の美学

第57回金馬奨(台湾アカデミー賞)で作品賞・監督賞をはじめ最多受賞を成し遂げた台湾映画『1秒先の彼女』(2020年)が、『1秒先の彼』として、日本を舞台にリメイクされた。『リンダ リンダ リンダ』や『苦役列車』で知られる山下敦弘監督と脚本家の宮藤官九郎が初タッグを組み、「1秒早い男性」と「1秒遅い女性」が織りなすラブストーリーを創出。岡田将生と清原果耶がW主演を務めた。

郵便局で働くハジメ(岡田将生)は、人よりも1秒早いタイミングで行動してしまう人物。そんな彼がある日目覚めると“1日”が丸ごと消えていて……。秘密を握るのは、1秒遅い女性・レイカ(清原果耶)だった。

テンポが重要な本作で、岡田と清原は何を感じたのか。映画の舞台裏から自分らしいペース配分に至るまで、“時間”を軸にした対談をお届けする。

photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Yusuke Oishi (Masaki Okada), Megumi Isaka (dynamic) / hair & make up : Reico Kobayashi (Masaki Okada), Kengo Kubota (aiutare) / interview & text : SYO

『1秒先の彼』
郵便局の窓口で働くハジメは、何をするにも1秒早い。記念写真では必ず目をつむり、漫才を見ても人より早く笑ってしまう。ある日、ハジメ(岡田将生)は一目惚れした女性とデートの約束をするが、目覚めるとなぜか、デートの翌日になっていた。秘密を握るのは毎日郵便局にやってくる、何をするにも1秒遅い大学7回生のレイカ(清原果耶)らしい。ハジメとレイカ、二人の視点で描かれる「消えた1日」の物語。監督・山下敦弘監督×脚本・宮藤官九郎のタッグで、台湾で生まれたヒット作を日本版にリメイク。ハジメを演じた岡田将生さんは『天然コケッコー』以来、16年ぶりの山下組参加に。
監督:山下敦弘
脚本:宮藤官九郎
出演:岡田将生、清原果耶、荒川良々、福室莉音、片山友希、加藤雅也、羽野晶紀ほか
全国公開中。ビターズ・エンド配給。©︎2023『1秒先の彼』製作委員会

――秒先の彼』を拝見し、緩やかで心地いい時間が印象に残りました。こうしたテンポ感や間(ま)などは、撮影時に山下監督のもと意識的に生み出していったのでしょうか。

岡田将生(以下、岡田):監督と創り出していったものだと思います。僕が演じたハジメは、何をするにも1秒早い人物です。最初はその1秒を計りながらお芝居していたのですが、そうするとうまくシーンが成立しなくなるところもあって。

例えば、相手が喋っているときに気持ちとしてはもうセリフを言いたくなっているので、そもそも会話が成り立たないんですよね。「早い」を表現するには、ただ相手の言葉にかぶせればいいというわけではないので、山下監督とお話ししながらテンポをズラしていって、どの辺りがベストかを探っていきました。

清原果耶(以下、清原):私もワンテンポ早い・遅いを明確に見せないと成立しないところも含めて、山下監督とご相談しながら作っていきました。私が演じたレイカちゃんは何をするにも1秒遅い人物ですが、じゃあどのくらい遅くしてもいいのか?を撮影の序盤に何パターンか試したんです。

それがこれまでにない経験だったので、撮影当時は「本当に成立するのだろうか?」「1本の作品になったとき、ハジメくんとレイカちゃんのお互いのバランスはどういう感じで映るのだろう?」というようなことをふんわりと考えていました。

――京都弁も入ってきますしね。イントネーションでテンポも変わるでしょうし。

岡田:京都弁の修得はいま思い出しても、本当に大変でした(笑)。でも、キャラクターを演じるうえではすごく助けになってくれたと思います。

清原:そうですね。レイカちゃんの「1秒遅い」をどう表現するか、ゆっくりしすぎても会話が成立しないよなと考えていたときに、京都弁指導の方が「京都人はゆっくり・ゆったり話すから、急ぎたくなるようなセリフがあっても、少しゆっくり言ってもらうと雰囲気が出ますよ」と教えてくださいました。「それなら、京都弁のペースを踏まえて役作りをしていこう」と考えました。

――山下監督の作品特有のテンポ感もあるかと思いますが、『天然コケッコー』(2007年)でも山下監督と組んでいらっしゃる岡田さんはどう感じられましたか? 当時との違い、或いは変わっていない部分など……

岡田:デビュー当時はテンポも何もわからず、ただただ叱咤激励されていました(笑)。その後の山下さんの作品を観させていただいて感じるのは、一個のジャンルにとらわれていないということ。山下監督も本作を「年齢を重ねたからこそチャレンジできた題材」とおっしゃっていましたし、その瞬間に立ち会えてよかったなと思います。

テンポ感や緩やかさでいうと、脚本の宮藤官九郎さんの力もとても大きいと感じます。「1秒先」というのが重要で、2秒でも3秒でもない。宮藤さんの脚本からはオリジナルへのリスペクトを強く感じましたし、劇中の時間の使い方やタイミングを、宮藤さんは相当計算して書いていらっしゃるんだと思います。

――今回は「緩やかさ」にフォーカスしてお聞きしましたが、本作を観て「のんびりしていて豊かだ」と感じる裏には、僕たちが早回しの時代に生きている現状があるかと思います。岡田さんと清原さんはお忙しいなか、どのようにご自身のペースを保たれているのでしょう?

岡田:今のご時世に流されているのか、僕もどこか生き急いでいるところがあります。だからこそ、この映画で「ゆっくり立ち止まる」を出来た気がして、すごく好きな作品になりました。

実はこの「一度立ち止まってみる」は、この作品に参加しようと思ったきっかけのひとつでもありました。本作を経て以降、もう少しゆったり、ひとつの作品に集中する時間を作らないといけないと考えるようになりました。

清原:私は逆に、昔から周囲に左右されにくいタイプです。その時に自分がやらないといけないことや頑張りたいなと思うことに取り組む以外は、家でのんびり過ごしています。家にいる時間が好きで、観葉植物に水をあげたり、朝一番にカーテンと窓を開けて換気したりするような、日常生活の時間を作るようにしています。人間性を取り戻す時間といいますか、ルーティンとまではいえないくらいの小さな日課が自分のベースを作っている気がするんです。それができなくなると「忙しいな」と感じてしまうから、なるべく欠かさないようにしています。

岡田:わかります。自分にとっての料理は、それと同じ感覚かもしれません。あと今日、ここに来る前に自転車に乗って銀行や色々なところに行ったのですが(笑)、仕事の前後にそういう自分の時間を取れると、気持ちが整理できます。

清原:岡田さんの口から「自転車で銀行に行った」というワードが出て、すごくほっこりして安心しました(笑)。

岡田:本当? 自分では「本当に大したこと言ってないな……」と思ったから、良かったです(笑)。

――おふたりとも「生活をする」という共通項があるのですね。ちなみに、装苑読者にはクリエイター志望の次世代が多くいます。いまのお話に通じるかもしれませんが、ものづくりを続けていくためのメッセージをいただければ嬉しいです。

岡田:僕自身、10代・20代のときは目の前のことで精一杯で、そんな中で思い描く未来に向かって生き急いでいたところがありました。仕事にとらわれ過ぎて日常を見失ってしまい苦しくなり、25〜26歳くらいのときに「自分で一回ストップしないといけない」と感じました。

きっと、僕と同じような感覚をお持ちの方も多くいらっしゃるでしょうし、そういった方々にこの映画を通して「一回ストップしましょう。大丈夫だから」と伝えられたら嬉しいです。

そして、人は何かしら周囲から影響を受けてしまうものです。行き詰まったら働く環境を変えてみるのもアリですが、なかなか決断できませんよね。そんなとき、「君は大丈夫だから」と言ってくれる人が周りにいてくれるだけで、気持ちが軽くなるんじゃないかと思います。最近は、意識的に周囲の年下の子たちに「大丈夫だよ」と伝えるようにしています。結果的に、大丈夫という言葉は言っている方も自分自身を勇気づけることにもなりますし。

清原:個性を認めてくれる人がそばにいないと、生きている実感を得られなくなりますしね。でも、理解者がいなくても諦めることが正解だとは決して思ってほしくはありません。

『1秒先の彼』は個性的なキャラクターしか出てこない作品ですが、みんなが心地よい距離感で誰も他者を否定せず、特別肯定もしない。その雰囲気がすごく落ち着けて、魅力的だと感じます。岡田さんがさっきおっしゃったような「ストップする」ではないですが、今一度自分の持っておきたいもの、大事にしたいことを見つめ直すきっかけになればいいなと思います。それもきっと「大丈夫」と思えるものにつながっていくでしょうから。

Masaki Okada 1989年生まれ、東京都出身。2006年デビュー。主な出演作に、第94回米国アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した映画『ドライブ・マイ・カー』、『CUBE 一度入ったら、最後』、『聖地X』、テレビドラマ「ザ・トラベルナース」、「ゆとりですがなにか」など。ナレーションを務める「SWITCHインタビュー達人達」が毎週金曜放送中。

Kaya Kiyohara 2002年生まれ、大阪府出身。2015年、NHK連続テレビ小説「あさが来た」でデビュー。主な出演作に、映画『3月のライオン 前編/後編』、『ちはやふる -結び-』、『宇宙でいちばんあかるい屋根』、『護られなかった者たちへ』、『線は、僕を描く』、テレビドラマ「なつぞら」、「おかえりモネ」など。公開待機作に『片思い世界』がある。

清原果耶さん着用:ドレス ¥27,500(AMERI / Ameri VINTAGE) / イヤリング、靴(スタイリスト私物)

『1秒先の彼』
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