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「坂本龍一|音を視る 時を聴く」 東京都現代美術館、2024年 坂本龍一×岩井俊雄《Music Plays Images X Images Play Music》 1996–1997/2024年 ©2024 KAB Inc. 撮影:丸尾隆一
日本初の最大規模の坂本龍一の個展「坂本龍一 | 音を視る 時を聴く」が東京都現代美術館で開かれている。本展を企画したゲストキュレーターの難波祐子さんは、本展のきっかけともなった生前の坂本氏とのエピソードを話してくれた。2013年から、坂本作品の展覧会に関わり、時間や音について、長年にわたる対話を通し、坂本と共に思索を深めてきた。
「音楽は時間芸術ですが、坂本さんは、“モノ”としての音を、空間に立体的に設置したい、目に見えないモノを可視化したいと思っていたのです」
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*1 坂本龍一 with 高谷史郎 《IS YOUR TIME》 2017/2023年 「Ryuichi Sakamoto | SOUND AND TIME」 展示風景、成都木木美術館(人民公園館)、2023年 画像提供:成都木木美術館
「坂本は音を『モノ』として捉える独自の視点を持っていた。《IS YOUR TIME》(2017/2024年)では、東日本大震災の津波で被災したピアノを『自然によって調律された』物質として捉え直し、世界の地震データによって地球の鳴動を伝えて奏でる装置へと変容させた。また雨音や風の音といった自然界の音も、人工的な音も、いわゆる『音楽』も『ノイズ』も、同等の価値を持つものとして扱う。そこには、人間が作り出した分類や序列を超えて、自然の営みに対する謙虚な眼差しが感じられる」(難波さん)
テクノポップのYMO、『戦場のメリークリスマス』、アカデミー賞受賞作の『ラストエンペラー』の映画音楽の作曲家、俳優として世界に知られる坂本。しかし、彼は、世界的音楽家の地位に甘んじることなく、常に新しいメディアや表現方法を探求し続け、1990年代からマルチメディアを駆使したライブパフォーマンスを展開、2000年代以降は美術館でのインスタレーション作品の制作にも意欲的に取り組んできた。50年にわたり、多彩な表現活動を通し、常に時代の先端を切りひらいてきたのだ。
「音を視る 時を聴く」——このタイトルが示すとおり、本展は坂本龍一がその創作活動の中で追求してきた「音」と「時間」という二つの大きなテーマを軸に構成されている。
「坂本さんは、『音を空間に設置する』という実践を通して、従来の音楽表現——コンサートホールでの演奏や、音楽アルバム、配信による音楽体験——では到達できない領域を、展覧会という形式で実現しようとしていました。例えば代表作《LIFE—fluid, invisible, inaudible…》(2007年)は、もともと坂本さんのオペラ作品『LIFE』(1999年)を起点としながら、その物語性や時間軸を意図的に解体しています。頭上の水槽から立ち上る霧に映像を投影し、映像と音が刻々と変化し続けます。鑑賞者は庭を散策するように、この音と映像が紡ぎ出す空間を巡りながら、オペラのように一方向に進むのではない、始まりと終わりがない時間を体感することができるでしょう。」
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*2「坂本龍一|音を視る 時を聴く」 東京都現代美術館、2024年 坂本龍一+高谷史郎《TIME TIME》 2024年 ©2024 KAB Inc. 撮影:福永一夫
また本展のために坂本さんが生前から構想していた新作《TIME TIME》*2(2004年)では、『時間とは何か』という問いかけから、夏目漱石の『夢十夜』や能の『邯鄲』、荘子の『胡蝶の夢』などからインスピレーションを得て、一瞬と永遠、現実と夢が交錯する夢幻の世界が立ち現れます 」
本展では、長年にわたり坂本と協働創造をしてきた高谷史郎や岩井俊雄など6名と1組(Zakkubalan)のアーティストを迎え、未発表の新作と、これまでの代表作からなる大型の体感型サウンド・インスタレーション作品10点あまりを展示し、坂本の先駆的・実験的な創作活動の軌跡を包括的に、没入感たっぷりに紹介する。
「デジタル技術の発達により、いつでもどこでも情報や音楽に触れられる現代。でも、この展覧会は『その場に行くこと』でしか得られない特別な体験を提供します。坂本さんの音と時間をめぐる創造と哲学的思考の軌跡の集大成となる本展。鑑賞者自らが主体的に耳と目を開いて、心を解き放ち、日常の知覚や認識が揺さぶられることで、新鮮な驚きをもたらしてくれればと思います」
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田中泯 場踊り at 坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎《LIFE−WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662 撮影:平間 至
深ぼり
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オペラ『LIFE』より協働創作を続けるダムタイプ 高谷史郎さんインタビュー
坂本龍一との思い出、作品、レガシー
「『LIFE』(1999年)の制作プロセスの中では、坂本さんとダライ・ラマ法王14世のインタビューを撮影するためインド北部のラダック地方へ行ったことや、モンゴルを訪ねたことは忘れ難い思い出です。 坂本さんは、『LIFE』のドキュメントブックの冒頭で『20世紀、なんという世紀だったのだろう。20世紀を総括せよ、と言われれば、僕は即座に〈戦争と殺戮の世紀だった〉と言うだろう』と書いています。そして地球規模の破壊を憂い、悪化する環境を憂い、未来に向けて『共生は可能か、救済は可能か』と問いかけています。そこから2021年のシアターピース『TIME』まで、坂本さんの思想・哲学は一貫していました。そして常に行動する人でした。
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*3「坂本龍一|音を視る 時を聴く」 東京都現代美術館、2024年 坂本龍一+高谷史郎《async–immersion tokyo》2024年 ©2024 KAB Inc. 撮影:浅野 豪
《async–immersion tokyo》*3は、坂本さんがアルバム『async』で構想された音楽を、『空間に音を設置する』という坂本さんのコンセプトに忠実に、ベストな状態で体験してもらえるように考えています。映像のコンセプトとしては、『async』(非同期)のコンセプトに従って、基本的に音と同期していないのですが、音楽と映像がずれていきながら新しい関係性を無限に作り出すようにしました。
映像には、アルバム『async』のアートワークのために、ニューヨークの坂本さんの自宅兼スタジオで撮影したピアノや庭の映像、それから、《IS YOUR TIME》*1のピアノ(東日本大震災の後に宮城県の高校で坂本さんが出会った、津波で被災したピアノ)の映像も含まれています。
《TIME TIME》*2は、坂本さんが長年にわたって構想されていた『時間』の概念を、パフォーマンスとは違った方法でインスタレーションならではの表現方法での可能性を模索して、坂本さんが思考していたことが伝えられるような作品にしたいと考えています。
坂本さんが思考していたこと、地球環境についての意識、人類も自然の一部であること、坂本さんの音楽とともに、一緒に制作させていただいたこれらの作品を通じて、体験された方々の心に坂本さんの思考が深く伝わればと思います」
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Shiro Takatani●1963年生まれ。京都市立芸術大学美術学部環境デザイン専攻卒業。大学在学中の’84年より、アーティストグループ「ダムタイプ」の活動に参加。様々なメディアを用いたパフォーマンスやインスタレーション作品の制作に携わり、世界各地の劇場や美術館、アートセンターなどで公演、展示を行う。’98年からダムタイプの活動と並行して個人の制作活動を開始。また、坂本龍一や野村萬斎ら様々なアーティストとのコラボレーションも多数。
text : Sachiko Tamashige
『装苑』2025年3月号掲載
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Photo by Neo Sora ©2022 Kab Inc.
Ryuichi Sakamoto●音楽家。1952年生まれ、東京都出身。’78年、『千のナイフ』でソロデビュー。同年、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の結成に参加し、’83年の散開後も多方面で活躍。映画『戦場のメリークリスマス』(’83年)の音楽では英国アカデミー賞、映画『ラストエンペラー』の音楽ではアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞ほかを受賞。環境や平和問題への取り組みも多く、森林保全団体「more trees」を創設。また「東北ユースオーケストラ」を立ち上げるなど音楽を通じた東日本大震災の被災者支援活動も行った。’80年代から多くの展覧会や大型メディア映像イベントに参画、その後もアート界への積極的な越境は続いている。2023年、71歳で逝去。
「坂本龍一|音を視る 時を聴く」
会期:開催中〜2025年3月30日(日)
場所:「東京都現代美術館」 企画展示室 1階・地下2階ほか
東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
10:00~18:00(入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜休(2/24は開館)、2/25休
観覧料:一般¥2,400、大学生・専門学校生¥1,700、中高生¥960
WEB:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/RS/