
吉原遊郭の引手茶屋の養子から、アイデアと熱意、商才でヒット本を連発し「江戸のメディア王」に成り上がった蔦屋重三郎(蔦重)の生涯を描く、2025年の大河ドラマ「べらぼう〜蔦屋栄華乃夢噺〜」。
舞台は江戸時代中期。町人文化が隆盛した時代を衣装で生き生きと活写するのは、日本を代表する衣装デザイナーの伊藤佐智子さんだ。伊藤さんに、話題の大河ドラマの衣装デザインの奥義を語っていただいた。
“森”を想定しながら“木”を作る。大河ドラマの衣装の仕事
「江戸中期はお金を持つようになった町人の粋なファッションが花開き、吉原で遊ぶ旦那衆は、表は唐桟(とうざん)の着物、内側に舶来物の更紗を合わせるようなおしゃれをしていました。粋でなければ、もてなかったのでしょう。
着こなしには融通性があり、帯をぐずっと崩していることも多かった。江戸後期から明治に広く親しまれた矢絣の前身のような柄が生まれたのもこの頃です。中期は、自由な空気の中で日本の近代文化の礎が築かれた時代なんですよね」
この頃の江戸っ子の流行色はネズミや茶で、藍も一般的な色。しかし伊藤さんは蔦重の衣装に緑の縦縞を選んだ。
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蔦屋重三郎
何度も染めを繰り返して作り上げた緑色の綿の縞紬を長着に、黒色の大島紬を帯として仕立てた主人公、蔦重の衣装。
デザイン画にあるように、冬には格子柄の羽織を重ねる。22~23歳頃を描く前半パートは、蔦重はユニフォームのごとく毎回この衣装を着用するが、次の年代のパートでは藍色の衣装を、さらにその次は緑に戻るものの渋い色調のコーディネートを予定しているという。
ライフステージによる蔦重の変化も楽しみにしたい。
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「藍一色と言っていいほどの時代ですが、主人公・蔦重を江戸の色彩の中で際立たせたかったこと、そして、緑という色が持つ複雑な側面が、彼を表現するのにピッタリだと思ったのです。緑は藍とは違い、単色では染まらない。
ほかの色と掛け合わせて何度も染めなければでき上がらない緑色が、蔦重の重層的な魅力やアイデアマンである側面を表現してくれるだろう、と。細縞は太さをあえてふぞろいにし、動きによって複雑なカーブを描くように。
日本のものは“裏”に文化があるので、藍色は裏地に用いました。20代を描く前半パートは、この着物を蔦重の一張羅として象徴的に着せています。一方で蔦重の義兄、ボンボンの次郎兵衛は着道楽で、たくさんのしゃれた着物を着るのです」と、伊藤さん。
また、花魁の華麗な衣装も大きな見どころ。のちに名跡「瀬川」を継ぐ花の井がハレの場面で着る小袖は、京友禅の生地に手作業で花の染めを足し、半衿は朱赤の地に金糸刺繍を施した江戸のもの。瀬川の衣装では、京友禅で吉祥柄を描いた豪奢な打ち掛けをイチから制作し、禿の衣装も作り上げた。

花の井(五代目瀬川)
花魁道中の花の井には、華やかな京友禅の衣装を。打ち掛けも小袖も昔のもので、小袖の上部には職人が一つ一つ、花の染めを手作業で足した。
金糸刺繍の半衿を含め「映像作品の衣装は上半身が大切」との伊藤さんの考えから構築されている。また、女郎屋で日常生活を営む時に着ている松葉柄の着物も愛らしく要注目。
名跡「瀬川」を継ぐと着用する鮮やかなピンク色の吉祥柄づくしの打ち掛けは生地から制作された逸品で、こちらも必見。

「江戸友禅は粋好みで色数が少なく渋い。花魁の世界は、うんと華やかにするため京友禅にしました。喜多川歌麿の美人画には、半衿の織柄のような細かな部分も描き込まれていますが、吉原の衣装ではこうした上半身のデザイン、特に衿もとを大切にしなくてはと考えています。
また、花の井は紫や赤系、誰袖は黄色といったように、人物ごとにキーカラーを分けています。老若男女が見るテレビドラマの衣装では、隣に立つ人同士で同じ色が来ないよう計算すると、見る人が物語に入り込みやすくなります」
バーチャルプロダクションも駆使した鮮やかな映像で、セリフに地口を挟みながらテンポよく展開する本作。伊藤さんが今回初めて手がけて感じた、大河ドラマの衣装の仕事の楽しさとは?
「これまで私の仕事は“美は細部に宿る”というものだったのですが、森を想定しながら多様な木を作るのが大河ドラマの仕事。想像の100倍、いや1000倍の仕事量がある中、自分自身がこのスケールに見合った大きさにならなければ務まらない。そこがとても面白いですね」
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平賀源内、忘八
上は、鎖国時代に海外事情に通じていた平賀源内。舶来品を着ていることを表すため、東南アジアの生地を帯に仕立てた。小袖の柄は紫地に白の蜘蛛の巣柄。この柄を起点に全体のデザインを構成している。
下は、吉原の女郎屋・茶屋の主人衆「忘八」の一人である大文字屋市兵衛(右から2人目)は、女郎に白米ではなくカボチャを食べさせて成り上がったことから「カボチャ」と呼ばれていたためオリジナルの独楽(こま)柄の羽織の色で、その異名をユーモラスに表現。忘八の衣装は皆、カラフルで楽しげ。
※人としての八つの徳目を失った行いを指し、特に女郎屋や女郎通いを示す。
デザイン画ギャラリー
すべて伊藤さんの手描きによるデザイン画。1枚目は蔦重、2枚目は花の井(瀬川)、3枚目は平賀源内、4枚目は大文字屋市兵衛。
Sacico Ito 映画、演劇、広告の中で1枚の布から始まる様々な表現を構築し、提案するファッションクリエイター。衣装デザインはもとより、商品開発から空間デザインに至るまでジャンルを超えたコンセプチュアルワークを手がける。代表作に、映画『式日』(庵野秀明監督、2000年)、『オペレッタ狸御殿』(鈴木清順監督、’05年)、『海街diary』(是枝裕和監督、’15年)、『ナラタージュ』(行定勲監督、’17年)、『陰陽師0』(佐藤嗣麻子監督、’24年)、Netflixドラマ「阿修羅のごとく」(’25年)など。東京2020パラリンピック開会式衣装ディレクター。
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」
横浜流星、小芝風花/渡辺謙ほか出演。NHK総合にて日曜20時ほか放送中、NHKプラスにて配信中。
©︎NHK
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装苑2025年3月号掲載
coding & design : Akari Iwanami
interview & text : SO-EN