世界へ飛び出した日本人
vol.2 鈴木一郎さん

2021.11.02

日本から世界へ飛び出したクリエイターたちをシリーズで紹介。
今回のゲストはファッションデザイナーの鈴木一郎さんです。

英国スーツの聖地、サヴィル・ロウ*1の老舗「ヘンリー・プール(HENRY POOLE)」で日本人初のカッターとなり、現在は「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」のデザインチームに在籍する鈴木一郎さん。並行して「イチロウ スズキ(ICHIRO SUZUKI)」の名前でメイド トゥ メジャー*2のスーツを展開し、創造性豊かなメンズコレクションも発表する。

これらのアクティビティは似て非なるものだが、共通するのはメンズの服。鈴木さんの制作現場はどのようになっているのだろう?思考回路は?パリの自宅兼アトリエを訪ねてみた。

*1名門高級テーラーが集中していることで知られるロンドンの通り。
*2採寸した後、基本となる型紙を微調整し、体型補正してスーツなどを作ること。

「ICHRO SUZUKI」2021年のコレクションより。©Ichiro Suzuki

「ルールがある中で試行錯誤するのがおもしろい」

活動拠点はパリ11区。様々な人種が混在するコスモポリタンな地区で、フルタイムで働く「メゾン マルジェラ」の本社も近い。週末以外の通勤服は、自分で仕立てたスーツだ。この日は土曜だったが、たまたま仕事のミーティングがあったとのことでビシッとしたスーツ姿。体型にあった英国調スーツがさすがによく似合う。

黙々と作業する鈴木一郎さん。

不定期に発表している個人コレクションを鈴木さんは「超真剣な遊び」と言う。販売はせず、発表の場は自身の公式サイトとインスタグラム。今年はフランス国立近代美術館のポンポドゥー・センターの目に留まり、3体が所蔵されるという名誉な出来事もあった。

「ファッションのおもしろいところは、想像の世界と物理的な制約の間を行き来するところにあります。アートはルールがありませんが、ファッションは細かなルールがある中で成り立っています。服は人が着なければならないので、そのルールの中で試行錯誤しながら、頭に浮かぶイメージをかたちにするのが好きなんです。アイデアがあってもやってみないと、どう転じるかわからないし、やることによって学ぶことが大量にあります。そのプロセスが一番楽しいのかもしれないですね。個人制作は自己満足みたいなものですが、自分だけが考えつくアイデアではないと思っているので、今かたちにしなければという気持ちが常にあります。ポンピドゥー・センターからの話は、正直すごく嬉しかったですね。アートの面が評価されたのかなと。僕自身が納得できるものを作らなければと続けていて、自分との葛藤が結構あるんですよね。このような評価をいただけたことは、今後の糧になります」

「ICHRO SUZUKI」2021年のコレクションより。©Ichiro Suzuki

2021年のコートのクローズアップ。ベルトのプリントのステッチの上に、本物のステッチをかけたトロンプルイユになっている。しつけ糸を残しているのもテーラー出身の彼らしいデザイン。

個人コレクションの基盤となるのは、トラディショナルなメンズのワードローブ。バーバリーのトレンチコート、ハリントンジャケット、マッキントッシュのコートなど、クラシックなスタイルの流れを汲む。使われるマテリアルもタータンチェックやグレンチェック、ピンストライプのウールなど、テーラードの定番生地だ。

「メイド トゥ メジャーの仕事とは全く違うものですが、表裏一体の関係かもしれませんね。どちらもクラシックな生地しか使いませんし。自負になりますが、西洋人が着物で洋服を作るほうが、僕たちが想像しないようなものができるように、日本人の僕たちも洋服をおもしろく変化させることができるんじゃないかと思っています」

「ICHRO SUZUKI」2021年のコレクションより。©Ichiro Suzuki
芸術性の高い作品は、ウェアラブルアートの域。

コレクションの製作にあたり、作業台となるのは大きなダイニングテーブル。リビングの一番目立つところにはアイデアボードが置かれている。

「ラフに描いたスケッチやアイデアをシュミレーションしたものをファイルしますが、ポートフォリオは作りません。僕の場合、ボードを見たらやりたいことがはっきりするので。それより実際に手を動かさないと。手を動かして、布などを触っているとアイデアってどんどん出てくるんですよね」

写真上:新作の帽子。後ろにあるのはアイデアボード。中:2021年のコートに使われたバンダナが溶け出したかのように見えるモチーフの試作。下:鈴木さんのデッサン。

「ICHRO SUZUKI」2020年のコレクションより。©Ichiro Suzuki

2020年のトレンチコートのクローズアップと試作。カットした布を反転させることでチェックの柄が現れている。よく見るとボタンもカットされている凝りよう。