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本好きの本棚
美術史家、アーティスト 近藤銀河さんが選ぶ3冊

読書家のあの人に、影響を受けた3冊を尋ねるインタビュー「本好きの本棚」。今回のゲストは、美術史家でアーティスト、執筆の仕事でも知られる近藤銀河さん。幼い頃から本に親しんできた近藤さんは、ジェンダーやセクシュアリティに対して感じる違和感も、本を読めば救われることがあったという。大切な友達のような3冊の本を教えてもらいました。

photographs : Jun Tsuchiya(B.P.B.)
『装苑』2022年9月号掲載

Ginga Kondo ● フェミニズムとセクシュアリティの観点から美術や文学、サブカルチャーを研究しつつ、アーティストとして実践を行っている。特にレズビアンと美術の関わりを中心的な課題として各種メディアを使い展開している。主な参加グループ展に『プンクトゥム:乱反射のフェミニズム』(2020年)、『6ole』(’22年)など。
Instagram: @kondo.ginga

セクシュアルマイノリティを表象する3つの時代の本から受け取った力

博覧強記という言葉がよく似合う近藤銀河さん。「人間には、自分を見るための〝鏡”が必要だと思うんです。それが私にとっては本で、書物の中に頑張って自分に似たマイノリティを見つけ、出会えばそこに自分を重ねて生きてきました。『私の物語だ』と思えるような物語との出会いは本当に幸福で、生み出した作者には感謝の念があります」と語る。今回紹介する3冊も近藤さんを救ったという作品で、戦前、戦後、現代のクィア文学・作家の本。まずは、中学生の頃から何度も読んでいるという『虚無への供物』。1954年の東京が舞台の推理小説だ。

『新装版 虚無への供物』(上)(下)中井英夫著  上 ¥880、下 ¥825 講談社文庫
「日本3大奇書」の一冊で、1954年の洞爺丸沈没事故以来、ある一家を襲う不幸をめぐる推理合戦。「小説は天帝に捧げる供物」という名言を残した筆者の耽美的な文章も魅力。「’50年代の日本のゲイカルチャーを知られるだけでなく、どこか犠牲者を求めるような、戦後日本の民衆の物見高さを書くことで、推理小説自体を批評するような作品にもなっています」と近藤さん。

「作者の中井英夫自身、オープンな同性愛者で、発表している日記文学でも自分のゲイネスを書いています。本作は、戦後すぐのゲイカルチャーを幻想的なミステリー小説に昇華した作品で、政治的、社会的でもある。このことにとても衝撃を受けました。作者自身の社会への視点が、克明に記録されているんです。当時のゲイバーの様子も描写されています。戦後間もない頃の話なのですが、今と同じようにショーがあったりして、とても華やかで楽しげな様子に驚きました。この時代からそんなコミュニティがしっかりあったということですよね。中井自身は自己嫌悪感が強かったようで、それが自身のゲイネスとないまぜになり、小説の中では同性愛差別的な表現につながってしまっているところもあります。その内面化された差別意識も含めて、今、受け取るべき歴史だと思っていますね」

 自分の現在地を明確にするため、マイノリティの歴史を知りたい。そうして日本のレズビアンの歴史に関心を持った近藤さんが高校生の頃に読んだのは、日本のレズビアン小説の始祖といえる吉屋信子の伝記『女人 吉屋信子』だった。

『女人 吉屋信子』吉武輝子著文藝春秋(版元絶版)
1920年代から’70年代前半にかけて活躍した小説家、吉屋信子。『花物語』『屋根裏の二処女』『わすれなぐさ』などの少女小説で絶大な人気を誇り、氷室冴子など後年の作家にも影響を与えた信子の生涯を、女性を愛したパーソナリティに力点を置いて伝える。生き生きとした筆致で描かれる、当時の文芸や美術界の人々が織りなすドラマ性で、楽しく読了できる。

「この本は、吉屋信子の日記や手紙、本が作られた当時に存命だったパートナーの門馬千代のインタビューによって、同性愛者としての吉屋信子にフォーカスしています。手紙や日記はロマンティックで、純粋に素敵。その中に信子の勝気な部分も見られ、千代に宛てた手紙では、『私は絶対に同性婚を実現させる、法を改正させるつもりだ』なんて言っているんです。100年も前、女性の参政権すらなかった時代に。そうした記述や、女性同士が対等な関係を結ぶことへの葛藤に、今につながる普遍性を感じます。また、信子が少女小説という分野で、投稿欄のある雑誌媒体を中心に作品発表を続けていたことにも意義を感じます。連帯のネットワークを作るきっかけとして、小説を書いていたのだろうと。男性中心の『文壇』ではないところで仕事をした彼女のプライドも、そこにあったのではないかと想像します」

 最後は現代の小説。「最高傑作」という、李琴峰の連載短編小説『ポラリスが降り注ぐ夜』

『ポラリスが降り注ぐ夜』李琴峰著 ¥858 ちくま文庫
新宿2丁目のバー「ポラリス」を舞台にレズビアン、トランスジェンダー、アロマンティック/アセクシュアル、バイセクシュアル、パンセクシュアルなど、様々なアイデンティティの女性たちを描く群像劇。「単に祝福に満ちた話ではなく苦悩や、マイノリティ同士の衝突も書かれます」(近藤さん)。台湾の「ひまわり学生運動」(2014年)の物語もあり、時代性と普遍性を同時に満たす。

「性的マイノリティを描く時、どうしても一人や二人の話に終始してしまうのですが、連作短編の形をとることで、たくさんの人物が出てくるところが素晴らしいです。外に開かれているんですよね。そしてそこには、『虚無への供物』のように政治的な事象や、現代のリアルなカルチャーも盛り込まれている。読んで『私の生きている世界だ』と思いました。マイノリティは、自分たちの表象がないことで世界から排除されていると感じます。けれど本作のような小説があると、自分が、時代という織物の糸の1本、あるいは交点であると認識できる。生きていく大きな力になる。気が滅入るニュースもたくさんあるけれど、私たちはずっと独りではなかったんですよね」