読書家のあの人に、影響を受けた3冊を尋ねるインタビュー「本好きの本棚」。今回のゲストは、モデルの相川茉穂さん。大学で写真を学び、空いた時間を見つけては美術館に通っているという相川さんの感性を育んだ本とは?
「あまり本をたくさん読まないのですが……」と言いながらもおすすめしてくれた、とっておきの3冊です。
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B., still life)
『装苑』2022年7月号掲載
Maho Aikawa ● 1999年生まれ、神奈川県出身。アイドル活動を経て美術大学へ進学し、写真を専攻。2020年10月より、モデル活動を中心とした活動を再開。ファッションやインテリアのセンスでも注目を浴び、ファッションとアートを融合させた企画のディレクションも担当。
Instagram @mahoaikawa3
一見、遠く感じる存在の
人生や人間味に思いを寄せて
美術大学で写真を学んだ相川茉穂さんのこと、写真集やビジュアルブックをおすすめしてくれるのかと思いきや、少し意外な3冊が並べられた。バラバラのようで、確かに相川さんの感性に刺さった本たち。その結びつきを1冊ずつひもといてみよう。まずは、『コラム息切れ』。
『コラム息切れ』小野法師丸 著 ¥1,047 現代書林
著者の個人サイト「テーマパーク4096」で書かれていたコラムを書籍化。マジックテープがマジック(魔法)を名乗るのってどうなんだろう、道路標識にある「その他の危険」ってなんだろう、キャベツとレタスの見分けがつくことについて……。脱力感と、くすくす笑いでたたみかける230編。ふと思い出してページをめくりたくなる判型やカバーの福田利之さんのフォト絵、装丁も魅力。
「本を読むのは電車での移動中が多く、その短い時間に読めるコラムが好きです。『コラム息切れ』は、読書家の母が買ってきた本。高校生の頃、タイトルにひっかかり読み始めて、いつのまにか私の本になりました(笑)。文章は長文のTwitterのようで読みやすく、内容は、人にわざわざ聞いたり、自分で調べたりするまでもないような日常のちょっとした疑問がたくさん書いてあります。そこが楽しくて、人間味を感じて好きです。私も、すぐにあれこれ考えてしまうので、すごく共感してしまったんです。この本を読んでから、みんな本当はしょうもないことを考えているのかもなぁ、なんて思えて安心したり。今回の取材のために読み直しましたが、やっぱり面白かった(笑)。普段、あまり本を読まない人もきっと楽しめるはずです」
SF好きという相川さんが愛読するのは、萩尾望都の壮大なSF漫画『スター・レッド』。萩尾作品には、ほかにも『銀の三角』『X+Y』などの優れたSFがあるが、本作が最も好きなのだそう。
『スター・レッド』萩尾望都 著 ¥880 小学館文庫
1980年に星雲賞コミック部門を受賞した、壮大なSF叙事詩。23世紀末の地球に、白い髪と真紅の瞳を持つ火星人の少女、星がその正体を隠して仮住まいをしていた。そんな星が故郷・火星に帰ると災いが起こり、彼女は火星と火星人を救うために立ち上がる……。「星が自分の存在意義を自覚した瞬間の表情も忘れられません」と相川さん。
「宇宙人やエイリアンのことを考える時って、存在論的な話に終始してしまい、その生命体の人格のようなものまではあまり想像しないと思うんです。でも『スター・レッド』を読むと、人間以外の生命体ーそれは虫などでもーに、人生があることを感じられるんです」
『スター・レッド』の主人公は、火星人の星(せい)。15歳の凛とした少女だ。
「星は本当に勇敢で、かっこよくて憧れます。火星人の特徴とされる赤い瞳と白い髪を隠し、地球人に擬態して過ごしている部分には切なさも感じました。また、漫画の中には闘いも描かれるのですが、どのキャラクターも物語のために単純な悪役に仕立て上げられることがなく、愛着を持って読むことができるんです」
3冊目は『現代アートとは何か』。大学卒業の頃に出会い、感銘を受けた本だ。
『現代アートとは何か』小崎哲哉 著 ¥3,025 河出書房新社
世界のトップ企業や王族などのスーパーコレクター、ギャラリスト、キュレーター、批評家、そしてアーティスト……現代美術のプレイヤーたちの動きを、長年、美術ジャーナリストとして活躍する著者が記し、現代美術のルールとリアルを伝える意欲的な一冊。「書店でたまたま出会った本ですが、大学でも教わらなかったことばかりで、大きな学びがありました」
「この本では、現代美術のコレクションにまつわる人間ドラマや経済、政治の事情が紹介されています。印象深かったのは、カタールの美術女王と呼ばれる、シーカ・アル・マヤッサ王女の話。彼女はその資本力で作品を購入するばかりでなく、自ら展覧会を企画するほどのアート好き。アートコレクターといえばお金持ちのおじさんたちばかりだろうと勝手に思っていた私にとって、まだ30代と若いマヤッサ王女が、現代美術に大きなお金と労力を投じていることに驚きがありました。
コレクターや美術館同士の攻防なども書かれたこの本から学んだのは、『何でもアリ』と思われがちな現代アートにも、しっかりルールがあるということでした。美術館のコレクション一つとっても、文脈と意味づけがある。そしてそこには、時に私情も挟んだ闘いがあるんです。億万長者のアートコレクターや宇宙人、電車に乗り合わせた見ず知らずの人々。一見、自分とは遠く思える存在も、自分と同じような“人間味”を備えているんだということを感じる本に惹かれるみたいです」