シャネルやトム・ブラウン、レペットなどとの取り組みでも知られる人気イラストレーター・アーティストのfoxcoさんが、2年ぶりに自身最大規模の個展『The Longest Night』を開催し、話題を集めています。’22年に単身渡英を果たし、ロンドン芸術大学大学院でアニメーションなどを学んだfoxcoさんの現在地を、初めてのインスタレーション作品やアニメーションで見ることができる本展。展覧会にあわせて帰国したfoxcoさんに、作品制作の核を伺いました。
interview & text : SO-EN
耐え難いと思えるような時間にも、素晴らしいことはあった
——今回の展覧会で初の試みとなった、インスタレーションのことからお伺いさせてください。夜空のような「スパイラル」の空間を、foxcoさんが描くキャラクターの「おばけいぬ」たちが駆け回っているそのインスタレーションからは、もうこの世からはいなくなってしまった命のことや、この世ではないどこかを思い起こしました。展覧会のタイトルにもなっている「夜」や「おばけ」は、比喩的にも実際にも、恐れられたり忌避されがちなものですが、foxcoさんにとってそれらは一体どういう存在なのでしょうか?また、その価値観が作品にどのように反映されていますか?
foxco:私が作品で描く「おばけいぬ」は、小学生の頃に一緒に暮らしていて亡くなった犬がインスピレーション源になっています。離れてしまったものに対して、別れの悲しさにのみ込まれず、その悲しい気持ちを克服できたらいいなと思ったことから生まれたキャラクターです。そして「おばけいぬ」には、日中は私たちのそばにいて、夜には仲間達と一緒に空を駆け巡っているというストーリーがあります。たまに家族のことも思い出すけれど、彼ら自身がすごく楽しく仲間たちと過ごして、夜空を駆けてくれていたらいいなという願いを込めています。
今回展示しているペイントは、すべて、今住んでいるロンドンで制作しました。展覧会のタイトル『The Longest Night』にあるように、ロンドンの冬は暗くて長くて、あっという間に陽が落ちてしまうんです。その中でも、毎日、おうちや街中に小さな光が灯り続けることが、やがてくる素晴らしい春や夏を祈りながら待っているように思えてきて。そんなロンドンの景色を見ているうちに、日本でイラストレーターをしていた時から考えていた「おばけいぬ」のストーリーが、より本当のこととして信じられるような気がしてきたんです。長い冬や暗い夜のような、耐え難いと思える時間にも素晴らしいことはあったのではないか。その時間があったことに感謝したいなと感じて、今回、展覧会に『The Longest Night』というタイトルをつけました。
——今教えてくださった「おばけいぬ」のストーリーを描いたアニメーションも展示されていますね。ロンドン芸術大学大学院に留学されてから、本格的にアニメを勉強されたと伺っています。
foxco:作家として活動したいと思ったきっかけがアニメーションでした。それは会社勤めをしていた頃に見たブランドのキャンペーンだったのですが、そのアニメーションを見たら、疲れていた心がわぁっと温かくなって。 今度は、こういう気持ちを渡す側になりたいなと思ったんです。独学ではすぐにアニメーションを作れなくて、まずはイラストを描くことから始めました。 いつかはアニメーションをやりたいなと思っていたので、ようやくできた!という感覚です。
ロンドンでアニメーションを学んだことによって、絵が動き出して命が吹き込まれていくような、新しい手法を手に入れることができたという感動はもちろんあったのですが、何より新鮮だったのは、「一人では作れない」ということでした。しっかりしたクオリティでアニメーションを作ろうとすると、長い時間と膨大な労力がかかるので、チームワークじゃないと制作できないんです。イラストやペイントは自分自身で完結できることが好きだったのですが、アニメーションを作るために人の力を借りてみたら、これもいいかもしれないと思えて。今回、インスタレーションで流している音楽も自分で作るのではなく、音楽家の方にお声がけして制作していただきました。誰かと何かを作るという喜びができたのが、私にとっては今回すごく新しいことでしたね。
音楽を作ってくださった方には、音楽制作のため拠点のベルギーからロンドンに来ていただき、ハイドパークなどでロンドンの日常の環境音を録っていただいて、日中はその音のサンプリング、そして夜になるにつれて幻想的なメロディーが重なっていく・・・というとても素敵な音楽を作っていただきました。
——アニメーションに関して、将来的に描いている希望・・・例えばもっと規模を大きくして作りたい、などもあったりしますか?
foxco:アニメーションはずっと作り続けたいのですが、今のところはクライアントワークではなく、オリジナルワークとして続けたいと考えています。アニメーションを作るときは、とことんそれを見つめる日々が始まるので、本当に好きなものを、好きなだけ時間をかけて作りたいという思いです。
イギリスのマスタークラスでは、アウトプットよりもプロセスが重視される
——2022年の展覧会『Notre Jardin』の際にも今回も、foxcoさんのペイントにはグラフィック的な美しさもあるなと思って拝見していました。モチーフの構図や画面の余白などは強く意識されているものですか?それとも無意識的なものでしょうか?
foxco:デザインもすごく好きなのですが、1ピクセルの差が大きな違いになるような奥深い領域で、私はそこまでストイックになれない、と諦めた世界でもあります。もしグラフィック的な感性があると感じてくださったとすれば、それはクライアントワークを行った時や、日本の大学でプロダクトデザインを学んだ時に培ったものかもしれません。明確な受け手がいるものを作る時には、かわいいと思ってもらえるようにとか、見やすかったり、受け取りやすくしたいなと思いながら、見てくださる方の目線の動きも意識してモチーフを置くことがあります。ただ、今、いただいた質問を受けてこんなに偉そうにお話ししていますが、ほぼ無意識ではあります(笑)。
——皆で作り上げるようなプロダクトデザインを経験し、お一人の創作に没頭するようなイラストやペイントを経て、またアニメーションでチームワークを経験されるという創作遍歴の中で、「誰かと一緒に作る」ということに対して改めて気づきや発見があったことはありますか?
foxco:イギリスのマスタークラスでは、どれほど美しい成果物を作ったかよりも、自分が何を表現したくてどんなステップを踏んでこの作品を作ったのか、という「過程」が重視されます。目に見えないものを大切にしたいという今回の展覧会においても、やはり過程が大事でした。それでたくさんの人に集まってもらうことを考えたので、アウトプットよりもプロセスを大事にするというイギリスで得た学びが、私自身を変えてくれたような気がします。美しい作品が出来上がったとしても、そこにストーリーがないと、ロンドン芸術大学ではあまり評価されないんです。とても鍛えられました。
受け取る方が私をアーティストにしてくれる
——過程やストーリーへの視点はイギリスの美術教育で得たものでありつつ、「目に見えないものを大切にする」という部分は、それ以前からfoxcoさんの中にあった共通の感覚なのかなとも感じました。
foxco:確かに、見えないものやなくしたものに対する思いであったり、コントロールできない感情をどう克服していくのかということは、オリジナルワークの時はいつも考えていると思います。目に見える・見えないということよりも、心が制御できない感情をどう落とし込んでいくか、という部分が共通しているものでしょうか。
——そのように心の奥深くを見つめて創作するのは、受け手の心を救う一方で、とてつもないエネルギーを使いそうです。
foxco:そうですね・・・。ハッピーなモチーフを描いていたとしても、深く潜っていくような感覚があるので、オリジナルワークの制作の時にはなるべく仕事(クライアントワーク)をしないようにして、集中しています。没頭するといいますか、深く悲しむだけ悲しむとか、喜ぶだけ喜ぶなど、制御しないで良いようにしています。
——作品を作ることで、感情が昇華されるような感覚もありますか?
foxco:作った時よりも、受け取ってくださった方のフィードバックを聞いているうち に昇華されていくような感覚があります。受け取る方が私をアーティストにしてくれるなって。それがいい反応でも悪い反応でも、見てくださる方がいてこそという感じがしています。
「Dance/おどり」
——foxcoさんの作品は「おばけいぬ」や馬などの動物の絵がとても素敵ですが、「Dance/おどり」で描かれているドレス姿の精霊のような女性たちの絵も美しいなと思います。この絵について教えていただいても良いでしょうか?
foxco:ありがとうございます!イラストの仕事をしていると、動きをなるべくわかり やすく描きたくて、人の身振り手振りをよく観察しています。「Dance/おどり」は、 中でもとても好きなバレエの動きを取り入れて描いています。長い冬が明けて春がきたことを寿ぐような喜びの絵で、まず右上にいる女性が、これからやってくる春に対してお辞儀をして、新しい季節を迎えています。そして一人一人の女の子たちが、祝福や祈り、愛などを象徴していて、その5つのエレメントが春の訪れを喜んでいるという絵です。
——ロンドンでの生活ももう3年目になられますが、アーティストとして暮らす上でロンドンの良いところを教えていただけますか?
foxco:3年間、大学と家の行き来がほとんどだったので 、まだ少し観光気分も残っているのですが・・・ギャラリーはいつでも無料ですし、大好きなバレエやオペラも、当日、安価なチケット代でパッと見にいくことができる環境です。演劇も観に行きやすいですね。アートが身近にあって、鑑賞のハードルが高くないのがいいなと思います。世界中からアーティストがやってきて、様々な表現をしていることもやっぱり刺激的です。
—— 最後に、ファッションのことも一つお伺いさせてください。最近、着られていてテンションが上がるお洋服はなんですか?
foxco:今までは色ものばかり着ていたのですが、最近は、モノトーンのセットアップやジャケットが好きです。 トム・ブラウンのジャケットとスカートをセットアップで購入したのですが、そういうカチッとしたスタイルが気分ですね。制服みたいに、全部揃えたくなってしまいます!
フォクスコ
イラストレーター・アーティスト。
高校時代をカナダで過ごし、慶應義塾大学でプロダクトデザインを学ぶ。大学在学中、パリ第一大学(ソルボンヌ大学)造形美術学部に留学。留学中にイラストを描き始め、大学卒業後、外資系IT企業に勤めながらイラストレーターの仕事を開始し、2017年6月に独立。2024年6月ロンドン芸術大学大学院修了。現在はロンドンに拠点を移し活動中。個展やポップアップの開催に加え、数多くのファッション・ライフスタイルブランドとのコラボレーションを行う。旅やファッションなど、自身の経験やライフスタイルからインスピレーションを受けて描く作品は、あたたかいタッチと色合いで色彩豊かに幸福感を表現している。国内外での個展やポップアップなどの他、CHANEL、日本航空、Thom Browne、Starbucks、Repetto、Google、Ralph Lauren、Longchamp、Moleskine、Barbour、CLARINS、資生堂など、インターナショナルブランドとの取り組みも積極的に行う。
foxco 『The Longest Night』
期間:開催中〜1月19日(日)
場所:Spiral Garden(Spiral 1F)
東京都港区南青山5-6-23
時間:11:00〜19:00
入場料:無料
お問い合わせ先:トゥッティフルッティ
E-MAIL:info@8tuttifrutti.com