『ムーンライト』『ミッドサマー』『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の映画会社A24と『エクス・マキナ』『MEN 同じ顔の男たち』のアレックス・ガーランド監督が3度目のタッグを組んだ。アメリカで内戦が起こったら?という恐るべきIF(もしも)を描いた『シビル・ウォー アメリカ最後の日』だ。
現政権が崩壊する前に大統領のインタビューを実施しようと考えた4人のジャーナリストは車に乗り、ニューヨークからワシントンへと向かう。その道中で観たのは、壊れゆくアメリカの“いま”だった――。
今後の映画表現に大きく影響を与えるであろうエポック・メイキングな一作の日本公開を前に、主人公の戦場ジャーナリスト、リーを演じたキルステン・ダンストにインタビューが叶った。作品の舞台裏から感性の育て方に至るまで、幅広く語っていただいた。
interview & text : SYO
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』より
――『シビル・ウォー』は野心的かつ独創的な作品であると同時に、演じ手にもプレッシャーのかかる作品だったのではないでしょうか。
キルステン・ダンスト:昔から、脚本家としても監督としてもアレックス・ガーランドを尊敬していました。とても大胆で面白い作品を作る監督ですから、いつか組みたいと思っていたところリー役に選んでもらったので、ぜひ引き受けたいと思いました。
プレッシャーに関しては、いつもあまり考えないようにしています。というのも、プレッシャーを感じてしまうと役者としての考えや身体が固まってしまい、自由に動けなくなるから。恐怖心なく果敢に役に挑むため、演技指導ではないですが専任のスタッフに入ってもらいました。その方とは、ちょっとセラピー的な感じで一緒に夢を語ったり役について話し合って、現場に着いたときにはすでに役に入り込んでいるようなプロセスを取っています。これは本作に限らず、撮影前に必ず行っていることです。
アレックス・ガーランド監督
――リーは初登場のシーンから、壮絶な人生を想起させる佇まいでした。戦争ジャーナリストのドキュメンタリー『メリー・コルヴィンの瞳』(2018年)を参考にされた、とも伺いましたが、具体的にはどのような準備をされて劇中ではそこまで語られないリーのバックボーンを作っていかれたのでしょう。
キルステン・ダンスト:準備のためにいくつか行ったことの一つが、プロの写真家にカメラの構え方から扱い方まで学ぶことでした。事前にこの準備をしておくことで、現場に入ったときにはカメラと一体になれて、自然な佇まいでいられますから。また、『炎628』(1987年)という映画も観ました。これは戦争によって心身共に壊れていく少年を描いた映画です。
そして、先ほど挙げていただいた『メリー・コルヴィンの瞳』がやはり最も自分の中で影響が大きかったと思います。自らを犠牲にして戦争を伝えるという行為がどういうことなのか、とてつもなく生々しく恐ろしく描かれていました。メリー・コルヴィンはヒーロー的な存在ではありますが、自分の命を危険にさらしてまでその使命を果たそうとする姿勢は私には想像しかできないので、できるだけその解像度を上げて本物に近づけるように、そして戦争や死というものを間近で見た恐怖を表現できるように、参考にさせてもらいました。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』より
――バスルームで過去がフラッシュバックしたり、洋服店でワンピースを着るシーンだったりと、リーの登場シーンは記憶に残るものばかりです。実際、表現が難しかったり撮影していて強く印象に残ったシーンはありましたか?
キルステン・ダンスト:先ほどのプレッシャーの話と同様に、最初から「このシーンは難しい」と思って演じないようにはしています。下準備をして、それらを現場で出すということを淡々と行っているため「これは大変だった!」というものはないのですが、天気が変わってしまい撮影が大変だった、というような思い出はあります。
ただ、大量の市民が埋められていて、私の夫でもあるジェシー(・プレモンス)が「どんなアメリカ人だ?」と問うシーンはやはり撮影前にナーバスになるというか、独特の緊張感がありました。とても残酷なシーンですし、2日間かけて撮り終えたときには誰もがホッとしていました。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』より、ジェシー・プレモンスが登場する緊迫の場面。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』より
――個人的に感嘆したのは、そうした心身ともにハードな撮影のさなか、キルステンさんが仕事と幼いお子さんの育児を両立されていたことです。
キルステン・ダンスト:もちろん撮影中はベビーシッター的な人に入ってもらい、夫のジェシーも手伝ってくれていました(※ケイリー・スピーニーが子守を買って出た日もあったそう)が、俳優同士の共働きだと片方が家で育児を行い、もう片方が長期に仕事に出て――といったような状況が続くため、いまでもジェシーと2人でやりくりしながらいい方法を学んでいる状態です。撮影が立て込んで週末にすごく疲れて寝ていたとしても家族には理解してもらいたいし、逆に何カ月も空いているときは子どもとずっと一緒にいられますし、なかなか落差が激しい仕事ではあるので実際にやりながら最適解を探しています。ただ私の母も手伝ってくれますし、周りの人々の支えもあって、本当に大人数で子育てをしているようなところはあります。
――『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』(’17年)『ビカミング・ア・ゴッド』(’19年)『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(’21年)『シビル・ウォー』、リューベン・オストルンド監督の『The Entertainment System Is Down(原題)』(’25年公開予定)と、キルステンさんの近作は傑作ばかりです。作品選びのポイントについて教えていただけますでしょうか。
キルステン・ダンスト:今回もそうですが、やはり監督で決めることが多く、脚本はその次です。監督がしっかりと自らのビジョンを持っていて、ユニークな作風があればぜひ参加したいといつも思っています。例えばソフィア・コッポラは、観たらすぐ彼女の作品だとわかりますよね。そうした独自の言語や声を持っている監督のストーリーテリングの一部になら喜んでなりたいですし、そうした監督はリスクを取りがちなので、より面白い作品に仕上がることが多いです。となるとなおさら、そうした作品を選んで出演したいという気持ちは強まっています。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』より
――『シビル・ウォー』のように果敢な作品が作られたことは、多くの作り手に勇気を与える出来事だったとも感じます。キルステンさんは様々な監督と映画づくりをされるなかで、どんなことを大切にされていますか?
キルステン・ダンスト:先ほど挙げた監督たちは皆さん、映画について学んで来ている方々であると同時に独自の道を進む覚悟を決めていると感じます。ただただ自分に正直に、それを貫くことが大切であり、他の人と比べるのではなく、自分の中にあるクリエイティビティを引き出して表現していくことこそが重要なのではないかと思います。過去に読んだ本や観た作品、自分が心を動かされたもの、自分が持っている夢――そういったものを鑑みながら自分自身に目を向けて、作品に反映していく――役者の場合はキャラクターですね。私自身はそうした向き合い方を大事にしています。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』より
――ちなみに装苑の読者には10~20代のクリエイターの卵が多くいます。お若い頃から表現者として活躍されてきたキルステンさんが「こういうことをやっておくといいよ」と思うことがあれば、ぜひ教えて下さい。
キルステン・ダンスト:10代の頃は私自身も映画について学んでいるころで、自分がどういうテイストの作品が好きなのか、どういう監督や俳優にインスパイアされるのかを探りながら仕事していました。『若草物語』で女性監督のジリアン・アームストロングと組んだり、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』では男性のニール・ジョーダン監督と組んだり、男性や女性といった垣根を超えてどういう人が自分に刺激を与えるのか、常に周りを見ていたところがありました。メンターではないですが、そうした自分の感性に良い影響を与えてくれる人と出会うことが、後々効いてくるように思います。
Kirsten Dunst 1982年生まれ、アメリカ・ニュージャージー州出身。幼少期から俳優として活動し、ブラッド・ピットやトム・クルーズと共演した『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994年)で吸血鬼の少女として圧巻の演技を披露。若干12歳の若さでゴールデン・グローブ賞助演女優賞にノミネートされた。その後も、『ジュマンジ』(’95年)、『ヴァージン・スーサイズ(’99年)、『チアーズ!』(2000年)、『スパイダーマン』三部作(’02年、’04年、’07年)、『エターナル・サンシャイン』(’04年)、『マリー・アントワネット』(’06年)など話題作に出演。ラース・フォン・トリアー監督の『メランコリア』(’11年)ではカンヌ国際映画祭の最優秀女優賞を受賞したほか、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(’21年)ではアカデミー賞助演女優賞にノミネートされる。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
連邦政府から19もの州が離脱したアメリカ。テキサスとカリフォルニアの同盟からなる西部勢力と、政府軍の間で内戦が勃発し、各地で激しい武力衝突が繰り広げられていた。就任3期目に突入した権威主義的な大統領は「勝利に近づいている」とテレビ演説を行うが、ワシントンD.C.の陥落は目前。ニューヨークに滞在していた4人のジャーナリストは、14ヶ月一度も取材を受けていない大統領に単独インタビューを行うべくホワイトハウスへと向かうが、戦場と化した旅路の中で、死と隣り合わせの日々を過ごすこととなり、内戦の恐怖と狂気に飲み込まれていく。全米では2週連続1位、日本では週末興行収入ランキングで初登場1位を獲得した。
監督・脚本:アレックス・ガーランド
出演:キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、ケイリー・スピニー、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ソニャ・ミズノ、ニック・オファーマン
東京の「TOHO シネマズ 日比谷」ほかにて全国公開中。ハピネットファントム・スタジオ配給。ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY.All Rights Reserved.