染谷将太×甫木元 空、映画は“明日”を作る。町の記憶、人の思い『BAUS 映画から船出した映画館』が未来につなぐもの

映画館の暗闇の中に身を潜め、何かが起きるのをじっと待つ。映画館での出会いが一生を決定づけることもある。甫木元空監督の新作『BAUS 映画から船出した映画館』は東京、吉祥寺にあった映画館「バウスシアター」を舞台に、文化のプラットホームである映画館の運営を支え続けた三世代にわたる家族の物語だ。新天地を求め、青森から東京に来て、映画と出会い、やがてはその守り主となるサネオを演じた染谷将太は、10代の頃からバウスシアターに通う常連だった。同い年の甫木元監督と染谷が語る、今はなきバウスシアターの魅力とは?

photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Michio Hayashi (Shota Sometani) , Kaze Matsueda (Sora Hokimoto) / hair & make up : Hitomi Mitsuno (Shota Sometani) , Chiaki Saga (Sora Hokimoto) / interview & text : Yuka Kimbara

『BAUS 映画から船出した映画館』より

染谷将太(以下、染谷):映画って過去にあったことが映っているっていう感覚なんですけど、その過去を見ることによって、自分がもらっているのは未来だっていつも思っています。

僕はこの映画の舞台となっているバウスシアターに学生の時から通っていたんですけど、今思うと作品を見に行くというより、劇場に行くと、いつも面白い映画がかかっていて、自然と面白い人たちがそこに集まってきているから通っていたという感覚が強かった。

映画祭もあって、最終日には屋上で打ち上げのバーベキューをやるのが恒例で、そこにまた面白い人たちが集まってきて、どんどん先に先に繋がっていく場所でした。バウスから吉祥寺駅まで歩いて帰る道がいつもすごく清々しかった記憶が残っています。

甫木元空(以下、甫木元):映画というのは、例えば事件が起きて、それを撮って公開するとなると、どうしても元の出来事から遅れて、タイムラグができます。今、染谷君が言ってたことはまさにそうで、作り手がいかに時間の遅れを自覚して、未来に向けて作るかということが今回の作品には大切だったと思いますね。

映画が「明日」につながるものかという質問に対して、確実に今は新しい世代が出てきて、いい意味での混沌を感じています。昔の作品がデジタル4K化され、まるで今の新作みたいに見られるようになっていることも影響して、大谷翔平さんじゃないけど、世界の最前線で活躍する人も生まれてくるのではないでしょうか。

染谷:樋口さんとはいつ初めて会ったのか、もう覚えていないですね。高校生の時だったと思いますけど、打ち上げに誘ってもらえるのはほんとにありがたかった。当時は、映画の上映に関わった人は一切合切関係なく集まって話をしていた印象です。

甫木元:多摩美術大学に在学中に、教員だった青山真治監督の『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』を見に行ったのが最初ですね。バウスシアターの閉館時にはレオス・カラックス特集に通いました。

バウスがなくなったのは2014年ですが、同時期の2011年〜’14年に渋谷区円山町のKINOHAUSの2階にあった「オーディトリウム渋谷」や、渋谷にあったときの「アップリンク」など、映画館だけど、映画以外の出し物もやって、行けば様々な人が来ていて、終わった後も延々とたむろして雑談を続けているような空間が好きだったし、そこから若い作家や何か新しいカルチャーが生まれている匂いを感じていました。

そういう記憶と照らし合わせながら、この映画を作っていった感じです。映画館自体が生き物っぽいっていうか、ただ場だけがあって、そこで演者が好きなことをしてもいいという、いい意味の混沌とノイズがあったなと。

染谷:僕はこの企画を聞いた時、言葉にする必要はないけど、過去を懐かしみ、追悼をするだけの映画にはなってはいけないと、自分自身に言い聞かせたかな。自分の思い入れが強い場所だからこそ、そこに意識が行き過ぎるとよくないぞと。ただ、撮影に入ってからは、すごくいいエネルギーをもらって、幸せな時間だったから、そんな心配はどこかにいってしまいましたが。

『BAUS 映画から船出した映画館』より

染谷:演じているときは本当に映画館のことしか考えていないんだろうなと捉えて演じていたんですけど、出来上がった映画で、サネオを見つめる夏帆さん演じる妻や子供、従業員の視線を通して見ると、「この人、どこに向かっているんだろう」と不思議な存在として映るということが自分の中では面白かった。

悩んだのは、自分を支えてくれた大切な人が亡くなったときのリアクションですね。本当なら感傷的なリアクションをするべきだけど、そうすると、時代というものを映すこの物語の繋がりに反すると思ってやめました。

『BAUS 映画から船出した映画館』より

甫木元:サネオとハジメが台詞の中で繰り返し、「あした」「あした」と言っていることのひとつに、1920年代の映画は時代の最先端だったということもあるし、人によっては「あした」の可能性を戦争に見出していたかもしれないということを、キャスティングの時に考えていました。

悪意があって戦争に巻き込まれるんじゃなくて、ピュアだからこそ戦争に向かってしまう人もいたということを踏まえ、主人公の2人には何色にでも染まってしまう危うさや純粋さがあるというのは、染谷君や峯田さんをキャスティングするときに考えていた設定です。

染谷:僕たち同じ年なんですけど、甫木元さんは人の懐にすっと入ってくる感じが素敵だなって思う。それは、相手が誰であろうと何が起きても変わらないテンションで。

自分が受けた演出だと、テンポについてすごくシンプルに指摘されるんですけど、何せ懐の中に入って言われるので、何かをチクタクと操作されて去られていくみたいな感覚。

単純に「もうちょっと間を開けてください」って言われるだけじゃない〝何か〟がありました。間(ま)はすごく大切にされていましたよね。あれは自分のリズムなんですか?

甫木元:今回、染谷さん演じるサネオの息子で、老年となったタクオを鈴木慶一さんに演じてもらいました。

そのタクオの回想で、時代ごとのエピソードをパッチワーク的につないでいく構造の脚本だったので、物語の別軸として一本大きな流れを作ろうとカメラマンの米倉伸さんと話して、アクションでどうつなげていくかを考えたんです。

時代ごとのエピソードが断片的に流れていかないように、例えばサネオが映画と出会った動きを、時間をおいて息子のタクオが同じ動きをして映画に魅せられたり、アクションの反復で印象的に見せるためのテンポを大切にしたというか。

染谷 なるほど。そのテンポか。

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甫木元:青山さんが元々脚本に書いていた映画史を巡る描写については意外と王道中の王道のセレクトで、F・W・ムルナウの『サンライズ』(1927年)が入っているなど、観客に向けてちゃんと映画史を説明しようとしているなと感じました。

ロベルト・ヴィーネ監督の『カリガリ博士』(1919年)やジェイムズ・ホエール監督の『フランケンシュタイン』(1931年)や「吸血鬼ドラキュラ」を映画化したものや後のゾンビ映画もそうですけど、死体を改造して光を当てて復活させるという行為がもう、映画の特性をそのまま具現化していて、だからあれほど愛されるんだと思うんですけど、怪奇映画を暗闇で見ると、もう映画そのものがモンスターになってしまうような感覚に陥り、なおかつそこから「あした」を見出すというのは面白いなって思いますね。ただ、権利の問題もあって、リストのすべてをそろえるのは難しいことでした。

染谷:そういえば、2013年のバウスシアターでの爆音映画祭で『ナチュラル・ボーン・キラーズ』を見たとき、観客が盛り上がって、ラスト、みんな立ち上がるんじゃないかっていうくらいになったときがあった(笑)。

あと、個人的に最も盛り上がったのは、自分が作った自主制作映画を一度、爆音映画祭でかけていただいた時。自分で作ったはずなのに、こんな音の構造になっていたのかと上映テストのサウンドチェックの時に知って興奮しました。

甫木元:何を見たかは思い出せないけど、バウスで映画を見ると、音楽のライブのように映画に反応して声を上げている人がいたことはよく覚えています(笑)。

今回、映画館の変遷を調べる中で、バウスシアターの前身である「井の頭会館」時代から、そこにさえ行けば、映画も演劇も見れて、落語も聞け、ライブもあり、1つの文化が等しく隣接していることがわかった。

それが、時代が進むことでひとつ、ひとつ、乖離していったんだなと。映画は映画、舞台は舞台と切り離されて、同じ表現の文化圏にいるはずなのに、ジャンルが分離され、どんどん離れていったように感じました。だからこそ、もう一度、今、観客としてはまた同じ空間で同居するものを自分は見たい。

染谷:自分は映画が好きなんで、いつも映画に特化した考え方をしてしまいますけど、この作品を通して改めて感じたのは、それが映画であろうと違うカルチャーであろうと、ひとつの価値観に対して様々な人たちが実際に会って、話をするだけで、そこは守られた場所となり、豊かな時間を作り出すんだということ。

映画館に見知らぬ人たちが集まって、ある時間を共有するということは、人間という生き物にはとても大切なことなんだなとシンプルに思います。映画館は50年先、100年先と、形は変わっていくと思うけど、根本的に大事なことをこの作品から教わりました。

甫木元:カットしてしまったんですけど、元々青山さんがこの映画の冒頭に描こうとしていたのは、吉祥寺という町の歴史でした。

町の名前の由来となった、今の水道橋あたりにあった「曹洞宗諏訪山吉祥寺」は、明暦の大火で燃えてなくなったけど、その寺の周りに住んでいた人々が、なくなった吉祥寺の名前を付けて町を作ったというエピソードです。不在を抱えた場所に流れ者たちがやってきて、また新しい町を作るところから本当は物語が始まる。

これはある映画館の終わりに向かっていく話ですけど、流れ者たちは明日となる映画と出会って行動する。何かがなくなっても、その意志は誰かに残っていくわけで、場所がなくなってもまた始められる。

斉藤陽一郎さん演じる樋口泰人さんがバウスシアターの最後に「我々は一つの文化の終わりという美しい物語に中指を突き立てて、新しい一歩を踏み出していきます」という事を言いますけど、青山さんが人は何度でも始められるということを「あした」と一言で表したことは大切なことで、僕自身もあしたを見続けられたらと思っています。


Shota Sometani
1992年生まれ、東京都出身。子役としてキャリアをスタートし、『パンドラの匣』(2009年)で映画初主演。2011年に主演をつとめた『ヒミズ』では、第68回ヴェネチア国際映画祭で日本人初となるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞し、国内外から注目を集める。その後、日中合作映画『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』(‘18年)では主人公の空海を演じた。近年の主な出演映画は『きみの鳥はうたえる』(‘18年) 、『最初の晩餐』(‘19年)、『初恋』(‘20年) 、『怪物の木こり』(‘23年) 、『陰陽師0』 、『違国日記』 、『劇場版ドクターX FINAL』、『はたらく細胞』、『聖☆おにいさん THE MOVIE~ホーリーメンVS悪魔軍団~』(すべて’24年)など多数。

Sora Hokimoto
1992年生まれ、埼玉県出身。多摩美術大学映像演劇学科卒業。2016年青山真治・仙頭武則共同プロデュース、監督・脚本・音楽を務めた『はるねこ』で長編映画デビュー。第46回ロッテルダム国際映画祭コンペティション部門出品のほか、イタリアやニューヨークなど複数の映画祭に招待された。『はだかのゆめ』(‘22年)は、第35回東京国際映画祭Nippon Cinema Now部門へと選出。2023年2月には「新潮」にて同名小説も発表し、9月には単行本化された。2019年結成のバンド「Bialystocks」では、2025年4月に東京・国際フォーラム ホールA、大阪・フェスティバルホールでの公演も控える。映画・音楽・小説といった3ジャンルを横断した活動を続けている。

『BAUS 映画から船出した映画館』
1927年。活動写真に魅了され、「あした」を夢見て⻘森から上京したサネオとハジメは、ひょんなことから吉祥寺初の映画館“井の頭会館”で働き始める。兄・ハジメは活弁士、弟・サネオは社⻑として奮闘。しかし、戦争が間近に迫っていた。約90年間、劇場を守り娯楽を届け続けた人々の物語。
監督・共同脚本:甫木元 空
出演:染谷将太、峯田和伸、夏帆ほか
東京の「テアトル新宿」ほかにて全国公開中。©本田プロモーションBAUS/boid

染谷さん着用:サスクワァッチファブリックス(ドワグラフ https://sasquatchfabrix.com
セージ ネーション、ナイスネス (イーライト TEL03-6712-7034)

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