亡霊のように宙に浮かんだ立体作品。あるインスタレーションで衝撃を受けたこの作品との出会いが今シーズンのコレクションのスタートになった。色褪せて朽ちた布の重なり、これをニットで作ったら?糸の素材や光の取り込み方で、美しさや軽やかさを伴ったさまざまなアイテムが完成した。
デザイナー小髙真理さん
——毎シーズンきちんとしたイメージがあってクリエーションに反映させていますが、今回キーとなったイメージビジュアルのようなものはありますか?
一昨年の年末に草月会館でやっていたスターリング・ルビーというアメリカ人の現代アーティストの展覧会があって、それが発想の起点になっています。「SPECTERS TOKYO」をテーマにしたインスタレーションなんですが、亡霊が六体ぐらい宙に浮かんでいるようなおどろおどろしさを感じるもので、かなり圧倒されました。朽ちた布を重ねて陰影を出したようなものや、それが染なのか劣化したのかわかりませんが、そこには亡霊感があって。久々に没入できたインスタレーションでした。実はそれは日本の怪談話からインスピレーションを受けて作ったらしく、よく見るとレースを使っていたりところどころ可愛いモチーフが入っていたりして。こういうものをニットで表現したいというところからスタートしました。
スターリング・ルビーの作品集
——こういう独特な色味や素材感、透け感などがありますが、表現するのに苦労した点が多かったのでは?
今回ホールガーメントという縫い目がない3Dニットを透明のフィラメント糸を使って作ったアイテムがあります。立体的なニットをぼわっとした膨らみでさらにボリュームを出したいと思って。スターリング・ルビーの展覧会にちなんでスペクターズドレスと名付けました。まず初めに大きなパフスリーブの透明なドレスを作って、ここからどのようにレイヤーをすると面白い陰影が表現できるかと。ハンドニットとホールガーメントと、そこにブランドオリジナルのレースのように編んでいくクレイジーニットを全部合わせてフュージョンさせたようなものです。
コレクションピースのスペクターズドレス
——そこに「オダカ」のニットのすべてが集約されているんですね
すべてのニットテクニックを合わせたものを作りたいと思っていて、なかなか実現できなかったので、今シーズン挑戦出来て嬉しかったです。怪談に出てくる雪女のイメージを現代の雪女にアレンジしてみました。少しグランジ風も取り入れています。
——可憐な花のプリントも印象的ですね
イラストレーターのmaya(maya Shibasaki)さんに花の絵を描きおろしていただきました。この本は、小泉八雲さんが1903年にアメリカで出版した復刻版で、表紙は当時と同じ図柄なんです。表紙に描かれた花はオモダカという草花らしくて、それをmayaさんに描いていただきました。それをちょっと砂糖菓子のような透けるハイゲージのニットにプリントしています。それがシュガーニットです。
復刻された小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の『怪談』
mayaさんが描いた花をプリントしたシュガーニット
——コンセプトをきちんと決めるため努力を常にしていますか?
普段から気になっているものを、記憶として頭の中に並べています。点と点で離れているものをある時期がきたら並べて繋いていく感じですね。コレクションの制作段階では、繋がっているのがあまりわかってない時もあるんですが、コレクションが出来上がってくると自分のやりたかったことが明確になってきます。
——最終的に服に落とし込むためにたくさんのものをインプットして、クリエーションのためにアウトプットするんですね。そういうことがうまくいかない時もありますか?
私はどちらかというとテクスチャーがとても気になるタイプで、それでニットにはまったという経緯があります。今回もそうなんですけど、いちばん最初はやっぱり、こういう重ねとかテクスチャーが素敵だなとか綺麗だなというところから入っているので、インスピレーション源とかで悩むことはないですね。今回の雪女から雪、砂糖という流れのように。雪の表面のざらっとした感じが砂糖っぽいなって自分の中で繋がっています。
——もともとニットを専門に学んでいたのですか?
文化女子大学を卒業して、BFGU(文化ファッション大学院大学)に入ったのですが、BFGUでニットCADという自分でデザインをCADで組んで編地を作る授業があって、そこでいろいろ実験をしていくうちにニットの魅力にはまりました。卒業後は「イッセイ ミヤケ」でニットのアシスタントデザイナーを経験し、その後ニットを一から作る工程を全部学ぶために、ニットの会社に入り自らニットの工場に出向いて、いろいろ教えていただきながら仕事をするという日々でした。
——一本の糸から服を作る面白さはどこにありますか?
いちばん最初に面白いと思ったのは、ニットって柔らかいイメージだったんですが、糸やゲージ、編み方を変えていくと、張りや硬さのあるものも作ることができてしまうというところが魅力的でした。
右 和紙をシルバーにコーティングしたキャミソール 左 テグスのような糸で編んだ透明感あるドレス
——実験をするようにご自分でも手を動かしているんですね
自分でハンドニットでも試すときもあるし、あとはニッターさんに相談することもあります。どんなリクエストを出しても、今一緒にやってくださっている方はできないとは言わないので、本当にありがたいですね。いつもなんでも挑戦してくださる。出来上がったものが、イメージと違うものになったりもしますが、そこに新たな発見があったりします。
——前回取材をさせていただいた時は、ちょうどブランド名が「マラミュート」から「オダカ」に変わるタイミングでした。ブランド名を変えることは一大決心だと思うのですが、どのような事から?
「マラミュート」で海外で展示会をしたときに、バイヤーさんからとてもいい評価をいただいたんですが、“マラミュートって犬種名よね?”って言われて。日本ではあんまり言われたことがなかったんですけど、せっかくMADE IN JAPANで打ち出しているのにこのブランド名はどうなのかな?って。海外に出るきっかけを掴んだのだから、日本発信のニットの強みをしっかり伝えていきたいということと、ブランド名をきちんと掲げて体現できるようなものにしていきたいと思って変えました。
MADE IN JAPANNと記されたブランドタグ
——その後反応はいかがでしたか?
あれから2年、皆さんに認知していただけるか当初は不安だったんですが、お取り組みいただいている方々からも影響はないとおっしゃってくださっているのでほっとしました。
——ニットは人が着ることで予想外のフォルムを描くことがありますが、今後ランウェイでコレクションを発表する予定はありますか?
「オダカ」になってからはまだなので、機会やタイミングが合えば前向きに検討したいと考えています。それこそきちんとテクスチャーがちゃんとわかるような距離感でランウェイができたらいいですね。
——ブランドとしてイメージする女性像はありますか?
「オダカ」は“強さと柔らかさを合わせ持つ女性のためのデイリーウェア”がコンセプトなんです。そして毎シーズンその時のテンションで具体的な人物をイメージします。今回はロックアーティストのキム・ゴードンです。
——日々お忙しいと思いますが、ふと時間ができたら何をしたいですか?
美術館巡りをしたいですね。空間に身を置いていろんなことを感じ取ることが好きなので。旅行とかもそうだと思うんですが、いつもいる場所じゃないところに行ってゆっくり流れる時間を楽しみたいです。ずっと思っているんですがクロアチアには行ってみたいですね。アドリア海に面したドゥブロブニクの街とか。
——これからの10年に向けて展望があればお願いします
お世話になっているニッターさんと、アイディアを共有しながら見たことのない魅力的なニットを作っていきたいというのと、“「オダカ」といえば日本のニット”と認識されるようなブランドなりたいですね。
——最後にこれからデザイナーを目指している人や、ファッション関係の仕事につきたという人たちに小髙さんからエールをお願いします。
学生の時は考えていなかったことなんですが、今文化の学生時代の友達と仕事をしているんです。いろんな場面で出会った人たちと長く一緒に仕事することがあるので、人との関係は大切にしてほしいです。私の場合、今の関係性はこの先もずっと続いていくと思います。人との繋がりってとても楽しいですよ。
photographs: Josui Yasuda(B.P.B.)
Odaka Mari
1987年埼玉県出身。2009年文化女子大学(現 文化学園大学)卒業、2011年文化ファッション大学院大学卒業。ニットデザイナーとして経験を積んだ後、2014年秋冬より自身のブランド「malamute」をスタート。国内の職人と生み出す精緻なニット表現が特徴。2021年東京ファッションアワード受賞。2023年秋冬よりブランド名を「ODAKHA」に変更。
WEB:https://odakha.jp/