
ITS 2026の授賞セレモニーにて。中央はITSの創設者でディレクターのバルバラ・フランキン(Barbara Franchin)、左は昨年のグランプリ受賞者マキシミリアン・レイノー(Maximilian Raynor)、右は今年の受賞者クロエ・レーネルス(Chloë Reners)。
単なる優劣の評価ではないコンテスト
イッツ(ITS=INTERNATIONAL TALENT SUPPORT)は、北イタリアのトリエステを拠点とする国際コンテスト。2002年に補足し、デムナ(バレンシアガ)、マチュー・ブレイジー(シャネル)、ニコラス・デ・フェリーチェ(クレージュ)など、現在のファッションシーンを牽引するデザイナーを輩出してきた。
2026年度版では、74か国から700以上の応募があり、選出された10人にITSクリエイティブ・エクセレンス賞(ITS Creative Excellence Award 10x10x10)とOTB賞(OTB Award)を授与。ITSクリエイティブ・エクセレンス賞の副賞として、10日間のレジデンスプログラム、10,000ユーロ(約185万円)の助成金、現代ファッション美術館「ITS アルカデミー(ITS Arcademy – Museum of Art in Fashion)」での10か月間の作品展示が約束された。

コンテストの中心に据えられた今年のテーマは『Rise and Shine(立ち上がり、輝け)』。
「これは、挑戦を受け入れ、自分自身の声を見つけ、最善を尽くすこと。シンプルでありながら力強い呼びかけです」とバルバラ。
レジデンスプログラムでは、OTBグループ本社の訪問、スウォッチ(SWATCH)での実験的ワークショップ、ピッティ・イマージネ(Pitti Immagine)による専門的指導など、多角的な学びの機会が提供される。本コンテストの特徴は、こうしたファッションのプロフェッショナルとデザイナーを結びつけ、実践的な成長を促す仕組みにある。

2026年の受賞者10人。©︎Giovanni Aiello
さらに、今年は審査員特別賞をはじめ、スポンサーシップによる複数の賞が用意され、受賞者たちに各賞独自のサポートが付与された。
クロエ・レーネルス(Chloë Reners)/ ベルギー
⭐️審査員特別賞(JURY SPECIAL MENTION)
注目の審査員特別賞に輝いたのは、ベルギー出身のクロエ・レーネルス(Chloë Reners)だった。昨年、アントワープ王立芸術アカデミーを修了したクロエは、現在、パリのスキャパレリでジュニアデザイナーを務めている。

© B.P.B. Paris
応募作品は、シュルレアリスムにおける女性の描かれ方に着目し、そこから発想を広げたウィメンズコレクションである。とりわけ着目したのは、イギリス人画家のジョージ・アンダーウッドの絵画だった。芸術の世界で、断片化や変形によって再構築されてきた身体表現が、現実認識や理想化された女性像の形成にどのように作用してきたのかを浮かび上がらせる試みである。同時に、アンダーウッドが提示した視覚的な意味や価値を、ファッションの分野でみごとに再解釈したことが高く評価された。

樹脂を用いた3Dプリント構造のトップスは、身体に沿うのではなく外側から形を規定し、彫刻的なシルエットを形成。一方、下半身のウールは身体に寄り添い、自然なドレープを生んでいる。硬質な人工素材と柔軟な天然素材の対比により、身体とその表象のずれが可視化されている。
受賞後、クロエは「感謝の気持ちでいっぱいです。この経験自体に感謝していますし、賞をいただけたのは、まさに最高のご褒美です。本当にありがとうございました」と、喜びの気持ちをコメント。
「デザイナーを目指す人たちに声をかけるとしたら、夢を見ることを決してやめないでと言いたいです。いい意味で現実離れした夢を持ち、夢を見る勇気を持つことが大切です」
審査員特別賞の副賞は、メンタリングやネットワーク形成などを含む継続的なサポート。またクロエは、次回のイッツに審査員として参加することになる。
ウェンジー・ウー(Wenji Wu)/ 中国
⭐️カメラ・ナツィオナーレ・デラ・モーダ・イタリアーナ賞(Camera Nazionale della Moda Italiana Award)
⭐️モダテカ・ディアナ賞(Modateca Deanna Award)

© B.P.B. Paris
ウェンジー・ウーのコレクションは、幼少期から繰り返し見てきた悪夢の体験を着想源に、夢の中に現れる怪物と守護者という二つの存在の対立を軸に構成されている。ユングの理論を背景に、怪物を抑圧された自己の側面として捉え、その均衡を衣服の中で表現。ニットを中心に複数の技法や素材を組み合わせ、夢のイメージを立体的に可視化している。伝統技術と現代的表現を結びつけ、新たなニットの可能性を提示した点が評価された。

複数の編み技術を基盤に、フェルティングやフォイリング、刺繍などを組み合わせ、ニットで多層的なテクスチャーを構築。さらに多種類の糸を用いて色や質感を重ねることで、夢のイメージを立体的に表現している。
ジェイミー・オグレイディ(Jamie O’Grady)/ イギリス
⭐️フェラガモ財団賞(Fondazione Ferragamo Award)
⭐️ラード・アワード(WRÅD Award)

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ジェイミー・オグレイディはスニーカーのコレクションで選出。接着剤を使わないモジュール構造を採用し、従来の靴づくりのプロセスやライフサイクルを再考する。組み立て可能な設計により、パーツ交換や分解・リサイクルを容易にし、持続可能性と実用性を両立。インダストリアルデザイナーのディーター・ラムスの思想を背景に、機能性や倫理的デザインを追求しながら、新しいフットウェアのあり方を提案している。

精密な設計と美的感覚を兼ね備えたスニーカー。数秒で組み立てることができ、天候や地形に合わせてパーツを交換することが可能。各パーツを単一素材で構成することで、リサイクル性と持続可能性を高めている。
ウィリアム・パーマー(William Palmer)/ イギリス
⭐️ピッティ・イマージネ賞(Pitti Immagine Award)

© B.P.B. Paris
ウィリアム・パーマーの作品のタイトルは「Breadwinner(大黒柱)」。“家族を養う者”という役割に伴うプレッシャーやラッド・カルチャーといったイギリスの男性性を扱いつつ、ポロシャツ、ハリントンジャケット、ジーンズなど、メンズの定番アイテムをユーモアとアイロニーを通して再解釈。噛み跡付きのパン形バッグやティーカップ形ハットなど、小物にも遊び心のあるデザインが光る。社会的テーマを高い完成度で衣服として成立させている点が評価された。

トレンチコートやデニムパンツといったメンズのクラシックをベースに、ディテールを誇張するなど、独自のアプローチで現代的なワードローブを形成する。下着とフーディーのハイブリッドアイテムもユニーク。
ティジャヌ・タル(Tidjane Tall)/ フランス
⭐️ソッツァーニ財団賞(Fondazione Sozzani Award)

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ティジャーヌ・タルは、ブラックネス(黒人の歴史や文化、社会的経験に根ざしたアイデンティティ)やエレガンスを軸に、家族の記憶や文化的背景を織り込みながらコレクションを構築。1970年代のコートジボワールにあった祖父のナイトクラブの記録、陶芸家マグダレン・オドゥンドの造形、女性の髪を主題とした写真家エミリー・レニエの作品も着想源になった。シンプルさの中に力強い存在感を宿す彫刻的なシルエットが印象的。

既存のラグジュアリーやオートクチュールの価値観と対話しながら、その規範を再解釈。自身のアイデンティティ、装飾性、身体表現を通じて、力みのない自然なエレガンスを提案している。
スティーヴン・シュヴァリエ(Steven Chevallier)/ フランス
⭐️レイバン賞(Ray-Ban Award)

© B.P.B. Paris
スティーヴン・シュヴァリエのコレクションは、現代の社会的・政治的状況に対する強い問題意識から生まれている。戦争や抗議運動、保守化する社会の中で抑圧される人々への怒りを起点に、クィアアーティストや1980年代のエイズ危機の歴史から、自由や権利をめぐる闘いを表現する。スティーヴンの作品は、確かな技術とグラフィック表現を基盤に構築され、「着ることのできるプロテスト」として機能する点が評価された。

インターシャやジャカードによるニットを基軸に、昇華プリントやペーパーヤーンなどをミックス。グラフィックな表現と色彩とテクスチャーの操作により、コレクションのメッセージ性を視覚的に強化している。

今年の審査員と受賞者たち。「私は日本のクリエイティビティを愛し、心から尊敬しています。日本からの応募を待っています!」とバルバラ(前列左端)。© G.Koren
Text : B.P.B. Paris