東京のファッションの祭典「Rakuten Fashion Week TOKYO 2024A/W」開幕の前日。デザイナー、後藤愼平によるM A S U(エムエーエスユー)が、パリ・メンズファッションウィークで発表した2024-’25年秋冬コレクションを引っ提げ、東京・渋谷の「ヒカリエ ホールA」で、凱旋イベントを開催した。
エッジの効いたデザインをユニークな素材に落とし込み、人々が知らぬ間に身につけてしまった固定観念には「こっちもいいよね」と、軽やかに別の方向性を投げかける服。けれどとてもシンプルに言えば、今、この時代に服を愛する人や、面白く誠実に生きたい人がどうしても惹かれる服—— M A S Uは、そういう服を作るブランドだ。
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一見、華やかで力強いデザインの裏側に、かつての記憶や哀しみ、メランコリーといった繊細な感情が見え隠れしているのも、このブランドをただ一つのものにしている所以。漠とした不安が充満し続ける時代に、それでも胸を張って生きるための勇気のような、煌めきやカットアウトがそこにある。
2024-’25年秋冬に、デザイナーの後藤さんがイメージしたのは「優しさを武器にしたダークヒーロー」。
ビジューデニムやスパンコールトップ、フェイクファーなど、ファンにはおなじみの華のあるアイテムや素材を引き継ぎながら、全体にはダークトーンで落ち着いたムードが特徴となったシーズンだ。マキシ丈のウールコートや、ガンクラブチェックのジャケットなど、過去のコレクションに比べて幅広い層にアプローチし得る、ベーシックなアイテムも多く見られた。
デザイナーが見た雨夜の景色が起点にあるコレクションでもあり、目深にフードをかぶったスタイリングや、傘や雫のような形のヘムを持つケープ、パンツも象徴的。
「凱旋」のプレゼンテーションは、こうした2024-’25年秋冬のM A S Uをまとった複数のマネキンとともに、初公開のコンセプトムービーを鑑賞する趣向で行われた。映像におさめられたのは、今期の心象風景を表すフランス語のモノローグや、パリのショーの様子。
そのモノローグにはこんな一節があった。
「雨は、凍える。汚れるし、寂しい。
それだけだろう?
おかしな話だけど、そういうことにとらわれていると、自分の演奏がそれでいいのかどうかも、
もうわかんなくなってんじゃないかと思うんだ」
思えば、降りしきる雨夜の道なんて、今現在の世界そのもののようだ。そんな時代にも一筋の光を見いだすことができるし、心は温かい。孤独な雨夜の良さを見つめられる人になるために、あるいはそんな夜を乗り越えるために、M A S Uの服を着てみてはどうだろう。
Q&A with Shinpei Goto
——今期のテーマは、「優しさを武器にしたダークヒーロー」。どんな背景から生まれたテーマだったのでしょうか?
「最近、事務所を引っ越したんです。以前よりも広いその空間で、夜な夜な一人で洋服を作っていると、寂しいなと思う瞬間が結構ありました。僕にしかできない大切な仕事なんだけど、当然、家に帰るのは遅いし、家族と過ごす時間も少ない。それは誰かにわかってほしいとアピールするようなことでもないので、ひたすら、洋服に向かっていたんです。そうした時間を過ごすうちに、それは実は寂しい一方で、楽しくて贅沢な時間でもあるんだと思えた時があって。それに気づいた時から、帰り道に雨が降っていても、ああ綺麗だなと思えるようになってきました。前だったら悲しさが増すなと思っていたものが、雨に濡れたアスファルトに光が反射してキラキラした景色も綺麗だな、ということに気がつき始めたんです。
今回、『ダークヒーロー』という言葉を使っていますけど、誰しも皆、孤独や寂しさを抱えながら、その裏に優しさを持っているような気がします。あえて部下に厳しくしないといけないと思っている上司とかね。たくさんの人が、孤独や寂しさと優しさを同時に持っているのではないかなと思って、優しさを武器にしたダークヒーローを描きたかったんです。そんな風に物事を見ることができれば、優しい世界になるのかなと」
——パリで初のランウェイショーを行うにあたり、意識したことやルック上のチャレンジはありましたか?
「以前よりも、言葉を使わずにどれだけ伝えられるか、というのは、すごく意識しました。言葉が通じないパリで発表するのに、ルック1体、洋服1着でストーリーが伝わるものにしたいと考えていました」
——以前、後藤さんにお話を伺った際に膨大なリサーチをされていたのが印象に残っています。今回のコレクションを作る際に読んでいた本や聴いていた音楽などはありましたか?
「今回、渋谷慶一郎さんの『Midnight Swan』ばかり聴いていました。この曲も本当に孤独で寂しい感じなんですけど、一方でキラキラもしていて、前向きになれるんですよね。だから、制作中は本当によく聴いていました」