先進的なスマート素材の深化
ファッション素材におけるトレンド発信を行うプルミエール・ヴィジョン・パリ(PV)は、数シーズン先を見据えるテーマとして、2025年の2月展に「サヴォアフェール」、9月展に「イノベーション&テクノロジー」を掲げた。一見すると対照的にも映る二つのテーマだが、それらは、現在のファッション業界における重要性を端的に示している。

プルミエール・ヴィジョン・パリ 2026年春夏エディションより。© B.P.B. Paris
近年のPVで特に存在感を強めているのが、“スマートクリエイション”と名付けられたゾーンである。ここでは、循環型素材(リサイクル素材や生分解性素材)をはじめ、機能性ファブリック、AIやデータを活用した素材開発、省エネルギー染色やデジタルプロセスといった生産技術まで、多様な提案が集約されている。スマート素材とは、単なる高機能素材ではなく、素材の選定から生産、使用、廃棄に至るまでのプロセス全体を再設計する視点を内包した概念といえる。


“スマートクリエイション”のゾーンで人気を集めていた3Dプリンティングの先駆者「ストラタシス(STRATASYS)」のブース。© B.P.B. Paris
その背景には、環境配慮やトレーサビリティが、もはや付加価値ではなく、購入条件となった現実がある。高級ブランドになるほどその傾向は強く、彼らにとっても余剰生地や売れ残り品の扱いは大きな課題となっている。シャネルが先導し2019年に立ち上げた「ラトリエ デ マチエール(L’Atelier des Matières)」、LVMHが2021年に始動させた「ノナ ソース(Nona Source)」は、その象徴的な取り組みだ。
PVにいち早く導入された「ノナ ソース」は、ラグジュアリーメゾンの未使用素材をオンラインプラットフォーム上で流通させるシステムである。アパレルブランドにとっては資源の再利用、サプライヤーにとっては在庫の有効活用という双方のニーズに応え、高品質な素材を低ロット・低価格で入手できる点から、若手デザイナーを中心に支持を集めている。

「ノナ ソース」のブース。© B.P.B. Paris
一方、2025年春夏シーズンからスタンドを構える「ラトリエ デ マチエール」は、メゾンやメーカーが抱える未販売品や余剰資材を対象に、再価値化に向けた解決策を個別に設計・提案している点が特徴である。単なる素材流通にとどまらず、循環型のものづくりを支援する包括的なソリューションとして位置づけられているのだ。こうした事業者の参入は、PVにとっても画期的なことだった。


「ラトリエ デ マチエール」のブース。© B.P.B. Paris
サヴォアフェールが“作る技術”だとすれば、スマートクリエイションは“循環させ、最適化する技術”だ。近年のファッション産業では、素材そのものの革新に加え、生産・検品・再利用といったプロセス全体を再設計する動きが加速している。
今年のANDAMファッションアワーズでイノベーション賞を受賞した2社も、その象徴的な例といえる。
スタートアップの「ロサンジュ(Losanje)」は、不要となった衣服や生地を原料に、ロボットによる高精度な自動裁断技術を用いた大規模アップサイクリングを実現。フランスおよびヨーロッパ各地の25以上のパートナーアトリエと連携し、従来は小規模生産にとどまりがちだったアップサイクリングを、工業的スケールとローカル生産の両立で成立させた点が高く評価された。ここでは、素材を再利用すること以上に、循環を前提とした生産設計そのものがイノベーションの核となっている。


フランス文化省で開催されたANDAMファッションアワーズ 2025の授賞式にて。イノベーション賞を手にした「ロサンジュ」(写真左)と「ゴールデンアイ スマート ヴィジョン」の代表者たち。Photos: Brieuc Segalen
もう一社の「アポロプラス(Appoloplus)」は、AIを用いた検品システム「ゴールデンアイ スマート ヴィジョン(GoldenEye Smart Vision)」によって、品質管理の領域からファッション産業を変革する。生地ロール全体を高精度でスキャンし、欠点の位置、種類、範囲をデータとして可視化することで、欠点を避けた裁断計画を可能にするのである。従来の人の目による検品では見落としが避けられず、完成間近での廃棄もあったが、このシステムにより素材ロスの削減と生産効率の向上を同時に実現したのだ。すでに大手メゾンにも導入され、サステナビリティと工業精度を両立させる実例として関心を集めている。

ANDAMファッションアワーズ 2025の受賞者たち。Photos: Francois Goize
ファッション産業は、新しいものを生み出すことを原動力に発展してきた一方で、環境負荷や社会的責任とのあいだに構造的な隔たりを抱えてきた。こうした背景の中、創造性と存在意義を結ぶための手段として浮かび上がるスマート素材は、ファッションと社会を持続的につなぐ基盤として、その存在感を一層高めていくだろう。
Text : Mariko Mito (B.P.B. Paris)
Coding : Akari Iwanami



