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江戸時代のパノラマビュー
屛風を前に語り合う
▷SO-EN 和便り 第二回◁

2026.04.10

text : Sachiko Tamashige / photographs© 石橋財団アーティゾン美術館

アーティゾン美術館で開催されている「カタリウム展」に足を踏み入れると突然、静寂の中に一双の屛風が現れる。部屋のコーナーを活かしてガラス展示ケースの中に置かれた屛風は、左隻右隻がちょうど90度に向かい合う。その前には、大きな正方形のベンチが置かれ、ゆったりとした空気が流れている。通常、数多の作品とともに横並びで展示されることが多い屛風だが、本展では、一対の屛風に絞られていて、まるで囲まれているかのようにじっくりと鑑賞することができる。この空間で 4 月 2 日まで展示されていたのは江戸時代初期に描かれた洛中洛外図屛風。屛風は、絵画という二次元のものではあるが、ジグザグに立ててできる山と谷をうまく活用してモチーフを配することで立体感が演出されているそうだ。江戸時代の没入型パノラマビューというところだろうか。(現在は《江戸天下祭図屛風》を展示中。)


屛風を前に、交わされたであろう会話を想像してみよう。
例えば、仕上がったばかりの屛風が、邸宅に届けられ、初めて室内に立てられた瞬間だったら……、などをイメージしていただきたい

と、アーティゾン美術館で開催されている「カタリウム展」の学芸員、平間理香さんは呼びかける。

そういった場面を想像しながら屛風を見ると、画中の風景も人々も生き生きと迫ってくる。

制作には、気の遠くなるような手間や時間、お金もかかったことだろう。いったい誰がどのような目的で作らせたのだろうか?学芸員の平間さんにお話を伺いながら、この「洛中洛外図屛風」に描かれた物語を味わおう。

洛中洛外図屛風ってなに?

💡 屛風の楽しみ方

👆 画像は左右にスクロールできます。
気になる「虫眼鏡アイコン」をタップすると、当時の人々が何をしている場面か覗き見ることができます!
ぜひ触ってみてくださいね。

ベース画像

「洛中洛外図屛風」とは、京都の街中(洛中)とその近郊(洛外)の俯瞰風景が描かれた屛風仕立ての絵画のこと。画中には、山や川などの自然景観とともに、橋や通り、寺社、内裏、城、屋敷、商店、住居などの建築群が点在する中、祇園祭の山鉾巡行や歌舞や酒宴といった遊楽などに興ずる各階層の老若男女が登場する。描かれた人々の数は2000人以上とも言われ、人々の表情や装い、持ち物も緻密に描かれている。

お話・アーティゾン美術館 学芸員

平間理香へいまりかさん

●洛中洛外図の最古の記録

「洛中洛外図屛風は16世紀から制作されるようになり、17世紀以降は定型的なものも数多く制作され、需要も高かったと思われます。記録で追えるのは、16世紀初めの公家、三条西 実隆さんじょうにし さねたかの日記(『実隆公記』)です。越前の武将、朝倉貞景あさくら さだかげが、宮中の絵所預かりとなった土佐光信に描かせた京の市中の屛風についての記述があり、実隆はこの屛風を見て、『珍重されるべきとても素晴らしいもので、見れば見るほど興味深い』と記しているんです。実隆が見ることになった経緯は分かりませんが、当代随一の文化人だった実隆に納品前の洛中洛外図屛風を見せて、このような評価を得たことは、ある意味、大きなお墨付きを得たことにもなるでしょう。」

●時代と共に移り変わる屛風の意味

「室町時代から戦国時代にかけて、洛中洛外図屛風の発注者は有力武将だったようです。京の全景を室内で座して眺め得る屛風は、武将が力をつけていく中で、京を手中におさめるという野望とも結びついていたのでしょう。織田信長、豊臣秀吉、徳川の世へと政権が移り変わる中、誰が力を持っているかで、屛風に描かれる要素も変わっていきます。秀吉の時代は、聚楽第や寺町など、徳川時代になると二条城など、その時の権威と結びついた要素が描き込まれています。

16世紀から19世紀にわたり描かれた洛中洛外図屛風は、100点以上残っているのですが、時代の移り変わりとともに意味合いも変わっていくのです。もともとは、有力武将が狩野派などの絵師に描かせ贈答品にしたり、権威を示す男性的な性質だったのが、婚礼調度品になり、地方に嫁ぐ大名のお姫様たちが、嫁ぎ先の屋敷で、屛風でバーチャルな都を楽しんだかもしれません。時代が下ると、町絵師によって量産・類型化されるようになり、それに伴って京の名所観光屛風の意味合いも帯びていきます」

●「洛中洛外図」に描かれた物語

💡タップ(クリック)で拡大できます

本展で紹介している17世紀の洛中洛外図屛風は、祇園祭で賑わう京の様子がえがかれていますが、主題となっているのは別の要素だと思われます。屛風の大部分を占めるのは、左隻左側中央に立つ二条城から右隻左側中央に位置する内裏に向けて進む大行列となっていて、こちらがその主題かと。これは、1620年 6 月、第二代将軍の徳川秀忠の息女である和子まさこが後水尾天皇に嫁いだ際の一行です。戦乱の世を治め、政権を取った徳川家が、さらに天皇家との繋がりを確たるものにしようとした、歴史上大きな出来事と言えるでしょう。この瞬間を、華やかな婚礼の大行列を、ひと目見ようと多くの人が集まっています。ひときわ豪華な和子を載せた牛車や、婚礼調度などを収めるおびただしい数の長持などは、徳川家の財力を示しているかのようです。

この出来事、和子の入内をえがき表した洛中洛外図屛風は他に例がなく、この屛風を特徴づけるものです。一方、1626年に行われた寛永行幸に関しては、行幸以後に制作された洛中洛外図屛風のほとんどにえがき表されています。ある意味、二条城と寛永行幸というふたつが、京の西側を象徴するものとして定番化したと言えるでしょう。

このように、特徴的な要素を持つ当館の《洛中洛外図屛風》ですが、どのような場所に立てられ、どのような人たちの目を楽しませたのでしょうか。展覧会図録では、ある説に依って、語りの場を設けていますが、WEBでご覧のみなさんには、様々にイメージを膨らませていただければと思います。

場面で楽しむ

屛風を抱える男衆

内裏近く、行列の一行とは異なる道筋に、屛風を抱えて急ぐ 2 人の男衆の姿がある。何ら梱包もされず、新調したばかりの屛風を納めに走っているのはなぜだろうか?

祇園祭り

祇園祭の山鉾巡行では、町衆たちが松の木や鉾や甲冑などできらびやかに装飾した町自慢の山車を誇らしげに轢いている。長く続いた戦乱の世が終わり、やっと訪れた泰平の世を心から楽しんでいるように見える。

相撲や軽業師の見物、市井の人々の様子

相撲のイベントや、町のあちこちで開かれている軽業師の曲芸を見物する人々。店が並ぶ通りでは武士や行商など、行き交う人々の姿もさまざま。豊臣秀吉の治世以降、二階建ての家が増えるなど、建築的な視点から見ても楽しめる。

清水寺

「清水の舞台から飛び降りたつもりで……」という言葉を耳にしたこともあるのでは?江戸時代、命を懸けて願いを叶えるために清水寺の舞台から本当に飛び降りた人々がいたことから生まれた言葉だという。

町人たちの色とりどりの着物姿

洛中洛外図屛風には多くの人々が描かれているが、その着物も様々に描き分けられており、当時の流行なども反映されている。

洛中洛外図で名所を探して楽しもう

🔍 画像の楽しみ方

🗺️ まるで昔のストリートビュー!
実はこの屛風絵には、現代にも現存するお馴染みの観光名所がびっしりと描かれています。まるで時空を超えた京都マップのようですね。

画像を長押しすると4倍の拡大ルーペが出現します。

今の京都と当時の姿を見比べながら、隠れた名所を探してみてください!

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展覧会INFORMATION

「カタリウム」

展覧会タイトルの「カタリウム」とは、[語り]+[-arium]、つまり「語り」と、空間を表す「リウム (-arium)」でつくったことばで、展覧会は語りの場をテーマとしている。 展示作品の制作当時に思いをはせ、発案した人がその思いを告げるところや、思索を深める絵かきのアトリエでの独り言、あるいは、作品の仕上がり具合を目にした人々の感想など、作品を前に展開する語りに耳を傾け、その場をイメージしてみようと誘う展覧会だ。屛風から油絵、日本画、版画、巻物の断簡まで、国宝2点、重要文化財7点、重要美術品5点を含む合計56点で構成され、様々な時代とジャンルによる賑やかな語りの場が趣向を凝らした展示空間として立ち現れる。

会期:開催中~ 5 月24日(日)
  *洛中洛外図屛風の展示は 4 月 2 日まで。そのほか展示替えあり
時間:10:00 ~18:00(入館は閉館の30分前まで)
   金曜日、5 月 2 日(土)、9 日(土)、16日(土)、23日(土)は20:00 まで
場所:アーティゾン美術館 4 階展示室
   東京都中央区京橋 1 – 7 – 2
休刊日:4 月13日(月)、5 月11日(月)休館。
入館料:日時指定予約制。WEB予約チケット ¥2,100、学生無料(要WEB予約・中学生以下予約不要)
*このチケットで同時開催の「クロード・モネ —風景への問いかけ」も観覧可能

この屛風が描かれたであろう江戸時代前半の寛永期は、天下泰平の中、多彩な文化が花開き、一般庶民にも広がり、日本文化の故郷と呼ばれる時代でもあった。

後水尾天皇は、学問に長け、茶の湯、立花などを極めた当代随一の文化人で、寛永期には後水尾天皇を中心に階層を超えた文化サロンがいくつも形成され、美意識を磨き合った。サロンを通じて茶の湯、華、書、画、建築、庭園、陶芸、書物、香、服飾などの多彩な文化が育まれ、身分を超えて広がったことから、寛永文化は、日本文化の故郷と呼ばれたりする。また、後水尾天皇の妃の和子(のちの東福門院)は、朝幕の関係調整に尽力するとともにファッションリーダーでもあった。華美な衣装を好んだ和子は、京都の呉服商・雁金屋にたくさんの着物を発注し、その染物を手本にした「御所染」や小袖が流行した。寛永期には本阿弥光悦、俵屋宗達も活躍し、和子の御用を務めた雁金屋の尾形宗柏の孫が、尾形光琳と乾山の兄弟で、琳派の美意識も育まれた。本展の屛風に描かれた、人々の装い、風俗に、寛永文化の華を感じてみてはいかが?

「寛永行幸(二条城行幸)」は、寛永 3 年(1626)、徳川幕府が後水尾天皇を二条城に迎え、5 日間に渡ってさまざまな おもてなしを行った、江戸時代を通じて最大級ともいえる行事。後水尾天皇は、徳川秀忠・家光の招きに応じて京都・二条城へ行幸した。天皇が御所を出る、しかも武家のもとに出向くことは異例なことで、都をあげての歴史的出来事だった。

行幸は、9 月 6 日から10日の 5 日間で、大改修をした二条城の善美を尽くした座敷飾り、贅沢な料理、舞楽や蹴鞠、和歌や管弦、能楽や乗馬など最上級のもてなしが繰り広げられた。市井の人々に強烈な印象を与えたのは、行幸初日、将軍に導かれ天皇ら朝廷方が二条城へ向かう道中のきらびやかな行列。後水尾天皇、中宮で徳川秀忠の息女和子と幼い姫宮、公家衆ら朝廷方と、3 代将軍徳川家光と盛装で付き従った全国の大名ら幕府方、総勢約 9,000人の大パレードは、大坂夏の陣後の公武融和と平和の時代の到来を世に知らしめ京都の町を熱狂させた。

稀代の行列を見物するため国中から集まった民衆は、祭りのような熱気の中、幕府の揺るぎない威光を目のあたりにしたのだ。一方、行幸景気に湧いた京都からは、伝統と革新を織り交ぜた寛永文化が階層を越えて広がることになった。この華やかな行幸が行われた時代は、学問・書跡・ 絵画・工芸など多様なジャンルで新趣に富んだ作品が生まれ、後に寛永文化と称される美意識が切り開かれることとなった。

TOPICS

2026年、京都に新しい祭りが誕生する!
寛永行幸四百年祭

2026年、「寛永行幸」から400年の節目を迎えるに当たり、オール京都の組織である「文化庁連携プラットフォーム」 のプロジェクトとして、「寛永行幸」の行事を再現し、当時の京都で花開いた「寛永文化」を振り返る記念祭「寛永行 幸四百年祭」が実施される。

御所から二条城へ向かった後水尾天皇の壮麗な行幸行列を、文献や風俗考証に基づく本物志向の時代行列として再現するイベントを実施。
実施日:2026年12月 6 日(日)
ルート:京都御苑~二条城東大手門(約 3 km)

●展覧会

寛永行幸四百年祭開催記念 特別展「寛永 太平がはぐくむ美」

会期:9 月19日 – 11月15日
会場:京都文化博物館

「二条城障壁画 展示収蔵館」原画公開

春期「背景の巨松 ~〈式台〉式台の間~」  4/20  –  5/31
夏期「将軍、着座す ~〈大広間〉三の間~」  6/13  –  8/11
秋期「玉座を飾った障壁画 ~〈大広間〉一の間・二の間~」  9/10  – 11/8
冬期「華麗なる宴の場 ~〈黒書院〉一の間・二の間~」  11/19 – 1/17

特別展 寛永行幸四百年記念「寛永行幸と花の都の文化びと」

会期:9 月 5 日 – 10月18日
会場:泉屋博古館

※その他、京都各地のミュージアムにおいても、「寛永」に関する展示を予定。

●能楽公演

公演日:2027年 9 月 6 日(日)
会場:金剛能楽堂

その他にも寛永行幸をテーマに……

●都をどり

令和八年 第百五十二回公演「都をどり」 を開催!

京都の桜の時期に開催される「都をどり」は、最も華やかで可憐な春の風物詩といえる。 
「都をどり」は2026年 4 月 1 日(水)〜 4 月30日(木)の間、 祇園甲部歌舞練場を舞台に京都最大の花街・祇園甲部の約 80名( 令和 8 年公演は 1 公演 53名の出演)の芸妓舞妓たちが魅せる舞の公演。

明治 5 年に第 1 回京都博覧会の附博覧(つけはくらん)(アトラクション)として創始され、2024年に150回目の節目を迎えた。通常はお座敷でしか会うことが出来ない芸妓舞妓だが、「都をどり」はお茶屋さん(お料理やお酒とともに芸妓舞妓のもてなしを提供する場所)とご縁がない一般の人々が誰でも鑑賞できる。

令和八年公演の演題は『寛永行幸都華麗(かんえいぎょうこうみやこのはなやぎ)』で、寛永行幸にちなんだ舞台が構成され、後水尾天皇の文化サロンを中心にした寛永文化に想いを馳せる。公演は八景という 8 場面からなるが、どれも季節ごとの雅で華やかな彩どりの絵巻のような舞舞台。二条城における饗応の場面はハイライトで、舞楽の舞や蹴鞠など、人間国宝 京舞井上流 家元 五世 井上八千代師の熱心な指導のもと、芸妓たちが、宮廷文化の雅を衣装と舞で表現する。

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