河合優実が三宅唱監督『旅と日々』の現場で実感した、現代のものづくりに必要なもの

つげ義春のコミックの醍醐味は、旅情を激しくかきたてられること。そして主人公の行動と思考を通して日常から突然、見たこともない風景へとワープすること。そのつげの短編作品「海辺の叙景」と「ほんやら洞のべんさん」を原作とする映画『旅と日々』の冒頭のエピソードで、日本のとある南の島を旅する若い女性、渚を演じるのが河合優実だ。彼女が象徴するのは、遠い世界へと誘われる旅の醍醐味と、日常に戻れなくなるかもしれない怖さ――。第78回ロカルノ国際映画祭にて金豹賞《グランプリ》に加え、ヤング審査員賞特別賞をW受賞した『旅と日々』での撮影秘話、そして三宅唱監督とのコラボレーションについて聞いた。

photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Mayu Takahashi / hair & make up : Yuko Aika (W) / interview & text : Yuka Kimbara

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河合優実(以下、河合):撮影前に「夏編」の指針を三宅監督が文章にした資料をいただいたのですが、そこに“バカンス”などいくつかのキーワードが書かれていて、どういう映画をつくろうとしているのか、なるほどと思うところがありました。その一方で、三宅監督ご自身もまだ掴みきれていない部分があるようで、迷いながら進めている印象もありました。

原作からはホラー的な要素や死の匂い、男女のすれ違い、コメディ的なニュアンス、そして土地の捉え方などを感じました。この豊かなイメージをどう映画にできるか、たとえば同じ海でも、どう撮るかで見え方がきっと変わってくるよねという話も監督としました。

“官能”というキーワードもありましたが、それは直接的なものではなく、むしろ自然の中で生と死に触れることで、つげさんの作品に漂う官能性をどう出すか、ということだったと思います。

河合:あります。渚という名前です。彼女と出会う髙田万作さん演じる青年は夏男。監督は、二人の出会いから生まれる官能性の捉え方について、かなり意図的に考えていたと思います。
ただ、うぶな男女の出会いを描くだけでは今さら感がある、とも話されていました。「恥ずかしがらずに、うぶな男女のすれ違いを撮ることも大事だけれど、それだけじゃない要素を大切にしたい」と、撮影前からおっしゃっていました。

河合:三宅監督はトンネルでの散策の場面で、「あの場所がカッコよすぎて撮るのがちょっと恥ずかしい」と言っていました。スタジオジブリのアニメみたいで、ちょっと決まりすぎているかなと。撮影チームは神津島のあちこちをロケハンで回られたようで、「このシーンの、このショットはここで撮ります」と事細かに決め込んでいました。

返浜やありま展望台、前浜海岸など割と有名な観光地もありましたし、どうやって見つけたんだろうという山中の道もありました。渚と夏男がだんだん日が暮れていく中で話す長いシーンは、島の中ではよく知られた場所ですが、そこもすごくこだわって決めていましたね。

渚にも生活があり、日々感じることがあって、リフレッシュみたいな目的でこの島に来ているんだろうなという匂いがありつつも、なぜ来たのかという理由を省いたことによって浮遊感が生まれ、何かを求めてここにやってきたのではなく「ただ彷徨ってみたい」という気持ちが際立ったように思います。現実では、女性があのように無邪気に一人旅を楽しむことは難しいかもしれませんが、渚は自分の性別をあまり意識していないのだと思いますし、そこに憧れや理想を感じます。

河合:面白いですね。確かに、渚は一度、幽霊設定になったときがあったそうなんです。つげさんが、原作「海辺の叙景」でおそらく意図的にこの女の子を記号的に描いていることから、三宅監督は渚をどういう人にするのかすごく迷ったそうで、その実体の見えなさに幽霊という設定の名残りがあるように感じます。ことさら危険な香りを漂わすわけではないけれど、夏男の立場からすると渚の影に誘われていくような物語になっていると思います。

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河合:バカンス映画というのは、監督は最初のキーワードとして話されていましたね。ジャンルとしてはバカンス映画となる予感はありつつも、そこに色々な要素のバランスを取っていくのか、逆に衝突させていくのか迷っていますと話されていて。参考資料として『みんなのバカンス』などギヨーム・ブラック監督作、ロベルト・ロッセリーニ監督の『イタリア旅行』などを挙げられていて、私もそれらの作品を観ました。

河合:最初に、私と夏男役の髙田さんで一緒に本読みをした際、1行1行検証するわけではないですけど、この台詞を言った時に何が変わったか、なぜ今その言葉を言ったのかなどの読み解きを、とてもフランクな形で行いました。語順を変えたらガラッとニュアンスが変わりますよね、みたいな話し合いをして、その時間がすごく楽しかったことを覚えています。そのことだけが目的だったというよりは、俳優もみんな同じ作り手として見ていますということを示してくださった時間だったととらえています。

撮影現場でも、何か感じたことがあったらいつでも言って、という姿勢でいてくださいました。監督がコントロールするのではなく、一緒に感じていくような現場でしたね。それでいて完成した映画は巧みに編集されていたので、本当に「素晴らしい、拍手!」という思いでした。

渚が水着になる場面も、漫画で読むと確実にドキっとしますし、原作通りの展開ではあるのですが、何も変えずに、けれど再解釈をしていてすごいなと。そのあたりのバランス感覚がとても現代的だなと感じました。

河合:全く趣が変わりますよね。韓国語の独白も含め、シムさんが演じている李の中には言葉にできないことがいつもあるんだろうなということがわかります。だからこそ、すんなり彼女が旅に出ることにつながっていて。

三宅監督は、動機としてはまずシムさんという俳優と仕事をしたいだけだったと話されていましたが、とても大きな要素が足されたなと思っています。李さんの独白は、彼女が日常において日本語で話している時と違う脳みその動き方を感じるというか。

「冬編」の撮影の時、ロケ先の山形県へ見学に行ったのですが、その時、シムさんがすごく親しみを持って接してくださり、本当に楽しくて。人を笑わせるのが多分大好きな方で、それでいてひょうきんということではなく、また違うユーモアがあるんです。一緒にいて楽しいし、どうしても好きになる魅力があります。完成した映画でも素晴らしく、こういう風に映りたいなと感じるところがありました。

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河合:ロカルノはセレクションの委員会の方々の顔が見えて、こういう方々に選んでもらっているんだなということが実感としてよくわかりました。カンヌは規模が大きく、個々人の顔は見えづらかったのですが、そのことを含めて守られてきた格式があることがわかりました。出会いは毎回新鮮で、先日、ニューヨークで開催されたジャパンカッツでは、ジャーナリストも観客もたくさんの日本映画を見ていて感動しました。東京国際映画祭では、素敵な出会いがありそうで楽しみです(※アリ・アスター監督の『エディントンへようこそ』の上映でトークイベントに参加)。

河合:たまたま続いたことはありましたが、ついてまわるイメージがどんなものであれ自分自身は意外と楽観的といいますか、常にやってみたい作品やいってみたい世界に飛び込んでいれば、長い目で見て俳優像みたいなものは自然に変わってくるかなと思います。自分としても予想しなかったところに行ってみたい、という気持ちがずっとあります。

河合:昔の映画を見ていて、監督の人柄は分からなくても感動することがたくさんあります。ただ、あらゆる意味でこれからも思いやりのある人の映画が見たいですし、そういう方と仕事をしたい。過去の名作への敬意とはまた別に、三宅監督のように、周囲へのリスペクトを自然に持つことが、今のものづくりにとって必要だと思います。


Yuumi Kawai

2000年生まれ、東京都出身。2021年に映画『サマーフィルムにのって』『由宇子の天秤』での演技が高く評価され、各賞新人賞を受賞。’23年、『少女は卒業しない』で映画初主演、「家族だから愛したんじゃなくて愛したのが家族だった」でドラマ初主演を果たす。’24年に主演映画『ナミビアの砂漠』『あんのこと』で、第48回日本アカデミー賞、第67回ブルーリボン賞、第98回キネマ旬報ベスト・テンなどで主演女優賞を受賞。近年では映画『敵』『悪い夏』『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』『ルノワール』連続テレビ小説「あんぱん」など話題作への出演が相次ぐ。

『旅と日々』

眩しい夏の海で、ビーチの似合わない男が陰のある女に出会い、ただ時を過ごす——。脚本家の李は、執筆に行き詰まりを感じて冬、一人旅に出る。そこで出会ったのは、雪の重みで今にも屋根が落ちてしまいそうなオンボロ宿のものぐさな宿主、べん造。暖房もなく、布団も自分で敷く始末。特別じゃない旅の行く末は。
監督・脚本:三宅唱
出演:シム・ウンギョン、堤真一、河合優実、髙田万作、佐野史郎、斉藤陽一郎、松浦慎一郎、足立智充、梅舟惟永
全国公開中。ビターズ・エンド配給。©︎2025『旅と日々』製作委員会

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