長編監督デビュー作『こちらあみ子』で数々の映画賞に輝いた森井勇佑が、大沢一菜と再び組み、中尾太一の詩集「ルート29、解放」に着想を得た新作映画を生み出した。11月8日に劇場公開を迎える『ルート29』だ。
鳥取で清掃員として働くのり子(綾瀬はるか)は、仕事で訪れた病院で患者に「姫路にいる娘を連れてきてほしい」と頼まれる。その依頼を受け入れたのり子は姫路に出向き、託された写真を頼りにハル(大沢一菜)という少女を見つけ、連れ立って鳥取へと向かうが――。姫路から鳥取へと続く国道29号線を舞台に、2人の風変わりな旅が始まる。
『こちらあみ子』に魅せられたという綾瀬が森井ワールドの住人となり、大沢と豊かな空気感を創出。和やかな空気のなか、作品の制作秘話や「演じる」ことへの想いをおふたりに語っていただいた。
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Mayumi Nishi(Haruka Ayase), Mihoko Tanaka (Kana Osawa) / hair & make up : Masako Ide (Haruka Ayase), Go Utsugi (Kana Osawa) / interview & text : SYO
映画『ルート29』より
――トンボ/のり子が着ているピンクのツナギ、髪型やメガネが素敵でした。トンボとハルはそれぞれにピンクと水色と対になっているようにも感じましたが、衣装合わせの際等どんなお話をされたのでしょうか。
綾瀬はるか(以下、綾瀬):のり子に関しては、森井監督に「この色」という明確なイメージがあって、ヘアスタイルも同様でした。ここにポケットを付けるのか、ポケットにフラップを付けるのか等々の細かい部分は衣装部さんが行われていましたが、基本は森井監督の中で決まっていました。
大沢一菜(以下、大沢):ハルに関しては、とにかく動きやすい服というのがあった気がします。実際移動も多いですし、撮影中も動きやすかったです。
綾瀬:私は意外と生地が固くて、Tシャツの上にツナギを着ていることもあって風を全く通さなくて暑かったです。ツナギって動きやすいし楽だと思っていたけれど結構疲れるものなんだと知りました(笑)。
――大沢さんは、『こちらあみ子』と本作で、森井監督に何か違いは感じましたか?
大沢:性格や撮り方は一緒でしたが、綾瀬さんの前ではカッコつけていました。そこは一番違うところだと思います。
綾瀬:多分、一菜ちゃんとは親戚みたいに仲良しだけれど、私とは初めてだからまだ距離感があって大人として接していたんじゃないかな。
大沢:いや、綾瀬さんへの話しかけ方がちょっと……カッコつけていました。
――距離感でいうと、今回は順撮り(脚本の順番通り、ひいては時系列順に撮影すること)だったと伺いました。綾瀬さんと大沢さんご自身の関係性の変化が、映像にも反映されていったのではないでしょうか。
綾瀬:そうですね。トンボとハルがいつの間にか仲良くなっていった感じとよく似ているかと思います。最初は一菜ちゃんは本当にシャイで、話しかけに行っても恥ずかしがって布をかぶってしまうような状態でした。でも最後の方になると「疲れてない?」「お菓子あげる」といったように、会話がどんどん増えていって、距離感も縮まって仲良しになれました。
大沢:最初はもう、めちゃくちゃ緊張しちゃっていました。
綾瀬:石を乗っける遊びをしたり、SPごっこをしたよね。一緒にご飯を食べたりお祭りに行ったり、撮影の本番以外にも、たくさん一緒に過ごせました。
――森井監督独自の豊かな世界観を感じられましたが、大沢さんは「言いづらいセリフは言わなくていい」とお話があったそうですね。ちなみに台本のト書きには、どんな言葉が書かれていたのでしょう。
綾瀬:「タバコをくわえる」などの簡単なものでした。一菜ちゃんは台本を取り上げられて、途中で返してもらったんだよね?
大沢:『こちらあみ子』のときもそうでした。練習したとしても「忘れてください」と言われて。
――となると、用意したものを演じるというよりも国道29号線を実際に歩いていくなかで感じたことを表現していくような撮影手法だったのですね。
綾瀬:そうですね。ただ、道で車がひっくり返っていて変わったおじいさんがいたり、レストランの人が妙な雰囲気だったりと、風変わりな人物たちに出会い、受け入れていくお話でもあるので、一菜ちゃんと2人で不思議な世界を一緒に旅しているような感覚ではありました。
大沢:実際にあんなことが起きたらちょっと怖いですよね。
綾瀬:そうだね。
大沢:ハルでいうと、トンネルで叫ぶシーンはちょっと意外でした。実際に歩いていくんじゃなくて、声で確かめて別の道を行くから「ハルはこういう風にするんだ」と思いました。
綾瀬:ハルちゃんもちょっと変わったところのある女の子でしたが、私自身がそういう世界観だと思っているからなのか、自然と受け入れられました。引っかかったところは特になかったように思います。
映画『ルート29』より
――確かに、ある種の違和感を覚えるのは観客サイドかもしれませんね。となると、テイクを重ねたシーンなどもそこまでなかったのでしょうか。
大沢:のり子とハルがホテルにいるシーンで、ハルがお母さんの話をしながら自分の気持ちを打ち明けるところは何回か重ねました。監督にとってすごく大切なシーンで「一人で宇宙にいる気持ちになってくれ」と言われたのですが、どういうことか全くわからなくて難しかったです。
綾瀬:私も、監督に「のり子は自分の中の宇宙が大きい人です」と言われたので、監督の中で“宇宙”というキーワードがあったのかもしれません。自分独自の世界観があるということだと私は捉えましたが、本作に登場する人物は皆それぞれの宇宙を確立しているから、他者にあまり影響されることが少ない気がします。だからこそ、ある種強烈な人に出会っても「この人の宇宙はそんな感じなのね」と受け入れられるのかな、と解釈していました。
――綾瀬さんはこれまで数多くの作品に出演されてきて、演出を受ける際に言葉を咀嚼するコツなどはあるのでしょうか。
綾瀬:森井監督の場合は、「監督はそうやって物事を捉えている方なんだ」と思ったらスッと納得できました。言葉尻を捉えて「それってどういう意味ですか」と細かく聞くのではなく、感覚で受け取ったものをそのまま感覚でやってみる、といった感じでしょうか。もちろん、演出の意図や言葉が全く分からない監督の場合は、もう少しかみ砕いて説明いただけるように質問することはあります。
森井監督においては自分の中でとても信頼を置ける監督、という前提がありましたし、監督が撮りたいものにたいして迷いがない方だということもわかっていたので、表現が感覚的であってもつまずくことはありませんでした。ちなみに一菜ちゃんは、森井監督が言っていることがわからないときはどうしてた?
大沢:流してました。
綾瀬:そうだったんだ!(笑)
――いまのお話を伺って、森井監督ご自身が作中の登場人物と通ずる部分をお持ちなのかも、と思いました。
綾瀬:私もそう思います。のり子は実は監督を投影しているんじゃないかと思う時が何回もありました。メガネの形も似ていますし(笑)。
――大沢さんは「演じる」ということに対して、今どんな想いを抱いていますか?
大沢:あみ子とハルは自分自身とそんなに変わらない気がしていますが、他の作品で演じた子と自分は全然違います。自分みたいな子を演じる楽しさと、全く別の子を演じる感覚の両方を今、経験している最中です。ただ、(大なり小なり関係なく)自分と違う人を演じる楽しさは、十分沁み込んでいる気がします。
(ここで森井監督が遠くから見つめている姿を発見し、大沢さんが「狂気だ!」とツッコむ微笑ましい一コマも)
――綾瀬さんにとって、「演じる楽しさ」はどういったものでしょう。ずっと変わらないのか、あるいは時々目減りしてしまって、また足していくのか……。
綾瀬:最終的には「楽しい」なのでしょうが、実際に演じているときに「楽しい」と思ったことはあまりありません。まず先に「大変だな」があります。やはり自分じゃない何かになることは常に想像し続ける作業でもあるので、頭をずっと使い続けることになりますから。
――これまでに「役が抜けない」といったご経験はありましたか?
綾瀬:若いときはありましたし、役が抜けちゃいけない、自分がその役を一番理解していつ何時もその役でいなきゃいけないと思っていた時期もありました。でも年齢を重ねていくとだんだん体力もなくなってきますし、オンとオフをわけることでより集中しやすいと知ったこともあって、いまはちゃんと切り替えることが自然なことになっています。
『ルート29』
他者と必要以上のコミュニケーションをとらないのり子は、鳥取の町で清掃員として働いている。ある日、仕事で訪れた病院で、入院患者の理映子から「姫路にいる私の娘をここに連れてきてほしい」と頼まれ、その依頼を受け入れて単身、姫路へ。理映子から渡された写真を頼りに、のり子が見つけた少女・ハルは、林の中で秘密基地を作って遊ぶような風変わりな女の子だった。初対面ののり子の顔を見て、「トンボ」というあだ名をつけるハル。さまざまな人たちと出会いながら、姫路から鳥取まで一本道の国道29号線を進んでいく2人の旅が始まった──。
監督・脚本:森井勇佑出演:綾瀬はるか、大沢一菜、伊佐山ひろ子、高良健吾、原田琥之佑、大西力、松浦伸也/河井青葉、渡辺美佐子/市川実日子
Haruka Ayase 1985年生まれ、広島県出身。2000年、デビュー。’04年に『雨鱒の川』で長編映画初主演をはたす。同年、TVドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」でゴールデンアロー賞新人賞を受賞。以降、「白夜行」や「ホタルノヒカリ」シリーズなど多くの主演ドラマが話題を集める。’08年、『僕の彼女はサイボーグ』『ザ・マジックアワー』『ICHI』『ハッピーフライト』と4本の映画に出演し、第32回山路ふみ子映画賞新人女優賞や第21回日刊スポーツ映画大賞主演女優賞を受賞。’09年に映画『おっぱいバレー』でブルーリボン賞主演女優賞を受賞。’13年にはNHK大河ドラマ「八重の桜」で主演を務めた。’15年、映画『海街diary』で毎日映画コンクール、ヨコハマ映画祭の主演女優賞を受賞。その他の出演作に、ドラマ「JIN/仁」シリーズ、「義母と娘のブルース」シリーズ、『はい、泳げません』(’22年)『レジェンド&バタフライ』『リボルバー・リリー』(ともに’23年)などがある。
Kana Osawa 2011年生まれ、東京都出身。’22年の映画『こちらあみ子』で応募総数330人の中からオーディションで選ばれ、主人公のあみ子役でスクリーンデビューを飾った。同作で第36回高崎映画祭最優秀新人俳優賞を受賞する。その後、TVドラマ「姪のメイ」にメイ役で主演。宮藤官九郎が企画・監督・脚本を担当した配信ドラマ「季節のない街」にはホームレスの少年役で出演した。’23年はNTT東日本「ミライはどこから来るの?」のCMに、’24年にはRM(BTS)2ndソロアルバム『Right Place,Wrong Person』収録曲「Domodachi (feat. Little Simz)」のMVにも出演し、多くの注目を浴びた。
綾瀬さん着用:シャツ ¥246,400、トラウザー ¥196,900、ベルト ¥61,600、シューズ ¥163,900 ロエベ(ロエベ ジャパン クライアントサービス)/ イヤカフ ¥17,600 バランス(ザ・ウォール ショールーム) / チョーカー ¥57,200 サピア バハール(フィルグ ショールーム)
お問い合わせ先:
ロエベ ジャパン クライアントサービス TEL 03-6215-6116
ザ・ウォールショールーム TEL 050-3802-5577
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