自分一人の人生では気づけなかったはずのことに気がつくことができ、価値観の幅が広がった ——神尾楓珠
——言葉が凶器にも救いにもなるというところで印象的なセリフも多い本作ですが、ある場面で純が「世界を簡単にしたくない」と言うセリフは、特にインパクトがありました。山田さんにはどう響きましたか?
山田:紗枝は、純の性的指向を知る前は楽しくBLという”ジャンル”を消費していました。それはまったく悪いことではないけれど、「ジャンルとしての楽しい消費」の裏には、純のように傷つく人もいた。すべてに真摯に向き合うことは難しくても、知って考えることならできます。だから「分かる、世界を簡単にしたくないよね」って思いました。
神尾:それは普通って何なんだっていう話にもなってくる気がします。僕にとって、普通は「歴史」。「歴史」に自分をなぞらえなければいけないかといえばそんな義務はないし、人に自分の「歴史」を押し付けることも、ある種の人格否定になりかねないことだと思う。それぞれの個性やアイデンティティを、大きなものにまとめようとする態度が、世界を簡単にするっていうこと。
僕自身は、小さい時から自分で普通の枠にハマりにいくタイプだったんです。はみ出ないように生きなきゃという意識が強かったから、ちょっとでも皆と違う人がいると「なんだあいつ」と思うような。でも人を無理矢理”こっち側”にする必要はないんだと、今なら思います。
山田:うん。何かするときに、「普通こうする」とか「普通はさ・・・」と枕詞につけることで、自分を守ろうとすることってありますよね。その枠に守られる半面、縛られて、本当の自分が見えなくなってしまうこともあって。
私自身、そういう「普通」という枠にとらわれないで自由に生きていきたいと思うけど、実際には勇気がなかったり、思うようにできなかったりもする。でも、何か行動には移せなくても、考えることはできて。一人一人が少しでもほかの人について考えることで、皆が生きやすくなる気がします。
映画『彼女が好きなものは』より。純の恋人・誠(今井翼)と、純。
——純には本心を見せられる相手として、誠とMr.ファーレンハイトという2人の男性との関わりがありますよね。役作りのうえでは、実際どのように関係性を作っていかれたのでしょうか?
神尾:純にとっての誠さんは、自分の「そうありたい姿」を見せられる人。僕自身も今井(翼)さんとしゃべる時は繕ったりせず、ちゃんと自分の言葉で話すことを意識していました。そうしたら、今井さんもフランクに話しかけてくださったりして、そんな空気感から関係性を作れたかなって思います。
Mr.ファーレンハイトの磯村(勇斗)くんの場合は、逆に現場ではあまり話さなかった。もともと顔見知りではあったんですけど、今回は最低限の会話だけで、同じ空間にいても別世界という感じで撮影していました。だから、現場で一緒になったっていう感覚があんまりないんです。挨拶だけしたな、そういえば、みたいな(笑)。一緒の部屋にはいるけど、僕自身が本当に画面の中の相手だと思っていたので、共演した感じもあんまりない(笑)。
山田:(笑)。
神尾:撮影は紗枝と純の出会いから始まっていたし、ほとんど脚本の順番どおりだったよね?本屋のシーンを撮って、学校を撮って、ファミレス撮って・・・って。
山田:うん、そうだった。
神尾:そのおかげで、紗枝と純の関係性も自然に作られていきました。
映画『彼女が好きなものは』冒頭のふたりの出会いのシーン。
——そうだったのですね。クライマックスの体育館のシーンはいかがでしたか?私は、あの場面での山田さんの凄まじさを忘れられません。
山田:嬉しい、ありがとうございます。正直、あのシーンはすごく気が重くて……(笑)。撮影に入ってからもずっと、「あ〜あと1週間後(にあの場面)だな」などと、ずっと思っていました。
映画『彼女が好きなものは』のクライマックス。
——セリフ量も膨大ですしね。
山田:はい。実はセリフ量ではあまり苦労していないのですが、あの場面は、紗枝が自分の思いを純に届ける、本当に大事なところだったので。さらに草野監督が、何度もテイクを重ねるのではなく「じゃあやろう」と言って長回しで撮ってくださったのもあって、リアルに緊張感もありました。
やっぱり紗枝としてすごく苦しんできたし、純のことをたくさん考えてきたし、その思いを余すことなくあそこで言ってあげたかったんです。大事に大事にセリフを話していました。
——これまでうかがってきたお話で、本作から感じる「真摯さ」の理由を知ることができました。お二人自身には、本作はどのように影響しているでしょう?
神尾:この映画で純を演じて、また観客としても映画を観たことで、今まで考えてこなかったことを考えさせてもらいました。今まで「何か変だな」と思っていた違和感の正体が、この映画ではきちんと言語化されている。そのことで自分一人の人生では気づけなかったはずのことに気がつくことができ、価値観の幅が広がったんです。
この作品のメッセージが、もっとこれからの世代の人達にも伝わったらいいですよね・・・あ、でも世界を変えたいとか大それたことは考えてないですよ。この映画が、一人でも誰かの気づきになったらいいなと思います。
山田:私は、自分が分かったつもり・理解したつもりになっていないかなと考えるようになりました。「分かってる」って思っている方が楽なんですけど、そこをもっと突き詰めていくと、この言い方すら誰かを傷つけていないかなと思います。
そして、どんな人も皆、本当の自分を邪魔されないで生きられればいい。こうした願望を言うだけなら、またそれは現状のままでいいのかということにもなるので、もっともっといい方向に変えていけたらと思います。
Fuju Kamio ● 1999 年生まれ、東京都出身。2015 年俳優デビュー。2019 年に TVドラマ「左ききのエレン」で連続テレビドラマ初主演。映画『HiGH&LOW THE WORST』(‘19年)、『転がるビー玉』『私がモテてどうすんだ』『ビューティフルドリーマー』(すべて‘20年)、『樹海村』(‘21年)などに出演。公開待機作に『20 歳のソウル』(‘22 年公開予定)。
Anna Yamada ● 2001年生まれ、埼玉県出身。映画『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』(2016年)で映画初出演。映画『ミスミソウ』(‘18年)で映画初主演を務め、『小さな恋のうた』(‘19年)で第41 回ヨコハマ映画祭で最優秀新人賞を受賞。近年の主な出演作にドラマ「荒ぶる季節の乙女どもよ。」(‘20年、W主演)、映画『名も無き世界のエンドロール』、W主演映画『樹海村』、主演映画『ひらいて』(すべて’21年)など。
(神尾さん着用)シャツ¥20,900、タートルネックニット¥15,400、パンツ¥39,600 全てユハ/ネックレス¥17,000 ハリム(スタジオ ファブワーク)/その他スタイリスト私物
(山田さん着用)ワンピース ¥59,400 カレンテージ(メルローズ)/ シューズ ¥74,800(カチム)/その他スタイリスト私物
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ユハ TEL 03-6659-9915
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