映画『ちょっと思い出しただけ』公開目前!
映画監督・松居大悟×俳優・池松壮亮対談。
何でもない日々と、個人の切実な生を映し出す先に

葉と照生の二人の時間や、照生が一人でいる時間の密度を上げていくことを考えていました(池松壮亮)

――池松さんが演じた照生は、葉との関係性の始まりにおいて自分からはなかなか一歩を踏み出さない人ですよね。伊藤沙莉さん演じる葉ちゃんが、自分からアピールする人だから、二人はスタートする関係ですが、もし、葉ちゃんが自分から踏み出さなければ、照生にはダンスというかけがえのないものがあるから、恋人はいなくてもよかった6年間だったかもしれない。照生にはそういうある種の残酷な表現者としてのストイックな一面がありますよね。

池松 それは初めて言われました。

――そういう感覚を池松さん自身がよくご存じで、今回は表現者としてのエゴを出したんじゃないかと思って見ていたんですけど。

池松 身に覚えがありますね(笑)。でも、今回に関してあまりそこは考えたり、掘ってはいないですね。もしそうだとしたら松居さん自身も持っている作家や表現者としてのストイックというと聞こえは良いですが、態度が照生に出ていたのではないかなと思います。

――では、掘ったところはどの部分ですか?

池松 色々ありますが、一番詰めていったのは、さっき松居さんが言った、特別じゃないものを並べていくこと。それを具現化していくことです。恋愛映画の鉄則として、人生の特別なフラッシュバックのようなものが必要で、それを皆があらゆる角度から映しているのが恋愛映画のフォーマットだと思うんですね。けれどこの映画ではそういうものを選ばず、積み上げていった結果でいかにして日常を特別なものに見せるかを選んでいます。そのために、密度や質をちょうど良い所に上げていくことを考えました。葉と照生の二人の時間や、照生が一人でいる時間の密度を上げていくことを考えていましたね。

――なるほど。照生の部屋が素晴らしいですね。あの部屋に池松さんがいるだけで……。

松居 一生見てられますよね。台本の段階から、照生の部屋の中にあるものから彼がどういう日々を送ったのかを見せるという構想がありました。掛け時計の時間の出し方や、役者よりも先に装飾が見えてくる感じ……。照生の家の小道具は、ほとんどお芝居の一部なんです。美術の相馬直樹さん、装飾の中村三五さんとは事前に多くの打ち合わせをしていて、葉と照生はどういう風に同棲しているのか、葉は照生の部屋にどれくらいいたのかなど、細かく話し合いました。お二人からもかなり提案をもらっている中、相馬さんがこだわっていたのは不思議なところで、ラジオの隣に置かれていた水飲み人形。あれがあるといいんですってヒソヒソ言っていたなぁ(笑)。お二人が大切に持っていた小道具を家から持ってきていただくこともあって、全部がいい方向に向かいました。それによって照生と葉の時間が埋められた部分もあると思います。

池松 生活、2人の記憶が映るものは全て重要だったと思います。特に劇中、照生と葉が見ているジム・ジャームッシュの映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』はこの映画において重要な意味を持っています。松居さんの前作『くれなずめ』は夕刻の暮れなずむカットで終わり、『ナイト・オン・ザ・プラネット』はロスの夕焼けからヘルシンキの夜明けで終わる。
 僕は、今、映画ができることは観た人に夜明けを見せることだと思っています。準備段階から、2021年の照生が部屋の窓から夜明けを見るということが重要だと話していました。その意味であの部屋は完璧なロケーションでしたが、僕は当初、照生の部屋となる場所を横浜で借りると聞いたときに反対してしまっていたんです。

――へえ、なんでですか?

池松 『ナイト・オン・ザ・プラネット』がinロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキと都市の話なので、僕らは「東京」を映さなくちゃいけないんじゃないかと。でも、あの部屋を見て納得しました。

松居 映画で採用したあの照生の部屋は、太陽が昇る方向がちょうど窓から見えるんです。

――あのラストを見たら、その日は眠れないですよね。私は夜にこの作品を観ちゃったから寝れなくなっちゃって、そのまま夜更けまで待ってしまいました。

池松 うれしい感想ですね。

松居 朝日が来るのを待つ場面で、深夜2時過ぎから照生の部屋に入って、ずっとリハーサルをしながら待っていたんですよ。朝日が出てくるまでの攻防戦が凄くあった。みんなが、太陽が昇ってくるのをじっと待ってる瞬間がめちゃくちゃよかったですね。

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