若手ファッションデザイナーの登竜門、イエール国際フェスティバル(International Festival of Fashion, Photography and Fashion Accessories in Hyères)が、10月16日から3日間の日程で開催され、受賞者が決定した。

フェスティバルの会場「ヴィラ・ノアイユ」にて。ファイナリストたちの作品展示。
今年は40周年を迎えた記念回。審査団には豪華な顔ぶれがそろい、ファッション部門ではモード界の大御所ジャン=シャルル・ド・カステルバジャックが審査委員長を務め、ヴィクター&ロルフ、ジュリアン・ドッセーナ(パコ ラバンヌ)、アレクサンドル・マテュッシ(アミ)、クリステル・コシェ(コシェ、ルマリエ)などの著名デザイナーが集結した。


プレゼンテーションによる審査の様子。
また数日前には、フェスティバルを主催する現代アートセンター「ヴィラ・ノアイユ(Villa Noailles)」の新ディレクターに、ユーゴ・ルッキーノ(Hugo Lucchino)が就任。新たな門出を迎えた会場は、祝福と期待の熱気に包まれた。



写真上左:花束を手にしたルッキーノ氏(中央)とパスカル・ミュサール会長。上右:授賞式を見守る観衆と審査員たち。下:受賞者を発表するカステルバジャック審査委員長。両脇のヴィクター&ロルフはかつての受賞者でもある。
【ファッション部門】
⭐️ グランプリ(Grand Prix of the Fashion Jury)
ヨーロッパからアジアまで、多国籍のファイナリスト10人が最終審査に臨んだ今回、みごとグランプリを獲得したのは、スイスとチリにルーツを持つリュカ・エミリオ・ブリュネ(Lucas Emilio Brunner)。
1999年生まれのリュカは、昨年、ラ・カンブル国立美術学校を卒業。メゾン マルジェラでのインターンシップを経て、現在はジュネーブを拠点に創作活動を行っている。

出品作は、風船を題材にしたメンズコレクション。もともとは大道芸人からインスパイアされ、細長い風船をねじって動物の形を作る技法に興味を抱いたという。そこから発想を広げ、バルーン・ツイストのタータンチェック風ジャケットを制作したのが出発点となった。

ファイナリストの特権であるシャネルのメゾンダールとのコラボレーションでは、シャネルのメゾンダールの一つであるコスチュームジュエリーのアトリエ「デリュ」とタッグを組み、本物のバルーンさながらのクラッチバッグを制作。風船をモチーフにしたディテール、グラフィックなバルーン・ストライプもユニークで、全体を通して奇想天外なアイデアに秀でていた。


受賞後、リュカは「受賞できて嬉しいです。でも、いちばんよかったことは経験そのものでした」とコメント。
「自分のプロジェクトを続けられること、そしてシャネルと協働できることが、僕にとっては大切でした。受賞はもちろん大きなチャンスですが、あくまでプラスアルファのもの。ここに来た目的は、人と出会い、交流し、コラボレーションすることだったんです」






グランプリの副賞は、シャネルによる支援金2万ユーロ(約354万円)。これは、シャネル傘下のメゾンダールとの新たなコラボ・プロジェクトのために授与される。
「ファッションを学んでいる人たちに言葉をかけるとしたら『とにかく作って』と伝えたい。それに尽きます。作り続けていると、バラバラに思えていたものに共通点が見えてきます。頭の中で点だったものが、少しずつ線になり、形になっていく。それが成長のプロセスだと思うんです。うまくいかないことも多いけれど、それも大切な経験。失敗の中から新しい発見が生まれます」
⭐️ le19Mメティエダール賞(le19M Métiers d’Art Prize)
le19Mメティエダール賞を受賞したのは、同じくラ・カンブル国立美術学校を卒表したフランス人のアドリアン・ミシェル(Adrien Michel)。

この賞は、メティエダールの職人技をいかにコレクションに生かせるかを競うもの。アドリアンは「アトリエ ドゥ ヴェルヌイユ アン アラット」と組み、キルティングのような風合いのアウトドア用バッグを制作。このほか、トレンチコートのベルト構造を応用したバッグも共作した。


全体のコンセプトは、テクニカルなスキーウェアと現代のメンズウェアの融合。トレンチコートをベースにしつつ、パファー仕立てにするなど、機能的な要素を取り入れている。スキーへのこだわりは、祖父がスキー板職人だったことから。丸みのある独創的なシルエットは、家具デザイナーのマルティノ・ガンパーの椅子から着想を得ている。


アドリアンにもシャネルからの支援金2万ユーロが約束された。
⭐️ アトリエ デ マチエール賞(L’Atelier des Matières Prize)
アトリエ デ マチエール賞を受賞したのは、ポーランドとパレスチナにルーツを持つレイラ・アル・タヴァヤ(Layla Al Tawaya)。レイラはパーソンズ・パリを昨年卒業し、イリス ヴァン ヘルペンでのインターンシップで、緻密なハンドワークのスキルを磨いた。

この賞では「アトリエ デ マチエール」が提供するデッドストックやリサイクル素材を用いて、各ファイナリストが作品一体を制作。その中から最優秀作品が選出される。受賞作品はメインコレクションを発展させたロマンティックなメンズウェア。バイカージャケットとフリルを掛け合わせ、さらにスタッズをプラスすることでエッジーに仕上げている。


マスキュリンとガーリーのコントラストを効かせたスタイルのミックスに加え、ダイナミックなボリュームの遊びも印象的。ハード素材をレース風にカットするなど、凝ったディテールも際立っていた。


レイラには「アトリエ デ マチエール」より1万ユーロ(約177万円)相当の素材が贈られる。
⭐️ スーピマ賞(Supima Prize)
今回新設されたスーピマ賞は、スイス人のノア・アルモント(Noah Almonte)が受賞。ノアはフランス・モード研究所(IFM)を昨年卒業し、現在はパリのロエベでジュニアデザイナーを務めている。

この賞は、スーピマ・コットンを最も優れたかたちで活用したファイナリストに授与される。審査基準は「創造性」「クオリティ」「変革」。ノアはスーピマ・デニムのジャケットとパンツのアンサンブルを制作し、ローブデコルテのようなディテールを組み合わせることで、クチュールのエレガンスを添えた。


コレクションのインスピレーション源は、ゲームの世界に登場するデジタル・アバター。未来的でポップでありながら、どこかシックなスタイルを目指したという。ポケットを配するなど、実用性にもこだわった現代的なデザインとなっている。


ノアには次回のコレクション制作のための生地と、ニューヨークで開催される「Supima Design Lab」への招待旅行が贈られる。
⭐️ 市民賞(Public Prize – City of Hyères)
市民賞に輝いたのは、レバノン出身のユーセフ・ゾグヘーブ(Youssef Zogheib)。昨年パーソンズ・パリを卒業したユーセフは、エルメスとディオールのメンズ部門で経験を積んだ。

コレクション制作では、軍服と人間性の関係を探求。大戦下のクリスマス・イブに襲撃に遭い、着用していたドレスの上に制服を重ねて出撃した英国兵士たちの写真から着想を得ている。


軍人だった父の記憶も重ね、軍服がパワーを象徴する一方で、人間の内面を抑圧してしまうと考え、それらを取り戻すことを意図した。そのため、軍服の構造を持ちながらも、軽やかさやフェミニティを秘めたデザインになっている。素材では、生地メーカーとのコラボにより、当時の軍服生地を現代版に再解釈。深い思索に基づく作品である。


Catwalk pictures : © Arnel de la Gente / Courtesy of Villa Noailles
Photos & Text : B.P.B. Paris