西谷真理子=文


VOL.1 日常がファッションの主要テーマになった。

tactac26_210407a.jpg
36.jpg
tactac27_210407c.jpg

tac:tac 2021A/W


 1年もすれば収束するだろうと2020年の初めは誰もが考えていた新型コロナウィルスの世界的な感染拡大が止まらない。少し収まっては、新しい変異種が現れ、ワクチンも万能ではないのだろうか。国の公式発表がフェイント続きで、国民は、自ら気をつけるしか身を守る方法はない、もしくは、閉じこもるだけの自粛状態はいつまでも続けられないと、自ら納得して行動を始める人もいる。


 そんな中、東京ファッションウィーク(Rakuten Fashion Week Tokyo FWT)期間中(3/15~20)のコレクション発表と、その前後の展示会を通して、ファッションの世界においても、このコロナ禍をきっかけとして生まれた変化が前シーズン以上に鮮明になってきたように思えた。


 Rakuten FWTでは、恒例の海外のジャーナリストの招聘や、アジアを中心に、まだまだ日本では知られていないデザイナーのショーをまとめて開催する試みが昨年に続き、今回も中止になってしまった。その代わりに、by Rと名付けて、パリなど海外に発表の場を移した人気デザイナーの凱旋ショーを東京で行って、ファッションウィークを活気付けることになった。今シーズンのby Rは、beautiful people(3/15) FUMITOGANRYU+Yoshikazu Yamagata(3/16) undercover(3/19)というラインナップだったが、コロナ禍という情勢を配慮して、ショー会場での招待数を制限し、オンラインでも同時配信された。


 さて、欧米のコレクション同様、日本でもオンライン配信という形でのコレクション発表になったことのメリットは、なんといっても、ショーを見るという行為が、誰でもいながらにして可能になったことだろう。リアルなショーを実現したブランドは、by R以外にもKEISUKE YOSHIDA MIKIOSAKABE RYNSHU 3/15 MIKAGE SHIN 3/16 BALMUNG(3/17)NEGLECT ADULT PATIENTS(3/18) ATSUSHINAKASHIMA(3/19) sulvam RequaL 3/20 など16ブランドに上ったが、それぞれが、リンクにアクセスすれば、地方はもちろん、海外であっても、視聴可能なのだった。そしてそのほとんどがアーカイブとなって、後からも見ることができる。
 かつて、ファッションショーはバイヤーやジャーナリストあるいは顧客などの「関係者」しか見ることができない決してオープンとは言えないイベントだったのが、コロナをきっかけに、オープンになったことの意味を探ると、いろいろなことが見えてくる。


 さて、3回にわたるリポートでは、3つの視点からコレクションを眺めてみたい。第1回は、「日常」にした。いうまでもなく、このコロナの長い外出禁止、あるいは、自粛要請によって、在宅ワークがかなり一般化している。そして、ライブや舞台上演、スポーツ観戦、あるいはパーティなど、さまざまなイベントは中止になったり、規模が縮小されたりして、特別な外出の機会は減ってしまった。当初は「ファッションは不要不急」という標語(!)が、ファッション関係者の意気を削いだものだったが、そこを考え直すデザイナーたちもまたいた。
 特別の、つまり非日常の機会のためのドレスアップこそがファッションなのだろうか?毎日家にいて、ZOOM会議でしか人に会えないのなら、画面越しに装うという発想も生まれて不思議ではない。いや、人に見せるためでなく、日々自分が快適でいられる服装を追求することだって、立派なファッションのモチベーションではないか。このように「日常」は、日本だけでなく、パーティという特別なオケージョンが日本以上に存在する欧米でも、改めてファッショントピックとして、浮上してきているのは、おもしろい現象といえる。たとえば、パリのブランドAltuzarraでは、comfort(心地よさ)をテーマにコレクションを組み立てた。「心地よい、だけどファッション」という視点は、新奇さを競うパリモードの中では珍しいのかもしれない。以下は、今シーズンオンライン配信された動画である。

 Rakuten FWTの初日にオンライン配信を行った島瀬敬章のtac:tacは、まさに家での「日常」をテーマに、毎日の暮らしを楽しむためのアイテムを外国映画のように仕立てて見せた。老人と青年、少年の3人が、同じ服を着ても雰囲気が違うことを動画で訴えている。これはまた、ファッションの魅力でもある。

 ある特定の職業(たいていは架空の)に就いている人物の生活の中の服装を思い描いてコレクションのテーマにするという方法をブランド開始以来続けているのが玉井健太郎のアシードンクラウドである。言ってみれば、毎回テーマは日常である。しかし、その日常の内容は驚くほど変化に富んでいる。今シーズンは、「灯台守」の夫とその妻の「渡し守」の家族が主人公である。


 プレスリリースには次のような言葉が並ぶ。



ある街には
太陽が沈まない白夜日と
太陽が昇らない極夜日がある
極夜日には干潮になり、島を覆う海はどこかへいき
白夜日には満潮になり、漁師達は海に出る

その街の沖島には灯台があり 夫婦が暮らしている

灯台守の主人と渡し守の妻
主人は極夜日に潮が引いた大地でどこからか流れてきた漂流物を拾い
白夜日前日には、しばらく離れ離れ夫婦はお互いの安全を願い
一つのリースを作り、灯り部屋で夕食を共にしてプレゼントを渡しあう
白夜日になり妻を海へ見送った後には 漂流物に新しい命を吹き込みながら妻
の帰りを待つ
妻が戻ると船を陸に上げ
新しい命を吹き込んだものの話を
灯り部屋で妻に聞かせながら食事を一緒にとる

妻にとってもその物語は特別で
渡し守として海で出会った客人に唄い聞かせる
そして物語は海を渡り多くの人々へ唄い継がれていく


 デザイナーの玉井さんは、この夫婦の生活を念頭において、素材を探し、彼らの日常にとって必要なディテールを盛り込んだデザインを行っていく。もちろんアシードンクラウドらしい流儀――服の形や素材感や色はあるが、主人公は言ってみれば架空の職業だから、この服を買おうとする人は、この物語を楽しめる人なのだろう。

 ところで、アシードンクラウド2021-22秋冬の展示会は終わったものの、イメージ画像とルックブックは、まだ完成していないそうである。出来上がったらここでご紹介したい。

sneeuw210407a-8.jpg
sneeuw210407b-16.jpg
sneeuw210407c-27.jpg

sneeuw 2021A/W

 アシードンクラウドほど、日常着やワークウェアを追求しているわけではないかもしれないが、雪浦聖子のsneeuw(スニュー)が念頭に置いているのも日常着である。スニューが大事にしているのは、日々着られること。つまりストレスがなく、着心地がいいこと。単なる普段着ではなく、生活に彩りを与えてくれそうな、遊びがあること。自宅での洗濯が可能なこと。価格は抑えめに設定している。そして大半の服はユニセックスである。

HYKE_210409a_003.jpg
HYKE_210409b_028.jpg
HYKE_210409c.jpg

HYKE 2021A/W


 Rakuten FWTの参加メンバーとして、3/18にオンライン配信という形で、新作を発表したHYKE。動画やルックブックを見ると、HYKEらしいミリタリーテイストを加味したコートやダウン、ドレッシーではないワンピース、カウチンニットなど重量感のあるアイテムが並ぶ。色も様々なグレーが中心で赤が差し色として華やかさを添えている。が、実物を展示会で見ると、ショーに登場した服以外のスウェットやニット、カットソーといった「日常的」なサブアイテムがとても充実し、かつ素材も変化に富み、「ステイホーム中にこういう服がほしかった!」と思うほどだった。そして、ショーも今回はやらず、店舗を持たないことを価格に還元しているかのような価格設定に感心してしまった。価格に関しては、HYKEはコート類も特別のものを除いて、リーズナブルな設定がされている。


 「日常」を本気で考えるということは、こういうことなのだろう。造形以外の設計も重要だ。そうやって着心地や使い勝手を考えて作られた服は、普段着であっても大切に着たいし、安ければいいということではないことを愛用している人は知っている。