西谷真理子=文
CFCL Vol.2
コロナ禍が、経営的な打撃以外に、ファッションにもたらしたものがあるとすれば、その一つは間違いなく、ファッション関連の仕事に就く多くの人が、以前よりニュースをよく見る(聴く、読む)ようになり、世界で起こっていることを知るようになったことだと思う。その結果、2015年に制定されたSDGs(エスディージーズ=Sustainable Development Goals)と呼ばれる「持続可能でより良い社会の実現を目指す2030年までの世界共通の目標」も多少とも意識せざるをえなくなった。次々に報道される異常気象と深刻な被害を目の当たりにして、天候がちょっと変だ、と気づく、しかも異常気象は日本だけでなく欧米やアジアでも頻繁に起こり、理由は人間社会が排出する二酸化炭素が気候変動を引き起こしているらしい、とニュースは解説する。このサイクルを見直さないと、事態はより悪化すると知らされると、さすがに心穏やかではいられない。周りを眺めると、スーパーのレジ袋が無料でもらえなくなったことや、食品ロスや、Black Lives MatterやLGBTのレインボーデモなど、世の中が変わろうとしていることが見えてくる。
VOGUEやWWDなど欧米系のファッションメディアでも、ファッションの分野におけるサステナビリティの報道は継続的に掘り下げて行われるようになってきているようだ。
ファッションを楽しむことと、こういう社会問題に関心を持つことは別のことと考えている人は少なくないと思うけれど、服を作る当事者、特に若い世代のデザイナーたちは、それぞれの仕方で行動を起こし始めていることが、今シーズンのコレクション取材で見えてきた。それをリポート最終回でご紹介しようと思う。
最初に紹介したいのは、元”ISSEY MIYAKE MEN”(イッセイ ミヤケ メン)デザイナーの高橋悠介が独立して2020年に始めたブランド”CFCL”(Contemporary For Cotemporaly Life)。かつて斬新なニット作品で装苑賞を受賞した高橋は、3Dコンピューター・ニッティングの技術を中核に据えた新ブランドを構築した。「現代生活のための衣服」という考えの元、ブランドをスタートするにあたって、サステナビリティに精通した人材をCSO(チーフ・サステナビリティ&ストラテジー・オフィサー)というポジションに据え、服のデザインだけでなく、原料や服作り、販売などシステム全般のデザインに取り組んだ。すべて外部スタッフで優秀な人材を集めてのスタートだった。現在は日本のアパレル業界初となる、企業の経済的、環境的、社会的影響を測定するための指標「B Corp」の取得に動いている。
”CFCL”のラインナップを見ると、サステナビリティという言葉から連想されがちな、ベーシックなデザインだけではない。日常着によさそうなデザインももちろんあるが、デザイン性の高いインパクトのあるアイテムがあるところは、さすが長年パリコレクションを経験しただけのことはある。とはいえ、どのアイテムもニットならではの簡便さや軽さを備えていて、旅行が日常に戻ってきたときには、うれしい存在として一層注目されることだろう。
布帛に比べて製造工程が少ないニットはサステナビリティの優等生になる素質を有する。ホールガーメントによって製作された無縫製ニットは無駄な生地をほとんど出さず、同時に糸から企画することができるため、デザインの可能性が広がる。
malamute 2021A/W
ニットの将来性に着目しているブランドは他にもある。私が今回改めて注目したのは小高真理の”malamute”(マラミュート)。毎回、独特のアートや科学(時に天文学も)を引用した物語を「編んで」見せてくれるブランドだが、久々に訪れた展示会で目にしたのは、強いテーマ性よりも、ニットの多彩な表情だった。柔らかい、硬い、温かい、冷たい、などといろいろな触感がそろっている。黄色を軸にした様々な色彩もコレクションの充実ぶりを語っている。その成熟ぶりを感じさせる展示会の片隅で、あたらしい「Re:born Project」に目が止まる。これは、着なくなったマラミュートのニット(ホールガーメントに限る)をほどいて、バッグなどに編み変えるプロジェクト。また、「Re:pair System」では、過去に購入したニットの修理を引き受けるというもの。中には、不可能なものもあるが、いわゆる「お直しやさん」ではなく、ブランドがそれを担うのは珍しいケースではないだろうか。これもまた、一つのサステナブルな活動といえる。mina perhonen 2021A/W
photograph: Hua Wang
hair and make-up: Masayoshi Okudaira
model: Hiromi Ando
Rakuten FWTの10日ほど前に開催された”minä perhonen”(ミナ ペルホネン)の展示会では、改めて、”minä perhonen”の一貫した姿勢が確認できた。第一回目の展示会から、オリジナルの布地すべてに名前をつけ、復刻可能なアーカイブ化してきたこと、セールを行わないこと、そのために毎回適正な生産を行い、小さなハギレも無駄にしないよう、自身で裁縫を楽しみたい方へ向けてハギレセットの販売、また代官山にはテキスタイルとインテリア専門のショップ「ミナ ペルホネン マテリアーリ」、その隣には、ニュートラルカラーのアイテムとともにアーカイブからの製品も置く「ミナ ペルホネン ネウトラーリ」を開くなど、独自の販売システムを築きつつあり、その姿勢は、サステナビリティと同じ理念を持っていることがわかる。現在は休止しているが、”minä perhonen”では洋服のレンタルも一時は行っていた。特別感の強い”minä perhonen”の服だが、昨年発足した「ネウトラーリ(ニュートラルの意)」のための服はニュートラルで美しい色味の無地が中心で、デイリーなデザインが並ぶ。そういえば、今シーズンのルックブックでも、無地の服が目立つ。まるでコロナ禍を見通したような”minä perhonen”の日常に目を向ける動きには、驚かされる。
ファッション産業の大きな問題、大量生産、大量廃棄に関して、オランダでは、廃棄された衣類を使って紙を作り、その紙を再生させることで循環経済を生み出すという試みもあるそうだ。
でも、サステナビリティに配慮していると言っても、そんなに大がかりなことは個人の力ではなかなかできない。
デザイナーがまず考えるのは、古着のリメークかもしれない。
YEAH RIGHT!! 2021A/W
古着を使った服作りのコレクションを10数年発表しているのが、”YEAH RIGHT!!”(イエーライト)である。古着のリメークというだけなら珍しくないが、”YEAH RIGHT!!”は、2005年にブランドを立ち上げ、10年目に農業に目を向け、農業を通して得た知識を作品に活かすプロジェクト”KNOW”をスタートし、翌2016年には、種から綿(コットン)を栽培&収穫してTシャツを作る”KNOW COTTON PROJECT”を発表した。古着を使いながらも量産をしているので、最近では、比較的新しい古着を使わざるを得ないそうだ。しかし、この独特なテイストのファンは少なくない。
RequaL≡ 2021A/W
FWTの最終日に前回同様ヒカリエ・ホールAでショーを開催したた”Re:quaL≡”(リコール)の場合は、大量廃棄への疑問から、積極的に古着を活用しようとしている。デザイナーの土居哲也には、「メンズのオートクチュールを作りたい」という野望がある。それが、古着を使って、新しく設計図を描き、奇想天外なフォームへと仕上げる原動力となっている。ただし、コレクションの主題はそういう技術的なことよりも、プレスリリースにあるように「少年時代の私から見たアメリカ史を題材とし、モード史の都でもあるフランスパリの伝統と割って掛けてみる。フレンチスタイルを兼ね備えた、プレッピー&ヒッピーをはじめとする人間像を想起させる”リフレッピー”が今シーズンの主題である」ということだ。様々なアメリカのカジュアルな日常着がヨーロッパの前衛感覚をもとに生まれ変わっている。
最後に、Rakuten FWTで発表されたオンライン配信のムービーの中で一番印象的だった藤崎尚大の”meanswhile”(ミーンズワイル)について。他のブランドと違って、映像の中では、服の出番が極端に少なく、自然の描写が続いたあと英語のナレーションが、静かに語り出すーー「Aはある目的のために人為的に建造されもの。Bは、人の手を加えていないありのままの形で存在するもの」と。そしてAとBをめぐる考察が続くのだが、自然――水面の動きや地層、鉱物や化石、木々のざわめきの美しさを動画に移し取りながらも、人間が手で作り出した、身にまとうものをAと簡単に結びつけず、「AとBとの間を行き来することの可能性を探ること」と結ばれている。気になって、駒沢大学にある週末だけ開くショップで、2021-22AWの服を特別に見せてもらい、解説をしてもらった。サステナビリティについて質問すると「今、一番大事なことだと思っています」という答え。アウトドアを中心に、カジュアルでスポーツテイストのラインナップだが、色彩が美しい。シャツなどのグレイッシュトーンは、片隅に並んでいる2021SSの製品なのに、あの映像で見た海や木々の色を思わせる。シャツの細かい縫製や素材の解説をしながら、ファッションの流通や販売の仕方についても、いろいろ考えていることを明かしてくれた。それは「たった一人の反乱」になるかもしれないけれど、応援したいと思った。
世界に目を向けると、冒頭に書いたSDGsの目標もあって、これまで、大量生産、大量消費の元凶のように見られてきたファッションの分野でも、変化の兆しは見られる。創業時から実践してきているパタゴニアのような企業は別にしても、欧米のグローバル企業は今や、サステナビリティへの配慮が具体的に示せなければ、企業として評価されない状況になっている。日本に目を向けると、まだまだ始まったばかりだ。でも、1970年に発表された三宅一生の「一枚の布」という発想だって、サステナビリティである。紹介したようなパーソナルなブランドの「たった一人の反乱」が、大きな流れを作ってほしいものである。そして、次に必要になるのは消費者のファッション意識改革かもしれない。
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