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「僕にとって、映画は世界のすべて」。
静謐さの美学を宿す映画『アフター・ヤン』の、
コゴナダ監督にインタビュー

 フレッシュな才能と組み、作家性があふれる作品を世に送り出すことで知られるアメリカの映画会社A24。バリー・ジェンキンス(『ムーンライト』)やアリ・アスター(『ミッドサマー』)、ロバート・エガース(『ライトハウス』)にヴァルディミール・ヨハンソン(『LAMB/ラム』)等々、次世代クリエイターの見本市的な役割を持つスタジオが次に目を付けた才能・コゴナダ。

 『東京物語』ほか、小津安二郎監督の作品を多く手掛けた脚本家・野田高梧(コウゴ・ノダ)の名前をもじった芸名で活動する彼は、映画研究分野から制作へと活動のフィールドを広げた人物。初長編『コロンバス』(2017年)を経て、A24と組んだ『アフター・ヤン』ではSFというジャンルに挑戦した。

 AIロボットやクローンが日常に溶け込んだ近未来。家族の一員だったAIロボットのヤンが突如故障してしまい、家族は修理に奔走する。その過程で、ヤンには家族が知らない記憶があることがわかり……。坂本龍一がオリジナル・テーマを手掛け、『リリイ・シュシュのすべて』の挿入歌「グライド」のカバーが使用されていることでも話題を集めている。

 装苑オンラインでは、コゴナダ監督の特徴である「余白」「静けさ」に焦点を当て、彼の感性のルーツを伺った。

interview & text : SYO

『アフター・ヤン』
“テクノ”と呼ばれる人型ロボットが、一般家庭にまで普及した未来が舞台。茶葉の販売店を営むジェイク、妻のカイラ、中国系の幼い養女ミカは、慎ましくも幸せな日々を送っていた。しかしロボットのヤンが突然の故障で動かなくなり、ヤンを本当の兄のように慕っていたミカはふさぎ込んでしまう。修理の手段を模索するジェイクは、ヤンの体内に一日ごとに数秒間の動画を撮影できる特殊なパーツが組み込まれていることを発見。そのメモリバンクに保存された映像には、ジェイクの家族に向けられたヤンの温かなまなざし、そしてヤンがめぐり合った素性不明の若い女性の姿が記録されていた……。
ゴゴナダ監督・脚本
コリン・ファレル、ジョディ・ターナー=スミス、ジャスティン・H・ミンほか出演。
2022年10月21日(金)より、東京・日比谷の「TOHOシネマズ シャンテ」ほかにて全国公開予定。キノフィルムズ配給。ⓒ2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

コゴナダ監督

映画は哲学であり、生き方であり、「このメディアで自分が何かをしなければ」という強い衝動を呼び起こしてくれるものでもある。

SYO:コゴナダ監督は小津安二郎監督の大ファンであり、アルフレッド・ヒッチコックからウェス・アンダーソン、是枝裕和といった監督の手法を分析したビデオエッセイを制作されてきました(※コゴナダ監督は、ウェス・アンダーソンの“シンメトリー”や、ダーレン・アロノフスキーの“音”といった切り口で各監督の過去作をまとめた映像を手掛けている)。どのような変遷があって、ご自身で“作る”という方向に向かったのでしょうか。

コゴナダ:僕は幼少期から映画やアートが大好きだったため、自然と「アウトプットせざるを得ない」というような感覚でビデオエッセイの制作を志すようになりました。自分にとって映画やアートに触れることは、作り手や作品と“対話”をすること。観賞中に頭の中で考えていることを体系づけて構造化したものが、ビデオエッセイなのかなと考えています。つまり、映画(ビデオエッセイ)を通して映画と対話するようなものですね。

 また、僕にとって映画は“映画”という範疇に留まらず、世界のすべてでもあります。哲学であり、生き方であり、「このメディアで自分が何かをしなければ」という強い衝動を呼び起こしてくれるものでもある。ただ、元々は「撮る」ではなく「書く」ことから始めました。次に「編集」に手を出し、自然な流れで制作へと行きつきました。

 ビデオエッセイについては、タイミングも良かったと思います。これまでにも似た類のものはありましたが、ネット環境等も未発達でしたし、いまよりもアクセスしやすい状況ではありませんでしたから(※コゴナダ監督はビデオエッセイで注目を浴びたのち、2017年に『コロンバス』で長編監督デビューした)。

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映画『アフター・ヤン』より

SYO : コゴナダ監督の作風を分析するとしたら、自分もすごく好きな部分なのですが――余白や静けさといった、観客が行間を読むスタイルなのではないかなと思います。

コゴナダ:自分自身、昔から映画を観たときに最も“残る”のは沈黙や余白です。自分の子どもには偏りなく映画を観てほしいので『スター・ウォーズ』やマーベルの作品も見せますし、僕も激しいアクションや音楽が鳴り響いている作品を観て「楽しいな、すごいな」とは思うのですが、翌朝になると忘れてしまっていて、自分の中で残っていくものではない。対して、映画を観て余白や空白に驚かされた瞬間は消えることなく体の中に染み込んで、体験として残っていく。

 僕は4人きょうだいの末っ子なのですが、小さい頃はよく両親の職場に連れていかれました。部屋の隅っこにあるサークルの中に入れられて、おもちゃも与えられずじっと天井を眺めている僕を見た一番上の姉は「かわいそう」と思ったらしいのですが、全然そんなことはなくて。むしろ、その頃から余白や沈黙を愛していたところがありました。静けさは自分にとって、ホームのようなもの。そういった経験が、自分のスタイルのルーツといえるかもしれません。

 ただ、僕自身は「これが自分のスタイルです」とは意識して見ないようにはしています。まだまだ「自分はどういう作り手なんだろうか」を模索していきたいと考えていますが、いまのお話を聞いて「自分の感性を表現できているのかな」と思えました。美しい形で質問してくださり、ありがとうございます。

SYO : とんでもないです。いまお話しいただいた「静けさ」は、近代の映画の流れとしてどんどん失われていっているものではないか?と感じます。セリフや音楽、画作りにせよ映像内の情報が増えてきた傾向について、どう感じていらっしゃいますか?

映画『アフター・ヤン』より

コゴナダ:アメリカでは自分のような映画を作るのがなかなか難しくなってきていているのは事実ですね。

 僕からも質問させていただきたいのですが、もし僕が静けさがないような違ったタイプの映画を作ったらがっかりしますか? それとも「また新しいことを始めたんだな」と面白がってくれますか?
 僕自身、好きだった監督が作風を転向させる姿を見て、がっかりしたり歓迎したり、色々な受け止め方をしてきたので、SYOさんがどう受け止めるか気になります。

SYO : 僕は、一緒に成長していくことが監督を追いかけていく楽しさだと思っています。仮にコゴナダ監督がこれまでのスタイルと違う作品を作ったとして、きっと自分はどこかに静けさを探すでしょうし、「もうひとつ階段を上ったコゴナダ監督が次に“原点”に帰ってきたとき、何を作るのか観たい!」という期待もあるので、幻滅はないと思います(笑)。

コゴナダ:ありがとう。これからもぜひ、お話ししていけたらうれしいです。
 確かジャン=リュック・ゴダールの言葉だったかと思いますが、「作りたい映画を作れる状態になったときは、もう作れない状況になっている」というものが、真理なのかなと思います。「こういう映画を作りたい」と思って準備ができても、資金が集まらなかったり環境が整わなかったりするものですからね。

 ただ、こうした現代の状況については良い面もあって、世界中の作品を簡単に観られるようになったことです。自分が若いときは海外からソフトを取り寄せなければいけませんでしたが、いまは(配信サービスなどで)比較的容易に観ることができますよね。僕は劇場観賞も大好きですが、様々な作品への門戸が開かれていること自体は、歓迎すべきことかなと思います。
 ちなみにSYOさんはフィルムメーカーですか?

SYO:僕はまだ映画を作ったことはないのですが、コソコソと脚本を書いています(笑)。

コゴナダ:いつかその作品を観られることを楽しみにしています。今日はありがとうございました!

Kogonada ●韓国ソウル生まれ。クライテリオン・コレクション、ブリティッシュ・フィルム・インスティテュートからの依頼を受け、数多くのビデオ・エッセイを制作。その主な作品には『Ozu: Passageways』(2012年)、『The World According to Koreeda Hirokazu』(’13年)、『Wes Anderson: Centered』、『Hands of Bresson』、『Eyes of Hitchcock』(subet ’14年)、『Mirrors of Bergman』(’15年)、『Godard in Fragments』(’16年)、『Way of Ozu』(’16年)などがある。モダニズム建築の街として知られるインディアナ州コロンバスで撮影を行った『コロンバス』(’17年)で長編デビュー。同作品はインディペンデント・スピリット賞3部門にノミネートされるなど、多くの批評家から称賛された。また、2022年にはApple TV+配信のシリーズ「Pachinko パチンコ」で、ジャスティン・チョンとともに監督を務めた。小津安二郎を深く敬愛していることでも知られている。

インタビューの冒頭にも話題にあがったビデオエッセイが見られる、コゴナダさんのウェブサイト▶http://kogonada.com/

『アフター・ヤン』
WEB:https://www.after-yang.jp/


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