©Annik Wetter / Courtesy of BALENCIAGA
毎年9月の第3週末は「ヨーロッパ文化遺産の日(Journées Européennes du Patrimoine)」。静かに眠っている宝物のような場所が一般に無料公開されるのです。
17,000㎡の広大な空間を持つ建物。
パリ7区、セーヴル通り40番地には、ラエネック病院(Laennec)がありました。
1634年に建てられ、4世紀近くもパリの人々の健康を守り続けた病院でしたが、老朽化が進み、その役目を終えた建物はケリング(KERING)の手に引き継がれたのです。その歴史に敬意を払ったケリングは、エレガントな趣と重厚感を残しながら、現代的なワークスペースを持つ本社として美しく甦らせました。
この日、宝石のような空間は2つの展覧会で訪れる人を歓迎してくれたのです。
最初に足を踏み入れたのは旧チャペル。
ここではケリングの創業者、フランソワ・ピノー(Francois Pinault)氏が50年以上にわたって蒐集した世界屈指の現代アートコレクションから、選りすぐりの6点が展示されました。
現代アートコレクションの展示。
その先にはあったのは「ある繊細なる会話(The Subtleties of a Dialogue)」と題されたインスタレーション。襟、袖、色、ウエスト、背中、対話に焦点を当てた6つのカテゴリーで構成され、クリストバル・バレンシアガと現アーティスティクディレクターのデムナの作品が、共鳴し合うかのように展示されています。
まずは「襟、首のためのケース(THE COLLAR、A CASE FOR THE NECK)」と題されたコーナーから。デムナはメゾンの伝統から多くのインスピレーションを得ていますが、襟もそのひとつ。装飾性がある襟は、スタイルの第一印象を左右する重要な要素であり、バレンシアガでは、襟の位置を下げてシルエットを伸ばす、あるいは襟の高さを上げて顔を隠したり覗かせたりし、プロポーションに変化をつけています。
「襟、首のためのケース」」のコーナー。
続くのは「袖、完璧への執着( THE SLEEVE, OBSESSIVE PERFECTION)」のコーナーは特に見応えがありました。シルエットを構成する袖はクリストバル・バレンシアガが、ドレスメーカーとしてのキャリアをスタートした当初から、特別な注意を払い、デザインする上で極めて重要となったパーツです。長さ、幅、高さ、直線や曲線、肩や手首の処理など、これらに変化を加える実験を行なっていたのです。
バレンシアガの袖は肩から手首までを包み込み、様々に表現されます。例えば、クリストバルのエレガントなスーツの中には七分袖のものがあり、これがデムナの最新のクチュールコレクションにインスピレーションを与えました。このように、袖はバレンシアガの歴史において大切な要素であり、過去と未来を結びつける存在でもあるのです。
「袖、完璧への執着」のコーナー。
1961年冬コレクションより。
デムナによる50th クチュールコレクションより。
3つ目は「バレンシアガのシェード(THE BALENCIAGA SHADE)」の展示。メゾンを象徴する色である黒のドレスを集めたコーナーです。
クリストバルの黒に対する愛着は、幼少期を過ごしたバスク海岸に根ざしています。スペインの伝統的な衣装の主要な色であり、彼の信仰心と控えめな性格を思い起こさせます。この黒は謙虚でありながらも贅沢であり、ブランドとその創設者の歴史に密接に関連しているのです。もちろん、デムナのコレクションにおいても黒の使用は非常に際立っています。
迫力のブラックドレスが並ぶ「バレンシアガのシェード」のコーナー。
4つ目のタイトルは「アワーグラス・ウエスト、社会的シンボル(THE HOURGLASS WAIST SOCIAL SYMBOL)」です。アワーグラスは砂時計のこと。ウエストのシルエットが砂時計のように細いか、そうでないかは、常に社会的背景が影響します。クリストバルもデムナも、服を通じて社会の変化を観察してきたのです。
1946年、クリストバルはウエストを細く強調したスーツを作り、そのデザインは後にライバル会社にも広がりました。また、1950年代にはコクーンラインを作り出し、ウエストラインの大きな変革を見せたことは、モード史にも刻まれています。
ウエストの革新は、今日もデムナによって追求されています。2016年にデムナが初めてバレンシアガのコレクションを発表した際、彼はメゾンの遺産を引き継ぐ形でアワーグラス・スーツをリメイクし、その印象的なルックがメゾンの象徴となりました。
「アワーグラス・ウエスト、社会的シンボル」のコーナー。1950年夏(右)と2016年冬の作品の対比。
5つ目は「コクーン・バック、ラインのメタモルフォーゼ(THE COCOON BACK A METAMORPHORSES OF LINES)」。1940年代後半、クリストバルはコクーン(繭)のように丸みを帯びた革新的なシルエットを生み出しました。その背中がゆったりとした衣服は、快適さと彫刻のようなインパクトを併せ持っています。デムナはボリュームと体型の変容に対する研究の一環として、このシルエットを再びメゾンのコレクションに取り入れました。
「コクーン・バック、ラインのメタモルフォーゼ」のコーナー。
最後は「時間を超えた視点の対話(DIALOGUES TIMELESS PERSPECTIVES)」。
クリストバルとデムナは、建築的な構造、ボリュームの誇張、衣服の動き、そして身体のラインを解放することにおいて共通点を持っています。彼らはともに、それぞれの時代に応じて表現方法を変化させ、実験と既存のルール破りに挑戦することを行なってきたのです。
もちろん、それぞれのデザイナーには異なる背景があります。スペイン・バスク地方の漁村から始まったクリストバルの創作は、海と宗教的な献身、黒とレースによって形成されました。一方で、デムナは東ヨーロッパの美学、特にソビエト連邦の崩壊後に開かれた西洋文化に影響を受けています。
そんな個々の経験を超え、数十年の時を経て対話する二人のクリエーター。展示された作品は、ひとつのメゾンの壮大な物語のなかで、衣服の本質を問いかけていました。
「時間を超えた視点の対話」のコーナー。写真中は1960年夏(右)と2017年夏の作品、下は1951年夏(左)と50th クチュールの作品の対比。
宝箱が開いた瞬間に広がった美しい展示がいつまでも瞼から離れません。
また来年まで、その瞬間を待ちましょう。
Photos : Chieko HAMA(濱 千恵子)
Text : B.P.B. Paris