河合優実×山中瑶子 共鳴する二人の『ナミビアの砂漠』対談。脚本や衣装を“一緒に探す”映画作り
――おふたりの関係性は、河合さんが俳優業を志す前に『あみこ』(2018年)をポレポレ東中野でご覧になって、山中監督に手紙を渡したときから始まっていると伺いました。非常に運命的なエピソードですね。
山中瑶子(以下、山中):河合さんとは去年の7月に「CINEMAS+」で対談して9月末から本作の撮影に入ったのですが、実は対談時にはまだ脚本ができていませんでした。
河合優実(以下、河合):解禁前でもあったので、発表もできませんでしたね。
山中:そうそう。対談記事を読んで下さった方々から「伏線?」と言われるのですが、あの対談をセッティングいただいたのは本当にたまたまでした。
映画『ナミビアの砂漠』より
――ということは、クランクインのぎりぎりまで脚本は推敲されていたのですね。
山中:初稿を書き始める前にも色々と変遷があり、決定稿もざっくりしたものにはなりました。
河合:決定稿からさらに変わった部分もたくさんありましたね。
山中:脚本の執筆段階から河合さんとは様々なお話をさせていただきました。カナと年齢が近い妹さんのお話を聞かせてもらって参考にしたり、「河合さんは自分の嫌なところとかありますか?」と聞いたら「あんまり人の話を聞いていない」「頭に入っては来ているけど集中して聞けない」とのことだったので、そのままカナの人物設定に使わせていただいたりしました。
河合:まさに冒頭のカフェのシーンみたいに、誰かといるのに違う席の人の話を聞いてしまうことが私生活でもよく起こります。
山中:あのシーンはクランクインしてから3〜4日したタイミングで撮影しましたが、河合さんのその表情を見て「これはいい映画になるぞ」と確信しました(笑)。
――信頼されている山中監督による当て書き(※演者を想定して脚本を書くこと)だったということは、河合さんも演じやすかったのではないでしょうか。
河合:「カナみたいに破天荒な人物を理解して演じるのは難しかったのでは」とよく聞かれるのですが、私としてはすんなり理解できました。最初から面白がってやれる体制も整っていましたし、撮影に入るまでの期間で迷ったり悩んだりする時間はありましたが、「わからない」ことはありませんでした。かといって「すごく理解している」と言うのも傲慢な気がしますが、自分が演じることにすごくしっくりくるキャラクターではありました。
――ご覧になった方からの「破天荒」という印象は意外です。個人的には、実生活を生きている人物だなと思いながら拝見していたので。
山中:私も、ごく普通の人のある状態を描いている感覚でした。嫌な奴に感じられる部分も多いけれど、友だちみたいな感覚を持っていましたから。
河合:実際、友だちにカナみたいな子がいる人もいますよね。私も親しみを持っていました。
山中:河合さんが演じるとより身体と人物が一致して、無理なことをしているようには全然見えませんでした。
河合:私が脚本を読んで役のことを最初に捉えるときは、自分と共通しているか・似ているかではなく、感覚的ですが「役が自分に入ってくるかどうか」を重視している気がします。そうした意味で、カナはとても馴染む役でした。山中さんがリハーサルの時点で「最初からカナでした」と言って下さって、解釈がズレていなかったんだな、とも思えました。
映画『ナミビアの砂漠』より
――完成した作品を拝見して、ぐさりと刺さるセリフの宝庫だと感じました。そうした言葉の力も大きかったのでしょうか。
河合:そう思います。山中さんが脚本執筆中に迷っていた時期もずっと見てきた自分には「その結果出来上がったもの」というバイアスがかかるかも、と思っていましたが、苦労の中で書き上げたという焦りや不安を感じないくらい、一つひとつの言葉がスッと入ってきました。それはセリフだけでなく、その人の状態や状況を描写したト書きも含めて、言葉選びが全部面白かったです。
山中:脚本を書いているときに「言葉が出てこない」状態に陥ることはあまりなく、大変なのはやはり構成です。一つひとつのシーンを積み重ねて「展開」と呼ばれている全体像を完成させるまでにはやはり時間がかかります。
――起承転結をざっくり決めてから細部を埋めていくような形で執筆されるのでしょうか。
山中:そうしたセオリーに則って書こうとはしますが、やはり途中で「わからない」と行き詰まってしまうんです。そういうときは思いついたシーンを書いてみて、入れられそうなところに入れるという、穴埋めパズルのような形をとります。けれど撮影に入ってもパズルが埋まらないときがあって、本作でいうと結果的には編集で落としてしまったのですが、カナが「仕事だから」とお母さんの電話を切るというシーンがありますが、その次のシーンの柱(時間や場所・設定を記入する項目)には「仕事じゃない」とだけ書いたままになっていました。本編では、その後、2回目のホストクラブに行くのですが、そのアイデアにたどり着くまでは放置に近い状態でした。編集では2回目のホストクラブは残しています。
――その状態の脚本を見せられるというところに、山中監督から河合さんへの信頼を感じます。
河合:私としても、山中さんが未完成の状態の脚本を見せてくれることでやりやすさを感じていました。手の内を明かしてくれるのなら、監督のやりたいことに従うのが目的ではなく「一緒に探していこう」でいいんだ、と思えました。
山中:手の内がないことを明かしました(笑)。
――衣装についても伺いたいのですが、序盤からカナの手脚を見せるスタイルが多めな印象がありました。その理由を教えて下さい。
山中:河合さんの手脚の長さを通して、カナの躍動感であったり、カナが思っていることと身体の動きがズレている様子を最大限映し出したいと思っていました。カナは序盤から独特な歩き方をしますが、私はキャラクターは歩き方に出ると思っているため、「ここは絶対ミニスカート」と指定しました。
衣装の髙山エリさんには最初に「こういうファッションが好きというものがないほうがいい。気持ちも日々変わっているから、その時に良いと思ったものを手にしている感じにしたい」とは話しました。すると、髙山さんが「色はどんなイメージですか」と聞いてくださって「赤じゃない」「レモンイエローかも」といったような話はしました。原色は嫌だということはわかるけど、かといって何というのはパッと出ませんでした。髙山さんはどうやって衣装を集めたんですか?
映画『ナミビアの砂漠』より
髙山エリ(以下、髙山):メルカリも含めた色々なところからです。カナはきっと高い服は買えないけれど、好きなものや欲しいものは頻繁に見ているだろうと思い、普段メルカリで自分が服を買うような感覚で「カナになったつもりの洋服探し」をしていました。一つキーワードになったかもしれないと思うのは、「決まっていないけどキマっている」という山中さんの言葉です。ユニセックスなオーバーサイズのTシャツも着れば、キャミソール1枚だったりミニスカートのときもあるけれど、いやらしくないようにしたいと思っていました。これは河合さんだからこそ「いける」と思えたのですが――フェミニンな服装も真逆なものもどちらを着てもカナになるように、とは考えていました。最終的には、山中監督がばっちり決めて下さいました。
山中:「ここはこれを着てほしい」と明確に決まっているものから埋めていくほうが簡単なので、「弱っているときに1番元気な色を着てほしい」と、車いす生活になった際のオレンジ色の衣装などから決めていきました。
髙山:これは自分のスタイリングの手癖でもありますが、「どう組み合わせてもいける」と思えるような、着方・合わせ方がいっぱいあるようなワードローブづくりを目指しました。
河合:いままで衣装合わせに参加して「絶対この役はこの服じゃない」とまで感じる経験はあまりないのですが、それは監督が思う人物像がそこにあるからだと思います。私の役へのイメージと若干、方向性が違ったとしても「こっちのパターンか」と、監督や衣装さんが思う人物像と自分の考えをドッキングさせて納得して馴染ませていくことが多かったのですが、今回は「絶対カナだ」としか思えませんでした。まさに“解釈一致”と感じた場でしたね。確かに言われてみるとテイストが定まっていない感じもありますが、「これこれ!」としか思えなかったのは、みんなの中に共通の「カナ像」があったからなのだと思います。
衣装だけでなく、撮影中も各部署の方々が「カナはこうですよね」「これはカナっぽくないですよね」と話している姿を何度も目にしました。それはみんなが不思議とカナのことをわかっているからこそで、“すごく面白いな、なんていい役なんだろう”と感じました。
山中:衣装合わせは楽しかったですね。現場のみんなで「イモ」と呼んで気に入っていたタロイモ色のスウェードのヒールがあるのですが、カナしか履きこなせないと思います。
髙山:あれは原宿で買いました。ツッカケ感覚で、意外と何にでも合うんです。
――カンヌ国際映画祭用のポスターやメインビジュアルにもなったカルネボレンテのバックプリントのロングTシャツは、どのように決まったのでしょう。
山中:これはカナがファーストシーンから着ているものなのですが、このバックプリントにカナの性格がよく表れていると思い採用しました。これを選んでデートに着ていく女の子のパーソナリティが手に取るようにわかると感じたんです。映画の中では気づきにくいかもしれませんが、だからこそビジュアルで使ったら、人となりや作品の方向性が何となく伝わるのではないか、これを良いと思ってくれる人はきっと楽しんでくれる映画になっているはずという願いを込めて、あの形になりました。表面のロゴが入っている位置もちょっと上のほうで、それも面白く感じていました。
映画『ナミビアの砂漠』より。カルネボレンテのロングTシャツの場面。ユニークなバックプリントも映画でチェックして。
――チームみんなの中に「カナ像」が立ち上がっているなかで演じるのは、河合さんにとってどういった体験になりましたか?
河合:とはいえ私が演じたものがカナになるので、ネガティブな圧は感じませんでした。どちらかといえば、やりすぎてしまうほうが怖かったです。みんながどんどんカナを好きになって面白がっていくなかで、現場で笑ってもらえると嬉しくて気持ちよくなってしまいがちなのですが、それはいけないと思っていました。内輪ウケではなく、観る人に届けるものという感覚を離さないようには心がけていました。
山中:本来は私がコントロールすべきところだったのに、率先して笑ってしまって(笑)。ケガをしているカナにハヤシ(金子大地)が魯肉飯(ルーローハン)を作ってあげるシーンが脚本上にはあったのですが、「ルーローハンができました!」というセリフの方向性が定まっていないまま金子さんに言ってもらった結果、CMみたいになってしまい、みんな耐えられなくて笑っていたことも。編集中に通して観たときに「ここだけ様子がおかしいぞ」となって、結果的に落としちゃったのですが。河合さんがその撮影時に「この組にまともな人はいないのか」と言ったという……(笑)。
河合:そんな言い方はしていません(笑)。「ルーローハンができました!」っていま聞いたら面白くないのに、お泊り会みたいなテンションに私も含めてみんながなってしまって、「冷静な人が一人はいてほしい」とは言いました(笑)。
映画『ナミビアの砂漠』メイキング。撮影中の良い雰囲気が伝わってくる。
河合さん着用
ジャケット ¥88,000 パンツ ¥55,000 共にミカゲ シン(サカス ピーアール 03-6447-2762)/シューズ ¥78,100(ガニー customerservice@ganni.com)/リング ¥46,200 アンブッシュ®︎(アンブッシュ®︎ ワークショップ 03-6451-1410)
『ナミビアの砂漠』
世の中も人生も全部つまらない。やり場のない感情を抱いたまま毎日を生きている、21歳のカナ(河合優実)。優しいけど退屈なホンダ(寛一郎)から自信家で刺激的なハヤシ(金子大地)に乗り換えて、新しい生活を始めてみたが、次第にカナは自分自身に追い詰められていく。もがき、ぶつかり、彼女は自分の居場所を見つけることができるのだろうか・・・?
監督・脚本:山中瑶子
出演:河合優実、金子大地、寛一郎、新谷ゆづみ、中島歩、唐田えりか
2024年9月6日(金)より、東京の「TOHOシネマズ 日比谷」ほかにて全国公開。
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会
Yoko Yamanaka
1997年⽣まれ、⻑野県出⾝。⽇本⼤学芸術学部中退。独学で制作した初監督作品『あみこ』がPFFアワード2017に⼊選。翌年、20歳で第68回ベルリン国際映画祭に史上最年少で招待され、同映画祭の⻑編映画監督の最年少記録を更新。⾹港、ニューヨークをはじめ10カ国以上で上映される。監督作に、⼭⼾結希プロデュースによるオムニバス映画『21世紀の⼥の⼦』(2019年)の『回転てん⼦とどりーむ⺟ちゃん』、ndjcプログラムの『⿂座どうし』(’20年)など 。
Yuumi Kawai
2000年生まれ、東京都出身。2021年の出演『サマーフィルムにのって』『由宇子の天秤』での演技が高く評価され、第43回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞、第35回高崎映画祭最優秀新人俳優賞、第95回キネマ旬報ベスト・テン新人女優賞、第64回ブルーリボン賞新人賞などを受賞。2022年には『ちょっと思い出しただけ』『愛なのに』『女子高生に殺されたい』『冬薔薇』『PLAN 75』『百花』『線は、僕を描く』『ある男』など数多くの話題作に出演し、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの新進気鋭女優である。近年では映画『少女は卒業しない』『ひとりぼっちじゃない』(ともに’23年)、『四月になれば彼女は』『あんのこと』劇場アニメ『ルックバック』(すべて’24年)、ドラマ「不適切にもほどがある!」(’24年、TBS) 、「RoOT / ルート」(’24年、TXほか)など話題作への出演が続いている。