映画『翔んで埼玉 〜琵琶湖より愛をこめて〜』に集った
多彩なクリエイターたちの表現とメッセージ

映画『翔んで埼玉 〜琵琶湖より愛をこめて〜』のキャラクターデザインに見る多彩なデザイン力

 キャラクターコンセプトや衣裳、ヘア&メイク、小道具を総合的に作る“人物デザイン”の道を切り拓いた柘植伊佐夫さんは、これまで、室町時代後期〜江戸時代を描くNHK大河ドラマ「どうする家康」(2023年)から、『シン・ゴジラ』(’16年)のような怪獣映画、非現実的な設定や世界を描く漫画原作の映像化、もちろん現代劇まで──ジャンルレスに、多くの作品で印象的な仕事を残してきた。多彩な仕事に共通するのは、衣服やヘア&メイクの構成要素が見る者にどう作用するかを考え抜き、そのディテールの一つ一つを積み上げて「人をつくる」部分だろう。中でも、超現実的なコメディという点で柘植さんのキャリアの中でも異色の映画『翔んで埼玉』は、強靭なキャラクター性の宝庫のような作品。今秋公開となった続編のキャラクターデザインも担当し、その世界観をいっそう濃いものにして、観客を引き込む。

右 多彩なキャスト陣も本作の魅力の一つ。インパクト充分な「ホウライダンサー」として出演したゆりやんレトリィバァさんの衣裳は、大阪のシンボル「食い倒れ人形」を彷彿させるカラーリングにして、見る人への瞬間の訴求力を狙った。中 ゴージャスな神戸市長(藤原紀香)の衣裳のテーマは「アライア×『ティファニーで朝食を』」だったそう。ボディコンシャスなブラックドレスはひたすら美しい造形を目指した。左 今作で登場した新キャラクター桔梗魁(杏)のデザイン画。配色やデザインに、麻実麗との関連が。

笑いだけではなく、ふたを開けるとそこには影も感じられるように。喜怒哀楽のすべてが詰まったような衣裳を、ディスりに陥らないようどう作るか。

「埼玉から関西に舞台が移ったこの続編で、衣裳には関西を代表する記号をいくつか引用しています。それをそのまま使うのではなく、色や線といった要素を、いろんな場所に置換していきました。ゆりやんレトリィバァさん演じる『ホウライダンサー』の衣裳のカラーリングはあの有名な人形のようですが、髪型は四角いアフロ、色彩の配置もずらしていますので、全体で見ると何がなんだかわからないような気持ちになる。白塗りのような顔も相まって喜怒哀楽がすべて混ざっているような、笑いが転じて悲しみにも通じていくような深みが出せればと考えていました。記号の引用は、ともすれば差別的な表現になってしまいます。それを避けるためにも、最初のアイデア段階ではディスりになりそうな要素もすべて盛り込んでおき、そこから徐々に要素を減らしてアウトプットを洗練させていきました。片岡愛之助さんが演じた嘉祥寺晃(大阪府知事)の衣裳は、池乃めだか師匠のオマージュです。これは、生地がポイントに。使用した亀甲花菱の生地は衣裳制作スタッフが偶然、見つけたものでしたが、この亀甲花菱は北近江の浅井長政の家紋に使われているものです。見る人が見れば、大阪府知事として滋賀と対立する嘉祥寺なのに、この柄を着ているということは、血脈をさかのぼれば滋賀の筋なのかもしれない……という妄想が働きます。脚本上そうした裏話があるわけではないのですが、だからこそ面白いと思いました」

 物語の主役である麻実麗と壇ノ浦百美の衣裳は、シリーズとしてのつながりを考え、あえてデザインを大きく変えない選択肢をとった。変更点は百美を演じた二階堂ふみさんのリクエストで新たにマントを制作したこと、そしてこれもGACKTさんからのリクエストによって調整された麗のジョッパーズパンツのフォルム。本作で新たに登場する、杏さん演じる桔梗魁は、物語の設定上、麗との関連性が意識されている。

「嘉祥寺はブリティッシュスタイルがベースになっていますが、麗や百美、魁は、バロックからロココへの移行期である18世紀フランスのスタイルを基本に、アレクサンドル・デュマの『三銃士』や、そしてもちろん『ベルサイユのばら』の要素などを混ぜています。ただそれも、あえて非常に表層的な部分を拾って取り込んでいます。言葉を選ばずに言えば、一種の“フェイク感”とでも言いますか。精神的な部分はかなり表側の軽いところにとどめておき、一方で、物質的な部分を重く、ディテールやテクスチャーを複雑にしています。すべてを軽くしないことで、2時間の鑑賞にも耐え得るものにしたいと考えていました」

 あらゆる土地と時代、文化的背景がもたらす視覚的な要素を巧みに混ぜたり、慎重に配して人物デザインに昇華する柘植さんは、「人の意識には小さな記号が必ず残るもの」と語る。

「ファッションは、もともと潜在意識に働きかける部分が大きい。だからこそいつも、愛情を込めて注意深く記号を配置していかなければいけないと思っています。デザインを通じてディテールに宿る固定観念や人間性をずっと動かしている感覚があります。そして、1本の映画の中に何度か出てくるキャラクターを見ているうちに、ふと何かに気がつくような要素をいかに加味できるか。物語の進行に則すだけでなく、見ている間に脳内でいろんな考えが膨らんでいくようなことができると、作品にレイヤーを生み出せますから。今回でいえば、出オチ感と咀嚼感のちょうど中間にデザインを置きたいという思いがありました。ぱっと見のインパクトがありながら、見ている間にそれを味わいに転換できるデザイン。それを自分自身も楽しめるかどうかが、作り手として大事な部分です」

壇ノ浦 百美

原作のイメージを踏襲しつつ、ジャカード織りの生地にレースやリボン、パールを配して装飾的に仕上げたセットアップは前作からの共通衣裳。そこに、今回はマキシ丈のマントが加わり、さらに華やかなルックとなった。麻実麗の衣裳の文脈と同一線上にあるアイテムを一つ加え、シリーズの統一感を保ったまま新鮮さを取り入れている。

麻実 麗、桔梗 魁、嘉祥寺 晃

右 大阪府知事、嘉祥寺晃の衣裳。フロントはスクエアカットのスーツ、バックは燕尾になっているジャケットは、歌舞伎役者で舞踊家である演じ手、片岡愛之助の動きによって、バックスタイルに美しさとけれん味が生まれるようにと考えられた。さらにその燕尾の形も、いわゆるベーシックな鋭角ではなくやや丸みを持たせて、非現実的なエッセンスをきかせている。
中・左 桔梗魁と麻実麗は、まるで一つの魂が二分したようなデザインが特徴的。麗の衣裳をベースに、その構成要素のサイズの比率に変化をつけたのが「滋賀のオスカル」、桔梗の衣裳。配色を含め、麗と桔梗には血脈を感じる仕掛けが取り入れられた。また、桔梗の花模様のマントには全体にビーズ装飾がちりばめられており、ボルドーの中に静かな輝きが生み出されている。さらに胸もとには、滋賀の様々な武家の家紋の刺繍ワッペンが。滋賀県のために戦うキャラクター性を反映したディテール。


Isao Tsuge ● 1960年生まれ。人物デザイナー。多くの映像作品のビューティディレクションを担当し、2008年以降、作品の扮装を総合的に表現する〝人物デザイン〟を開拓。NHK大河ドラマ「龍馬伝」「平清盛」「どうする家康」を担当。映画は三池崇史監督『十三人の刺客』、武内英樹監督『翔んで埼玉』、庵野秀明総監督・樋口真嗣監督『シン・ゴジラ』、庵野秀明監督『シン・仮面ライダー』、渡辺一貴監督『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』など。舞台にシディ・ラルビ・シェルカウイ演出『プルートゥ PLUTO』、『舞台・エヴァンゲリオンBeyond』。「人物デザインの開拓」により第30回毎日ファッション大賞 鯨岡阿美子賞を受賞。

翔んで埼玉
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