魔女と呼ばれた作家の、幻惑の心理サスペンス!『Shirley シャーリイ』ジョセフィン・デッカー監督に尋ねる「見たことがない映像」と「インパクトを与える映画」の制作術

2024.07.03

短編ながら衝撃的な展開が発表当時物議をかもした「くじ」(1948年)をはじめ、米文学界に独自の地位を築いた怪奇幻想作家シャーリイ・ジャクスン。彼女の伝記を基に、現実と虚構を織り交ぜながらその内面と作品世界に迫る劇映画『Shirley シャーリイ』が、7月5日に劇場公開を迎える。

スランプに陥り、引きこもりがちなシャーリイ(エリザベス・モス)を執筆に向かわせるべく、大学教授の夫スタンリー(マイケル・スタールバーグ)はフレッド(ローガン・ラーマン)とローズ(オデッサ・ヤング)の夫妻を居候させて彼女の世話を任せることに。シャーリイは立場を利用し、ローズに悪意あるいたずらを仕掛けるなど支配していたが、ふたりの関係性は徐々に変容していく――。文学的な作品にとどまらず、男女の性差や経済的な格差といった諸問題がひとつ屋根の下で浮き彫りになっていく野心作だ。監督を務めたジョセフィン・デッカーに、ビジュアライズの方法を教えていただいた。

interview & text : SYO

『Shirley シャーリイ』
1948年、短編小説「くじ」が話題を呼んだ小説家のシャーリイは、新たな長編の執筆中だが、スランプから抜け出せずにいた。小説の着想の元は、ベニントン大学に通う18歳のポーラが突如として消息を絶った未解決の失踪事件。そのベニントン大学の教授であるシャーリイの夫、ハイマンは、シャーリイを執筆へ向かわせようとするがうまくいかない。そんなある日、シャーリイ夫妻の元へ若い夫妻——文学部でハイマンの補佐の職を得たフレッドと、その妻のローズ——が居候にやってくる。ハイマンに強引に言いくるめられたフレッドとローズは、何も知らずにシャーリイ夫妻と共同生活を送ることに。初めは衝突しながらも、やがてシャーリイとローズの間には奇妙な絆が芽生えていく。そして風変わりな夫妻の家に深入りしたフレッドとローズは、夫婦の愛を試されることに……。

ジョセフィン・デッカー友人がかつて「あなたは感情的なスリラーを作るね」と言ってくれたのですが、自分の興味は、まさにその部分にあります。アクションやカーチェイスではなく、人間の感情をサスペンスフルに掘り下げてゆく作品ですね。それぞれのキャラクターが持っている豊かで複雑な内面世界が、他者との対立や衝突のなかで、或いは喜びのような形で外側に現れ出るさまを描きたいと思っています。

また、映画は時間を司るメディアです。そうしたサスペンスフルなテンションを2時間の中でどう持続させていくかは、映画を作る際にいつも念頭に置いています。編集技師とも細かく話し合いながら試行錯誤していますが、緊張感をキープする秘訣は「観客が常に疑問を抱ける」ことではないかと考えています。質問の答えは必ずしも提示されないかもしれませんが「これはどういうことだろう」と常に思い続けられて、一つ解消されたらまた次の疑問が湧くというような物語が、最初から最後まで緊張感が持続するサスペンスを構築するのではないかと。

ジョセフィン・デッカーシャーリイの行動は予測不可能で、いきなり怖くなったり優しくなったりするため、ローズにとっては「いつ毒のあるシャーリイが出てくるのかわからない」点が恐ろしいのではないかと思います。ただ、私がこの映画の中で気に入っている部分の一つなのですが——ローズにも徐々にそうした側面が出てきますよね。彼女は自分が気づいていないだけで、相当の力を秘めています。女性的な力とでもいいますか——シャーリイとの交流の中で、ローズも自分の“魔法”を自覚して、自身を解放していくのです。

ジョセフィン・デッカーそこを見ていただき、すごく嬉しいです。おっしゃる通り、シャーリイとローズは最初は正反対のところにいたけれど、だんだん交差して、最後にはお互いが相手に成り代わるようなところがあります。最初きちんとしていたローズがどんどん滅茶苦茶になっていき、シャーリイが逆になっていくさまを画面全体で表現したく、あらゆる部門の方にお願いしました。コスチューム・デザイナーのアメラ・バクシッチが天才的な人で、こうした「お互いがお互いになっていく」プロセスを見事に表現してくれました。

ジョセフィン・デッカー脚本を書いたサラ・ガビンズは、その点を非常に苦労しながら表現しようとしていました。いわゆる伝記ものを作るのではなく、シャーリイ・ジャクスンという人物と作品世界の中に入り込むような体験を目指したのです。

シャーリイの小説群を読み込んでいけばいくほど「彼女は私のメンターだ」と感じるようになりました。私が生まれる前に亡くなってはいますが、ストーリーテリングの手法、現実が崩壊していく様子、予期せぬ出来事が起こり、未知の世界に潜り込んでいく世界観といったものに私自身、非常に影響を受けており、サラと「シャーリイの小説を読んだときの感覚を映画で表現しよう」とは常々話していました。

ジョセフィン・デッカーシャーリイは執筆中のある段階から、ローズを自分のミューズとして捉え始めます。自分が書いている小説のキャラクターにローズを反映させていくため、ローズ役には創作の中の主人公ポーラも演じられる俳優が良いと考え、オデッサ(・ヤング)を選びました。つまり、キャスティングの際には既に「1人2役」のアイデアは浮かんでいたのです。

私自身もそうなのですが、執筆中というのは、まだキャラクターが完全に出来上がっていないものです。書いていくなかでどんどん焦点が合って輪郭がはっきりしていくところがあるため、シャーリイがローズと親しくなるにつれてポーラの表情も見えてくるような、代替現実的に表現したいと思っていました。そうして出来上がったのが、今あげてくださった「顔がかき消されたポーラ」になります。このシーンにおいては、カメラのフォーカスをぼかしながら撮ろうと思っていたのですが、結局のところポストプロダクション時にVFXを使って試行錯誤しました。10種類以上試して、その中から最もイメージに合うものを選びました。

また、ローズなのかポーラなのか——がシャーリイと浴槽に入るシーンがありますが、あのシーンにおいては撮影現場で様々なパターンを試しました。ローズ/ポーラが部屋のどこから入ったらいいのか、カメラをどこに置いたらいいのか、シャーリイが呼び寄せてローズ/ポーラが入ってくる形がいいのか等々……。最初からはっきりイメージが浮かんでいる場合もあれば、現場で見つけていくものもあります。

ジョセフィン・デッカー今回の撮影を手掛けたシュトゥルラ・ブラント・グロブレン(『アナザーラウンド』『イノセンツ』ほか)がとても素晴らしい方で、現場に入る前から細やかに打ち合わせをしてイメージ共有を図ることができました。私たちはシーンごとにカテゴリ分けを行い、「ここは絵本みたいにしよう」「ポーラが登場するシーンはお人形さんのような可愛らしい感じにしよう」とコンセプトを決めていきました。

また、シャーリイとローズの親密なシーンにおいては「ベイビー」と名付けました。赤ちゃんにほおずりするように近くで撮ったり、被写体がある人からある人に移るようなときにはカメラマンが実際にテーブルの上に乗っかって這いずり回るようにカメラを動かしたり、様々な実験を繰り返しました。


Josephine Decker  1981年イギリス・ロンドン生まれ、アメリカ・テキサス育ち。アメリカ⼈映画監督、パフォーマンス・アーティスト。1999年にハイランド・パーク⾼校を卒業し、2003年にプリンストン⼤学を卒業。指揮者になることを志し、指揮のクラスに申し込む。多くのインディペンデント映画に俳優として出演。2015 年には第33回トリノ映画祭の審査員を務めた。テレビドラマやドキュメンタリーの監督、パフォーマンスアート、アコーディオン演奏、俳優としても活躍。カリフォルニア芸術⼤学とプリンストン⼤学で教壇に⽴ち、School of Making Thinking ではアーティスト・レジデンシーを率いた。『アンチクライスト』、『天国の⽇々』、『エターナル・サンシャイン』、『Silent Light(原題)』、⼩説『エデンの東』、監督ジョー・スワンバーグ、そして頻繁にコラボレートしているアーティストのサラ・スモールに影響を受けたとしている。

『Shirley シャーリイ』
監督:ジョセフィン・デッカー
脚本:サラ・ガビンズ
出演:エリザベス・モス、マイケル・スタールバーグ、ローガン・ラーマン、オデッサ・ヤング
2024年7月5日(金)より、東京・日比谷の「TOHO シネマズシャンテ」ほかにて全国公開。サンリスフィルム配給。©︎ 2018 LAMF Shirley Inc. All Rights Reserved

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