アートの世界なのに、そこにあったはずの許容や容赦がなくなっていってしまうのは、つまらないです。
——稔とタケの二人の場面で忘れられないのは、夜のバイクの二人乗りのシーンです。
藤原:あの場面で嬉しいのは、タケの優しさですよね。友達の代わりにタケが泣く、僕はそれがすごく素敵だなと思います。義山真司っていう人も、本当に優しくて、優しすぎてむかつく時があるくらい優しいんです。それで、生きづらくて。本当に、真司がそのままタケに乗り移っていました。だから世間の皆さんには、この映画で真司の優しさを知ってもらえるのが正直、嬉しい。あと、タケみたいに優しすぎて生きづらい人はいっぱいいると思う。そういう人を少しでも肯定できるような映画になっている気がします。
『東京ランドマーク』より
——稔は稔で、また違う種類の優しさがあると思います。方法は多少荒っぽくても、桜子ちゃんを家に帰そうと頑張ったり。
藤原:稔はやっぱり不器用ですし、客観的に見て、タケにすごく甘えていますよね。あれって、でもわりとそのままなんです。僕も真司に対して、すぐにわがままを言ったり怒ったりしちゃう。真司って、ちょっとお母さんみたいなところがあるから(笑)。その二人の関係に、鈴木セイナさん演じる桜子が入ってくることで、自分たちにしか向いていなかった世界のベクトルが広がっていく、そこに物語を感じます。
——お母さん(笑)。確かに鍋のシーンも、思い返すと母親のような接し方でした。
藤原:桜子役の鈴木セイナさんが演技をするのが初めてで、あの場面で混乱してセリフがまったく出てこなくなっちゃったんです。あの場面は本当はもっと、すごく短いんですよ。鍋を食べる、鈴木さんが怒る。それだけのシーンだったのですが、セリフが出てこなくなって、怒らなきゃいけないのに笑っちゃったりして。それで、真司がしゃべり続けたんです。「大丈夫か?なんか飲むか?」みたいに。そこにもタケの優しさが出たなって思います。ただ、そうしたら桜子がもっとイライラしていったっていうのがあの場面。本当に面白いなと思っていました(笑)。
——では、桜子ちゃんの「なんなのうるさい!」みたいな感じは本当だったんですね。
藤原:リアルでした!タケも僕もリアル。
——あの場面も大好きです。藤原さんは、好きな場面はありますか。
藤原:今の2つの場面は結構好きです。でも、『東京ランドマーク』は情景が流れていくような映画で、僕はそのさまが好きなので、ある場面を取り出すのは難しいかもしれません。
ただ、特別な思い入れがあるシーンはあります。最後のほうの場面で、稔に荷物が届きますよね。あの荷物は、僕のもう一人の親友である、俳優の中山求一郎に頼んで届けてもらったんです。それは自分にとって一つのメッセージを含んだもので——というのも、今まで出てこなかった母の存在がそこで見えてくるので、荷物を届けてくれるメッセンジャーも、大切な人に演じてもらいたいなと思ったんです。そうして求一郎が演じてくれました。後から知ったのですが、今回の上映ではこのシーンはカットとなってしまいました。ですが思い入れがあることに変わりはないので、いつか見れるようにお願いしようと思います。
桜子の父親を演じた、大西信満さんの存在もそうです。僕の大切な先輩の一人である信満さんに、桜子のお父さんをやっていただきたくて、真司と一緒に、泣きながら直談判した記憶があります。この映画は、今、全国公開に向けて動いているのですが、信満さんが大阪の映画館に交渉に行ってくださったりしていて本当に懐の深い方です。
多摩というロケーションや僕の家や真司の家が映っていることも含め、それぞれの思い入れが形になっていて、宝物みたいな映画です。
『東京ランドマーク』より
——宝物みたい、本当にそうですよね。最後の場面では、3人がはなればなれになったとしても、彼らには同じ光が降り注いでいるし特別な夜の記憶がある、ということが温かく示唆されていました。そのことと、先ほど、藤原さんが「居場所はここにあったんだ」とおっしゃっていたことがつながるような感覚を受けたのですが、人の居場所というのは、一体何によって作られるものだと思いますか。
藤原:無理に自分たちの力で作っていくようなものでもない気がします。ふとした時にそばにある気がする。確かに、あの3人はバラバラになるかもしれないですし、未来も劇的にいいものにはなっていかないかもしれない。だけどあの3人で過ごした数日間が、眠れない夜にふと思い出してちょっとした支えになるかもしれないと思います。それを見てくれたお客さんにも共有したいという気持ちがあるので、映画館に来て『東京ランドマーク』を見たという瞬間が、劇的に自分を変えてはくれなくても、ある夜にふとした支えになればいいなって。
今日(※取材は5月2日に実施)は、たまたまですが真司の誕生日なんです。そんな夜にこの映画の上映会が開かれて、席がいっぱいになる。生きていればこんな最高な夜もあるんですよね。
そうやって、みんなで生まれてきてくれてありがとうっていうことを祝福しあうのも、一つの努力だと思うんです。みんなの心に一生残るかもしれない夜を自分たちで作るんだっていう、この努力もひょっとしたら大事かもしれないなと最近では思います。居場所づくりをするのも、一つの努力なのかなという気が、少ししてきました。
——公開されなかった5年の中にも、たくさんの努力や思いがあったわけですもんね。
藤原:そうでした。コロナもあって、自分が根無草になったような気持ちでいたこともありました。それで、ふと周りを見た時に仲間がいたというのは、僕にとってギフトです。
今日は、真司にお花とケーキを用意しているんですよ。
——素敵なお祝いになりますね!最後に、次の5年に向けてどんな努力をしていきたいかを聞かせていただけたら嬉しいです。
藤原:毎熊さんのように活躍されている俳優がプロデューサーをして、こうして映画を世に出すのはかっこいいなと思います。昔に比べて映画館に足を運んでくださる方の数が減っている一方、シネコンではアニメが1日に10回以上かかっているという状況がある。だからこそ、お客さんが持っているチケット一枚は、単に映画を見るということだけじゃなく、未来に文化をつなぐ切符にもなっていると思うんです。——あ、今のは完璧に(井浦)新さんの受け売りなのですが。
——えっ(笑)。
藤原:100%、新さんの受け売りでした(笑)。でも話を戻すと、映画館に足を運んでくれる方が少なくなっていくっていうことは、映画を制作する上で採算が合う企画しか通らなくなり、可能性の低い作品や俳優はどんどん切り捨てられるようになっていきます。アートの世界なのに、そこにあったはずの許容や容赦がなくなっていってしまうのは、つまらないです。
だけど世の中には、映画に憧れてこの世界に入った才能がある人も山ほどいます。そういう俳優たちの中には、「季節さんが僕たちの希望なので絶対に世に出てください」と言って応援してくれる人もいて。だから、自分が世に出ることができたら、その人たちにチャンスを与える存在になりたいです。映画を作ったり、舞台を制作したりできる土俵を5年の間にしっかりこさえて、その土俵に、しかるべく人に上がってもらえるように。
そういう作業を時間をかけてしていきたくて、今、自主企画で朗読や舞台制作、脚本の執筆などもしています。文化が育たないとダメだなって思いました、新さんの話を聞いて(笑)。
Kisetsu Fujiwara ⚫︎ 1993年1月18日生まれ、北海道出身。小劇場での活動を経て2013年より俳優としてのキャリアをスタート。翌年の映画『人狼ゲーム ビーストサイド』(熊坂出監督)を皮切りに、『ケンとカズ』(16/小路紘史監督)、『全員死刑』(17/小林勇貴監督)、『止められるか、俺たちを』(18/白石和彌監督)などに出演。2020年には、主演を務めた『佐々木、イン、マイマイン』(内山拓也監督)がスマッシュヒットを記録し、『his』(20/今泉力哉監督)とあわせて同年の第42回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。翌年には第13回TAMA映画賞最優秀新進男優賞を受賞するなど、デビュー以降、映画のみならずドラマ、舞台など幅広く活動を続けている。その他の映画出演作として、『くれなずめ』(21/松居大悟監督)、『のさりの島』(21/山本起也監督)、『空白』(𠮷田恵輔監督)、『わたし達はおとな』(22/加藤拓也監督)、『少女は卒業しない』(23/中川駿監督)など。現在、映画「辰巳」(小路紘史監督) が公開中。
『東京ランドマーク』
コンビニエンスストアのアルバイトで生活をする楠稔(藤原季節)の家に、いつものように小田岳広=タケ(義山真司)が遊びに行くと、そこには家出少女の道野桜子(鈴木セイナ)がいた。未成年の桜子を早く家に帰そうとする二人だが、桜子は帰るそぶりを見せない。桜子が家出をしたのはなぜ? 稔、タケ、桜子の不思議な関係性が始まり、その時間の中で、各々がうまく折り合いをつけられない家族にも向き合っていく。
監督・脚本:林 知亜季
出演:藤原季節、義山真司、鈴木セイナ、浅沼ファティ、石原滉也、巽よしこ、西尻幸嗣、柾賢志、寺田尚子、佐藤考哲、大西信満
配給:Engawa Films Project
2024年5月18日(土)より、東京・新宿の「K’s cinema」ほかにて順次公開。
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