photographs : Josui Yasuda (B.P.B.)
6月20日、草月会館で開催された”KIDILL”の2022年春夏コレクション。テーマにしたのは”イノセンス”。パンキッシュでパワーあふれる作品と、すべての作品に込めたデザイナー末安弘明のインタビューを。
ーーキディル立ち上げは?
末安弘明さん(以下、末安さん):2014年の秋冬からです。
ーーブランド名の由来は?
末安さん:造語なんですけど、kid(少年)とill(精神状態の不安定さ)という単語を組み合わせて。10代の頃の好きなものに没頭するような、繊細で残酷な感情を切り取ったような。服が好きになった時の気持ちを忘れないようにということも含めて。パンクとかロックとかのカルチャーが大好きだったのでそんな気持ちをブランド名に込めました。
ーーデザイナーを目指したきっかけは?
末安さん:本当は高校を卒業するときに服飾関係の学校に行きたかったんですが、手に職をつけなさいと親に反対されて。そこで一度断念して、美容師を6年やりました。でも服を好きな気持ちは忘れられなくて、美容師をやめてロンドンに行きました。1年で帰るつもりだったんですが3年間の滞在に。せっかくロンドンまで来ているし好きな服作りをしようと、まずはリメークからやってみました。リーバイスの古着やTシャツを買って作りましたね。好きなことをやってみようと後押ししてくれたのは岡本太郎さんの本「今日の芸術」。これを読んで”これはやり遂げないといけない!”という気持ちが固まりました。
Kyohei Hattori
ーーロンドンがスタートとなって今の形を表現しつづけているのですね。
末安さん:パターンも引けないし、服作りが全く分からない。リメークでしか作れなかったんです。特に服を売るための取引先もなく、趣味の延長のようでしたね。1年ぐらいしてから友達とオフスケジュールでロンドンコレクションに参加。失敗してもいいから一度やってみようと。そこがファッションを仕事にした始まりかな。
ーーコレクションをやって服を売るというところまでいきましたか?
末安さん:H.P. FRANCEさんが、「このコレクション全部買うから、誰にも売らないで!」と。そして、当時ラブレスのバイヤーを担当していた吉井さんも買い付けてくれました。ラブレスでは、発売初日に店頭で完売してしまい、担当者から電話がかかってきたのを今でも覚えてます。
ーー服の勉強はそれから?
末安さん:2005年から2,3年間あたりはリメークブームで、ブランドでは”ババドゥドゥ”とか代官山のショップ”バサラ”とか人気がありました。その時期のスタートなので、リメークがめちゃくちゃ売れたんです。それが数年たって下火になった時、きちんと服が作れる人が残ることになった。このままはダメと助言してくれたのがH.P. FRANCEのバイヤーさん。ビザがとれなくて日本に帰ってくるタイミングだったんですが、これはちょっと勉強しないとと。それがきっかけで日本の織物工場や縫製工場、付属の部品を扱う工場などいろいろ回って、服作りの基本的なことを教えていただいた。服作りに関して知識が足りなかったので生産の現場を見ることで勉強になりました。その後服と本気で向き合ったのが2014年のころ。それから東京コレクションに参加しました。
ーーロンドンコレクションではなくパリコレだったのは?
末安さん:2017年の東京新人デザイナーファッション大賞に入賞して、ビジネス支援を受けたのがきっかけです。ロンドンも考えたけど、パリがいいのではというアドバイスをいただいて。いちばん最初のパリのショーはさんざんでしたね。東京でやったショーは700人ぐらいお客さんが来て入れない人もいたのに、その感覚でやったら全くダメだった。そこであらためて頑張ろうと決意しました。
ーー今年の1月にはパリコレのオンスケジュールで参加ですね。
末安さん:基本的には推薦状と、フランスモード界を牽引する組織のフェデラシオンの方との面談。将来のこと、売り上げ、取引先、生産、型数など細かくインタビューされました。緊張して全然しゃべれなくて。これは落ちたと思いました。そのあと自分の思いの丈を長い文面で送ったんです。このチャンスを逃しちゃいけないと。そして審査に通りました。
ーーオンスケジュールでやったパリこれの反応は?
末安さん:手ごたえはありました。始めたからには継続して頑張らないと。それが今の目標です。
ーー今回は先行して東京でのコレクションでした。テーマは?
末安さん:「イノセント」です。ここ最近は、今の自分の気持ちをテーマにしています。濁ったものを作りたくない。自分の心に素直に向き合いたいという気持ちから。
ーー草月会館を会場に選んだ理由は?
末安さん:今回ショーではロープアーティストのHajime Kinokoさんに参加して頂き、緊縛のエッセンスをスタイリングとして取り入れてます。固定観念的なエロチシズムのシンボルではなく、アーティスティックでクリエイティブな意思を宿しています。クリーンで日本の歴史を感じさせるこの空間がいいと思いました。会場のクリーンなイメージとパンキッシュな服のギャップがポイントです。真逆の温度差。これを発表するのは草月会館のイサム・ノグチの花と石と水の広場しかないと思いました。「天国」というネーミングもいいですよね。
Movie Director : Yusuke Ishida
ーーコラボでさらに強さに拍車をかけて?
末安さん:誰もがコロナで弱気になりがちでしたよね。このままじゃダメ、弱っている場合じゃないと。この辛く長い時間が自分にとってはいいバネになりました。売れる売れないはまず置いておいて、自分が今思っていること考えていることを素直に表現したいと。
今回はイギリスのグラフィックアーティスト、トレヴァー・ブラウンさんとのコラボが実現しました。80年代後半から活躍している方で、面識はなかったんですが作品がとても好きなので強くお願いしました。僕はトレヴァーの描く作品に、グロテスクとカワイイの価値観が共生していることに魅了されました。一見、残酷で被虐的にも見えますが、純粋に少女の儚さや繊細さ、混沌や狂気が隣り合わせにあることを教えてくれます。
ーーパンクを表現するうえで影響を受けた人、モノ、コトは?
末安さん:スタイリストやアート・ディレクター、ジュエリーデザイナーなど多岐に渡りイギリスのパンク・ファッション界を牽引していたジュディ・ブレイムさん。服が好きになったきっかけはこの人から。90年代前半のロンドンで、クリストファー・ネメスと一緒にデザインスタジオ「ハウス・オブ・ビューティー&カルチャー」を立ち上げた人です。とても影響を受けました。コム・デ・ギャルソンのデザイナーである川久保玲さんにも影響を受けてます。服作りに対する姿勢や、新しいものを生み出そうとする決意を感じます。音楽ではセックス・ピストルズ、シーナ&ロケッツ、灰野啓二さん。灰野さんには前回のショーで音楽を担当していただきました。アートでは岡本太郎、フランシス・ベーコン、ピカソなど好きです。多くの分野の人からいい影響を受けています。いろんなカルチャーをミックスさせて、着る人の意外な一面を引き出せたら。若い人はもちろん、たくさん服を着てきた大人の人たちにも。
ーー今後デザイナーとして目指すことは?
末安さん:これからも自分が自分であることをテーマにしています。自分に嘘をつかない。毎回同じことはやりたくないし、きちんと進化させていきたいです。
トレンドもここ1年間意識しなくなりました。以前は他のブランドの展示会に行ったりショーを見たりしましたが、今は一切してないです。ほかのクリエーターの服を見るとやっぱり記憶に残るし、意識してなくても似てきてしまうこともあるから。
Kyohei Hattori
interview & text : SO-EN
photographs : Josui Yasuda (B.P.B.)
末安 弘明 (すえやす ひろあき)
1976年福岡県生まれ。大村美容ファッション専門学校卒業。2002年に渡英。2014年、KIDILL(キディル)をスタート。「KIDILL」とは、カオスの中にある純粋性を意味した造語。
自身が90年代に体験してきたロンドンパンク、ハードコアパンク、ポストパンク、グランジ、などのカルチャーを軸に、現代の新しい精神を持った不良達へ向けた服を制作。