「理解できなくても一歩ずつ歩み寄って、近くにいればいいだけ」
人気お笑いコンビ、EXITの兼近大樹さんが、なんと連続ドラマに初出演!Amazon Originalドラマ「モアザンワーズ/More Than Words」(2022年9月16日より全世界配信)で、主人公の一人・槙雄(青木柚)に深く関わる、新米美容師の杉本朝人を演じています。痛みも伴う青春群像劇のなか、繊細なお芝居で、槙雄を包み込む温かさを体現していた兼近さん。ドラマのこと、演じた役柄のこと、最近の兼近さん自身のことやファッションのことまで、その魅力が伝わるインタビューをたっぷりお届け!
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.)、hair&make:Chiemi Ohshima
Daiki Kanechika ● 人気お笑いコンビ「EXIT」として活躍中。芸人としての枠にハマらない活動は、オリジナルのファッションブランド「EXIEEE」の展開やニュース番組への出演と幅広い。個人としては2021年に初めての小説『むき出し』(文藝春秋)を刊行。
色んな夢が叶っていくなかで、目標とか夢がなくなっちゃったんですよね。やっていなかったことに挑戦して、次を探そう、に変わった
――今作「モアザンワーズ/More Than Words」が、兼近さんの連続ドラマ初出演作になりますね。オファーを受けた時はどんな気持ちでしたか?
兼近「僕が出て大丈夫かなあっていう気持ちでした。たくさん俳優さんがいらっしゃるのに、こんなにしっかりした役を、芸人の、しかもチャラ男にやらせるんだ?って。別の人のほうがいいんじゃない?っていう気持ちは正直ありました。
ドラマの出演については、もし合う役があれば挑戦したいと思ってましたけど、よく考えたら”合う役”なんてないんですよね。”合わせていく”だけで。原作を読んだら、演じた朝人は僕と全然違うんですよ。明るくないし、チャラ男じゃないし、素朴で良い人。だけど今は、苦手なこととか、やりたくないこともガンガンやっていこうっていうスタンスなので、皆さんがそんなに言って下さるなら真剣にやります!という気持ちでしたが……嫌でした(笑)。なりきるために頑張りました!」
――苦手なことややりたくないこともやるスタンスって、すごいですね。それはいつからですか?
兼近「最近ですね」
――なにか、きっかけがあったのでしょうか?
兼近「テレビのお仕事をいっぱいいただけるようになって、それに慣れちゃった時があって。『なんでカメラの前に座ってリアクションだけして、一日終わってんだろう、つまんねーなー』みたいに感じちゃって、あんまり刺激が無いというか、面白くなかったんです。そんな時に、普段挑戦しないようなワクワクすることをやってみようって思い始めたんですよね。
あとは、本(小説『むき出し』)を書き終わったのが大きなきっかけかもしれないです。夢が叶ったあとを考えることって、あんまりなくないですか? 僕は夢を漠然とは持っていたけど、それが叶う人生だとは思っていなかったので、あとのことは考えていなかったんです。自分が願ってた、『芸人としてテレビにいっぱい出る』とか『本を書く』とか、色んな夢が叶っていくなかで、目標とか夢がなくなっちゃったんですよね。じゃあ、やっていなかったことに挑戦して次を探そう、に変わったんです。1年と半年前ぐらいからですね」
――とっても前向きですね。そのタイミングで、こうしたドラマのお話もあって。
兼近「そうです、そうです。それまでは、ドラマ出演なんてちょっと時間もとられちゃうし、もっと素晴らしい俳優さんがいるんだから別の人でいいじゃんって思っていたんですよね」
朝人って、世の中にあふれる”当たり前”や”普通”をぎゅっとしたみたいな人
――今回、朝人を演じる上で決めていたことや工夫したことはありますか?
兼近「とりあえずやってみよう」ではありましたけど、セリフが京都弁なのは助かりました。自分自身も慣れない京都弁のセリフを不安になりながら覚えて話しているので、その自信のなさが朝人っぽくていいなって思ったんですよね。流暢にベラベラ話すのではなく、言葉を選びながら喋ってる感じが逆にありじゃん!ラッキーって。
美容師をしているところも自分で考えて妄想でやっていたのですが、朝人はプロとか、カリスマ美容師じゃなかったのでそれもまた良くて。夜の美容室でカットの練習をしているシーンは、本当に練習してる気持ちで出来たので、それもまたラッキーでした。
監督とはあまり細かく話はしていなくて、手がかりになったのは台本と原作です。あとは、青木柚くんと二人のシーンがほとんどだったので、柚くんの感じをちょっと見ていました。あぁこういうテンションなんだ、とか、こんな間の取り方や会話の作り方なんだとかっていうのを、学ばせてもらいながらやっていましたね」
――視覚的にもいつもの兼近さんと違って、朝人の衣装の色のトーンは落ち着いた紫やブルー、カーキでしたよね。髪の色もナチュラルな茶色で。衣装やヘアスタイルから受ける影響はありましたか?
兼近「それはそこまで気にしていなかったです。プライベートでもずっとド派手なかっこをしているわけではないので、朝人の衣装も普通に着ていました。僕自身、何を着てもそんなに気にならないんですよね」
――むしろ自然体の兼近さんに近いような?
兼近「あ、たしかに。普段、私服でああいう服を着ていますし、部屋のシーンで着ていた朝人の衣装も1着買い取ったんですよ。古着だったのでわりとお安く(笑)」
――それはうれしいですね(笑)。朝人の内面的な部分で兼近さんが共感できるところや、自分に近いと感じられる部分はどこでしたか?
兼近「みんな、大なり小なりそれぞれ悩みを抱えているじゃないですか。人から見たら簡単に思えるようなことも、本人としてはすごく深く考えているようなことだったりして、痛みって個人レベルで違いますよね。だけど朝人の物事への向き合い方は、分かるわ、あるなって思いました。
あと、斎藤工さん演じる兄ちゃんが、家族について今はもうわだかまりがないように言う場面で、『兄ちゃんは何でそういう風に思えるん?』みたいに聞くんですけど、そこも、朝人の気持ちが分かりました。あれって、多分そういう風に思える自分もいたと思うんですけど、兄ちゃんの前だから、あえて比較して俺には無理だよっていう風にもってってるんですよね。弟を演じてる感じ。ちょっと兄ちゃんを立てつつ、自分の弱い部分を見せられる感じが兄の前でしかできないのは、僕も兄貴がいるから、分かるな~!って。あの場面は良かったですね」
――「弟を演じる」といえば、以前、兼近さんがインタビューで「タレントはいつもバレないように演じているようなもの」とおっしゃっていたのが印象的でした。今回は同じ「演じる」というフィールドの中でも、どのような体験になりましたか?
兼近「普段、テレビカメラの前で演じてるものって、自分の中にある『こうしたらいいんじゃないか』とか『こうしたら面白いんじゃないか』を考えて出しているものなんですよね。でも今回はそうじゃなく、朝人という人がいて。となると、自分の出したい面白さみたいなものは全部排除しなきゃいけないじゃないですか。そこは難しいというか……なんだろう、どうしたらいいか分からなくて、朝人という人間をただやることしか出来なかったです」
――ワンシーンワンカットの印象的な場面も幾つかあったのですが、それも「THE突破ファイル」などとは違って難しそうだなぁと思いました。
兼近「突破警察なんて何も考えなくていいんですよ!リハもドライもないし、しかもほぼ兼近ですからね。役名が兼近巡査なんですから(笑)」
――なるほど!(笑)
兼近「自然体の演技は、やっぱり難しかったですね。意外とカットがかかるまで長く感じるんです。ここで終わりってなっても余韻みたいな部分を撮っていて、『どこまでやんの!ここで終わりですけど!』・・・ってツッコミたいけどそれは出来ないから、俺も余韻でコップを持ってみたり、酒飲んでみたりしてました。そういう変な部分はいっぱいあるかもしれないです(笑)」
――では、兼近さんからは、朝人はどんな人に見えていましたか?
兼近「素朴で色んなことに流されながらも、さまざまなことを学んでいて、本当に当たり前に日々を過ごしているという感じがありましたね」
――私は、朝人が家を出たくて美容師になったけど、お前には野心がない、みたいに店長に指摘されるところにはっとしました。
兼近「みんな、多分そうですよね。 朝人って、世の中にあふれる”当たり前”や”普通”をぎゅっとしたみたいな人だと思うんです。野心がある人のほうが少ないと思うし、家を出たくて美容師になったなんて、めっちゃ普通な感じがするじゃないですか。そこは、学校あるあるみたいなものが分からないような俺とは違いすぎる人生で、これが当たり前の若者のど真ん中なのかな?みたいな感じで考えていました。まぁでも、全員がど真ん中なんですけどね」
まっすぐ進むだけじゃなくて、色んなところをグルグル回っても道は広がっている
――「モアザンワーズ/More Than Words」は、世間一般の”普通”に苦しむ人が出てくるドラマですよね。今のお話をうかがって、兼近さんだからこそそういう登場人物達に寄り添うことができるのかなと感じたのですが、今回演じられた役を通して、兼近さんは一般的な”普通”や、今の”普通”というものをどんなものだと捉えていますか?
兼近「全部、当事者が普通なんですよね。今って、自分にとっての”当たり前”の環境から抜け出すのがすごく難しい世の中だと思うんです。だから分断や揉めごとが起きていて。社会問題の一つ一つもそうですけど、違う人同士が、”お互いの当たり前”をぶつけ合っている限り、絶対にうまくいくわけがないんです。互いに理解し合うことなんて無理だけど、歩み寄ることがすごく大切なんですよね。理解できなくても一歩ずつ歩み寄って、近くにいればいいだけ。どっちかの意見に染めようとしたら、うまくいくわけがないよなって日々感じています。
『モアザンワーズ』の中でも、例えば柚くんが演じたまっきー(槙雄)のことを普通だと思っていたり、そうじゃないと思いながらその環境にいたりする人がいて、個々に思考が違う。だったら、一人一人の当たり前をすり合わせていくだけでしかないというか。ドラマを観ている人も、彼らを『違うよな』って思ってもいいし、『分かるわ』って思ってもいい。このドラマは、大切な歩み寄りみたいなものを見せてくれるし、こういう世界もあるなっていうことを見せてくれる感じがしますね」
――「装苑」を読んでいる読者の多くは、10代~20代で、まさにこれから夢を叶えようという世代です。朝人のような美容師見習いさんであったり、美容学生であったり、美大生、服飾学生だったり。そうした、叶えたい夢があって頑張っている人達に兼近さんがかけてあげる言葉があるとしたら、なんでしょうか?
兼近「うーん。難しくなっちゃうかもしれないのですが、夢って叶わないことがほとんどだと思うんです。誰かに助けていただいて、誰かが繋げたものの先に、たまたま叶っていたということだと思うんですよね。ファッションや美容をやるにしても、きっとそれをずっと繋げてきた人達がいて、周りにもそれをさせてくれた人がいて、と、色んな歯車が噛み合って叶っていくものなんですよ。
自分が一番最初に描いた夢もいいけど、生きていく中で形が変わっていく夢もあると思うんです。だから、そこにあわせて納得していくことも必要。『絶対に私はこうなるんだ』っていうのは、僕は、ちょっと無理だと思うんです。ただのわがままでしかないというか。色んな人に感謝しながら、誰かのおかげで自分があるということを理解していかないと、ただ私はこうしていくんだ!ということだけで叶うことって、ほとんどないと思いますね。だって、あのイチローだって、親が色んなことをしてくれたから今があるって言うんですよ!
それにまわりにも色んな人の夢があって。少しずつ自分も誰かの夢を叶える役割に染まっていけば、変わっていくのかなあって今は思います。
ただただ目標に向かってまっすぐ進んでいくっていうのもいいかもしれないけど、それでうまくいくかどうかは分からないし、進めなくなった時の絶望感がすごいですよね。まっすぐ進むだけじゃなくて、色んなところをグルグル回っても道は広がってるから。先には進めてなくても横道に行っていれば、その分、先に行った人には見えていない景色が見える。そこで新たな夢も作れるし。だから言いたいのは・・・適当でいいんじゃない?っていうことです(笑)。
適当に、楽しく。”適度に合わせていく”というか。その先になんか見つかるんじゃないかな。とくに僕の職業だとそうですよね。テレビの制作をしている人が、どういう番組やどういう笑いを作りたいかを理解して進んでいくものなので。近くにいる人に感謝することで繋がっていくものがあると思います。うーん、やっぱ若い子には伝わんないかも(笑)」
――すぐには理解できなかったとしても、心に留まっていて「あぁ、あの時のあれはこのことか」と、ふと思い出して腑に落ちることってありますよね。今おっしゃっていただいたのはそういう言葉かなと思いました。
兼近「そうだといいな。努力とかも大事かもしんないけど、努力できる環境に感謝!というか。努力は全員ができるわけじゃなくて、できない環境にいる人もいて。そもそも、努力をするということすら教わらなかった人達が世の中にはいっぱいいて。
そういう人にも支えてもらいながら夢って叶えられているんですよ。そういうことも、いずれ分かってくるような気がします」
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