山田杏奈が出演する映画を見る楽しみは、簡単ではない問題を彼女演じるヒロインがどう受け止め、消化して前に進むのか、葛藤の過程に、確かな肉体の重みを感じられることだ。昨年の東京国際映画祭のコンペティション部門に選出された福永壮志監督の『山女』では、18世紀末の東北のとある村を舞台に、先祖の罪を代々背負う一家に生まれた、凛というヒロインを演じた。生まれながらに差別を受け、日々の行動に様々な制約を伴う中、凛はある出来事を経て、自らの意思で禁じられた山へと入る。柳田國男の『遠野物語』に着想を得たこの物語で彼女は何を感じたのかを聞いた。
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Ayano Nakai / hair & make up : Raishirou Yokoyama / interview & text : Yuka Kimbara
『山女』
大飢饉に襲われた、18世紀後半の東北の寒村。先代が罪を犯した家の娘である凛は、村の人々から蔑まれながらもたくましく生きていた。ある日、父親の伊兵衛が盗みを働いてしまい、凛はその罪を被って自ら村を去る。立ち入ることを禁じられた山奥へと凛が足を踏み入れると、人々が恐れていた「山男」に出会う。凛の運命が動き出す。
監督:福永壮志
脚本:福永壮志、長田育恵
出演:山田杏奈、森山未來、二ノ宮隆太郎、三浦透子、山中崇、川瀬陽太、赤堀雅秋、白川和子、品川徹、でんでん、永瀬正敏6月30日(金)より、東京の「ユーロスペース」と「シネスイッチ銀座」、7月1日(土)「新宿K’s cinema」ほかにて全国順次公開。アニモプロデュース配給。©︎ YAMAONNA FILM COMMITTEE
――山田さんからは、いつも映画の中で、確かにそこに存在するという肉体の重さを感じます。特にこの『山女』では、村のどこにも居場所がない彼女が山で初めて生まれてきた意味を知る物語で、山田さんの肉体が大きな意味を持っていますね。
山田杏奈:「そう言っていただいて、すごく嬉しいです。監督の福永さんが、キャスティングの理由として、『私のことを本当に山にいそうだから』と言ってくださったらしくて。山にいそうって何だろう、と少し思ったのですが(笑)、素敵な言い方をしてくださってありがたいなとも思いました。
『山女』では裸足の場面が多く、特に山の中は、地面に落ちている木や石を踏みつけるたびに痛くて、裸足でいることがしんどい時もありました。でもこの痛みは、いつも役を演じる時に、息を吸い込むようにちゃんと感じ取ろうとしていることでもあって。今おっしゃって下さったように、私の肉体から凛の抱えている痛みが出ていたのだとしたら、それはすごく嬉しいなって思いました」
――福永監督は高校卒業後はアメリカの大学に進学し、アメリカで映画を作って日本に戻ってきた監督ですね。今回、組んでみて、その演出などに感じたことは?
山田杏奈:「私は、これまで自分のルーツを気にしたことがありませんでした。一方、福永さんは、海外で学んで仕事もされたことがあり、日本人が海外でどう見られているのかを一通り感じた上で、改めてご自身の目で日本を見直す経験をされたのだと思います。お話をしていても、『そんなこと、考えたこともなかった』と思うことを尋ねられることが多いんです。そして記者会見などではクールに見えるかもしれませんが、普段はよく笑って、撮影現場でも話すことを惜しまない監督です。心強かったですね」
――作品のアイディアの元となっている柳田國男の『遠野物語』では「山女」の項目に、誰も生きていけないような山深い場所で突然、若い女性が現れたとか、村から突然失踪した女性が、数十年ぶりに戻ってきたとか、不思議な話が多いのですが、ここから得たものは?
山田杏奈:「映画が決まってから『遠野物語』を読んだのですが、私自身は、『日本昔話』のような感覚を受けました。今読むと、『え、そんなことある?』『本当なのかな』と思う話が多く、そこが面白いところでもあり、怖さでもある。現代なら広い解釈をしたり、科学で解明できるよねという話が、伝承という形で地域に根付き、残った結果なんですよね。流行り病を封じ込めるために大仏を作るなど、解明できない不思議なことを、必死に自分たちの常識に当てはめようとしていたのだなと受け止めました」
――永瀬正敏さん演じる凛の父親と、凛は、先祖の過失の罪を未だ背負って、村では差別を受けている状況です。けれどその父親も凛の弟を最優先としていて、凛の立場はとても厳しいものです。山田さんは凛の境遇をどう感じましたか?
山田杏奈:「私が驚いたのが、この映画を見た方から、現代の問題に通ずるところがあるという意見をたくさんもらったことです。私はその部分を意識していたわけではありませんが、言われてみれば確かにそうだな、と思います。
凛は”娘”として家にいるのではなく、家事をしたり父親のフォローをしたりと、ある種、女性に課せられた役割を果たすような振る舞いをしています。『山女』は、家の中でさえ自分らしくいられなかった人が、山に入ることで初めて自分らしく生きることを見つけた話でもあるんですよね。『ガンニバル』(Disney+オリジナル作品、2022年)もそうでしたが、村社会や昔の日本の家族が象徴する閉鎖性を描く意義を感じました。描くことで外に伝えるということなのかなって」
――本当にその通りですね。『山女』を見て感じたのは、私の中に誰かの行動や思想を枠に当てはめる「心の村」を持っていないかということでした。特にコロナ禍にはみんなが外に出られなくなり、煮詰まったコミュニティから出られない苦しさがあったことを『山女』から感じました。だからこそ、凛が厳しい環境の山に入るという選択が光りますよね。凛が出会う山男は森山未來さんが演じていますが、どのようなインスピレーションを受けましたか?
山田杏奈:「森山さんは、野生動物みたいでした!初めて森の中で会った時の歩き方が凄まじくて、こんな体の使い方があるんだと驚きました。
凛と山男は、お互いが生き物同士として側にいるような雰囲気ですが、私は、大きい動物が側にいて安心するみたいな感覚があるんだろうなと思っていました。そして、二人がどれほどの関係性になったかは、はっきり描かれていないのも、すごくいいなと思っています。
凛は山男に出会い、一見、秩序がないように思える山の中でこそ自分らしく生きられるようになる。ちょっと皮肉も感じますし、面白いです」
――『遠野物語』の舞台は岩手ですが、撮影では山形県の出羽三山を中心に撮影されたそうですね。樹齢を重ねた大木が圧倒的ですが、山田さんの肉体も負けていません。
山田杏奈:「映画『樹海村』の時は富士山の樹海で撮影していたのですが、倒木に生えている苔が綺麗で、ずっと眺めていました。山形でも、苔にちっちゃい水滴がついている様子に本当にときめいて。森の中には見たことない虫もいっぱいて、本来、虫はそんなに得意ではないんですけど、自然を観察するのが面白かったです」
――かなり計算されつくした構図が多く、カメラポジションをきちんと意識して演じなければ成立しないような美しいショットが多かったのですが、山田さんはエモーショナルな感情が出てくるときの肉体的な動きをある種、抑制しなくてはいけないので、大変だったのではないですか?
山田杏奈:「そこは、監督の福永さんと、カメラマンのダニエル・サティノフさんという、アメリカで映画を学んだお二人の考えに基づいていると思います。確かに、本番に動きが変わってもいいよ、という現場ではありませんでした。決められたフレームの中で、凛のセリフを生かす構図が考えられているためです。ただ、福永さんは『そんなことは考えないで演じてほしい』と話されます。なので、自分の動きの範囲を頭の片隅に入れつつ、そんなことには気づいてもいないですよという風に演じることを学びました(笑)。 それが面白かったです」
――山田さん自身は、凛の生き方をどう感じましたか?
山田杏奈:「今の私が凛の境遇に置かれたら、すぐに逃げると思うんです。でも、凛の場合、その選択肢すら生まれないような状況なんですよね。他の生き方を選ぶための情報が入ってこないので……。そんな中で、本当に強く生きているなと思います。昔の人だからと一括りにしたらダメですが、今のように『自由に生きていいんだ』とは、誰も言ってくれない状況で生き抜いた人々の姿を見て考えるというのは、大切なことだと思うんです。そこには、今の私たちから見えない考え方や、幸せがあったかもしれない。私は、『山女』はハッピーエンドだと思っているんです。
そして私たちは未だ、同調圧力の心を捨てきれずにいるのかもしれません。私が村を描いた映画や漫画、物語を好きなのは、それが日本固有の話だと感じているからなのだと思います」
Anna Yamada 2001年生まれ、埼玉県出身。2011年『ちゃおガール☆2011 オーディション』でグランプリを受賞しデビュー。2018年『ミスミソウ』で映画初主演。2019年『小さな恋のうた』第41回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞受賞。その後数多くの映画・ドラマに出演する。2022年は、ドラマ「未来への10カウント」「17才の帝国」「新・信長公記~クラスメイトは戦国武将~」「早朝始発の殺風景」などの話題作に多数出演し、初の舞台作品となる『夏の砂の上』に出演した。
『山女』
WEB : https://www.yamaonna-movie.com/
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