
左から川口市立美術館館長の建畠晢さん、蜷川実花さん、川口市長の岡村ゆり子さん photograph:植村マサ
東京からもアクセスしやすい、埼玉県・川口駅から徒歩2分の場所に開館した川口市立美術館。その開館記念特別展「蜷川実花展 はじまりの光」では、蜷川さんが創作と真摯に向き合った写真の数々に加え、父・蜷川幸雄さんの書斎を再構築したインスタレーションや、キルト作家の母・宏子さんが長年作り続けてきた作品などを展示。川口だからこそ生まれたという表現の背景を、オープニングで行われたトークの記録によって蜷川さん自身の言葉からひもとく。
ADのあとに記事が続きます
ADのあとに記事が続きます
おかめ市、見世物小屋、ピンク映画館——
川口で出会った創作の原風景
―― 今回、川口市での展覧会開催にあたってどのような思いがありますか?
蜷川実花さん(以下、蜷川):父の実家が川口にあって、5歳頃までしょっちゅう預けられていたんです。自分が住んでいたところは新興住宅地だったので、川口の路地裏の少し猥雑さもある雰囲気がとてもエネルギッシュで、魅惑的に見えていました。
特に印象的なのは、おかめ市という大きなお祭りです。当時そこには見世物小屋があったり、おもちゃのたたき売りをしていたり、鯉の活き造りがあったり。明るいだけではない、普段あまり触れないような世界も内包した、幼い私にとって不思議なお祭りだったんですよね。
その頃、父が手がけていたのはギリシャ悲劇で、絢爛豪華なセットの中で生と死がせめぎ合うような演目でした。その光景と川口の光景が自分の中で重なり、どこまでが創作で、どこからが現実なのか、その境界が曖昧になるほど強烈な体験でした。

photograph:植村マサ
――なるほど。蜷川さん独特の世界観の一端は、まさに川口で育まれたと言えそうですね。
蜷川:そうですね。ピンク映画館があったり、祖父母が営む洋裁店にタクシーの運転手さんやお坊さんたちが集まって、みんなで麻雀をしていたり。東京で普通に生活していたら出会わないような、まるで映画の中のような光景が原風景として、かなりクリエイションに影響している気がします。
色彩を手放し、
一枚一枚の写真と向き合った展示

photograph:来田猛
――今回の展覧会は、写真を軸にした第1章と、インスタレーションを通して家族との記憶に迫る第2章で構成されています。第1章では、極彩色のイメージが強い蜷川さんの作品とは対照的に、モノクロ写真や日常を切り取った柔らかな雰囲気の写真が印象的です。
蜷川:写真家として30年以上活動していますが、実はこれまで写真を一枚の作品として見せることは、あまりしてこなかったんです。インスタレーションや写真集など、集合体として見せることが多かったのですが、今回はあえて一枚一枚をしっかり見せるという、写真家としての挑戦をしたいと思いました。

photograph:来田猛
蜷川:いわゆる“蜷川実花”らしい鮮やかな色彩の作品は、喜んでくださる方も多く、私自身も大切にしている部分です。ただ、その色彩によって、本当に伝えたいことや作品の奥にあるものが届いていないのではないかと長年感じていました。
そこで今回は、自分の強みの一つである色彩を手放してもいいのではないかと。あえてモノクロを選んだというより、色彩にとらわれず、自分がいいと思えるクリエイションに向き合った結果、こういった展示になりました。長く活動してきたからこそ挑戦できた展示だと思います。

photograph:来田猛
―― 展覧会の冒頭に置かれた水中作品『Dancing with Shadows in the Light』について教えてください。
蜷川:ダイビングをしていたら海の写真を撮りたくなったのではなく、海を撮るためにダイビングのライセンスを取ったんです。海は生と死が近い場所なんじゃなかろうかと。
最初は呼吸するだけで精一杯で、いい写真を撮ろうという感覚すら持てなかったんです。だからこそ、感じたことがダイレクトに写真に写っていく。その感覚が久しぶりで、どんどんのめり込んでいきました。1年半で70回くらい潜ったんじゃないかな。
インストラクターの先生たちには、カメラを持つと泳ぎが安定してくると驚かれました(笑)。
「自分の知らない時代の父と母に出会い直す」

First Light, 2026 ©mika ninagawa / bookshop M Co.,Ltd. / Courtesy of Tomio Koyama Gallery
―― 展覧会タイトルにもなっている新シリーズ『First Light(はじまりの光)』はどのような作品ですか?
蜷川:これこそ、川口で展示をすることが決まり、いろいろなタイミングが奇跡的に重なって生まれた作品なんです。実家で見つけた、父と母が写っている昔のアルバムをマクロレンズで再撮影しています。私が知らない時代の父と母に出会い直すような感覚がありました。
父が亡くなって10年以上が経ち、母も今85歳で、記憶が少しずつ曖昧になってきています。母の視点からは、このアルバムがどんなふうに見えるんだろう、と考えることもあります。撮ることによって、ただ眺めているよりも圧倒的に深く知ることができ、母の目で見ているような感覚にもなりました。
同じ写真を日を変えてまた撮ることもあるのですが、写り方が全然変わったりするんです。自分にとって初めての手法でしたが、面白いシリーズになったかなと思います。

photograph:来田猛
セルフポートレートは
シェルターのような存在

photograph:来田猛
―― 長年、取り組まれているセルフポートレートのシリーズについても聞かせてください。
蜷川:写真家としてのデビューは大学1年生の冬で、そのときの作品がセルフポートレートだったんです。それから30年の間、ずっと撮り続けているテーマです。やはり、自分自身を知りたいという思いが、大きなテーマの一つにあるんだと思います。
映画や大型インスタレーションなど、たくさんのお金をかけて、大勢のチームでプロジェクトに取り組んでいるときこそ、たった1人で作れるセルフポートレートを撮りたくなります。
自分だけで完結する世界をきちんと作っているからこそ、大きな挑戦にも向き合えるし、いろいろな人の意見を取り入れながらものづくりを続けていける。自分にとっての儀式というか、シェルターのような役割もあるのかもしれないですね。
撮ることで自分を保つ
2つの生命がリアルに交差した1年半の記録

photograph:来田猛
―― 本展企画のきっかけになったという作品『うつくしい日々』についてお聞きします。 蜷川さんにとって、あの時期はどのような日々でしたか?
蜷川:ちょうど父が亡くなる半年くらい前に、次男が生まれたんです。息子が寝返りを打てるようになる一方で、父は寝返りが打てなくなる。息子が流動食を食べられるようになると、父は流動食すら食べられなくなった。そうした変化が交差していって、生命がつながっているということを、圧倒的なリアリティをもって感じました。
その期間はずっと、風景が露出(写真の明るさを決める光の量)が高くなったように見えていたんです。何てことのないコンビニに差し込む光も美しいんだな、と思ったり。仕事はフルでこなしながら、毎朝病室に通っていたのでギリギリの状態で、きっと、普段とは違う感覚で世界を見ていたんだと思います。でも、撮ることによって、自分を保っていたところはありますね。
初めて本格的に家族と向き合った
ここでしか見られない展示

蜷川幸雄さんの書斎 ©ニナガワカンパニー
―― 美術館の地下階で展開される第2章では、蜷川幸雄さんの書斎を再構築したインスタレーションが展示されています。制作の背景を教えてください。
蜷川:父の書斎がずっとそのまま残っていて、本当に気配が感じられる状態だったんですよね。いつかここに向き合わなきゃいけないと思いながらも、10年間整理できずにいました。このタイミングで向き合おうと決めて、一度すべてを外に出し、再構築してインスタレーションにしました。

photograph:来田猛
蜷川:父の舞台ではよく彼岸花が咲いていたので、書斎から外へとつながるように配置しました。会場に流れているのは、父の舞台で何度も使われた、20年ほど前に作られた効果音です。それに、父が一度だけ、私の作った金魚の映像を『血の婚礼』という舞台で流したことがあって、ここでもその映像を流しています。自分の気持ちと、物理的な書斎の整理をしながら作っていった作品です。
そして、展示室奥の両側にあるのが、母が30年ほど作り続けているキルトです。圧倒的な手仕事と、そこに込められた思いが両側から押し寄せてくるようなエネルギーがある。この2人が一緒にいて、ものづくりをしていたんだなという感覚も、受け取っていただけるんじゃないかと思います。

photograph:来田猛
―― 今回、初めて本格的に家族をテーマとして向き合ったことについて、どのようにお考えですか?
蜷川:若い頃はとにかく「親の名前で売れている」と言われ続けてきました。父が亡くなって10年以上経ちますけれど、それでも未だに記憶に残っているんです。だからこそ、あえて家族に触れて何かを作ることは、これまでしてきませんでした。
でも、長く活動を続けるなかで、ようやく自分に自信がついてきたのかもしれないですし、自然と家族に向き合える環境が整ったのかなと思います。川口での展覧会のお話をいただいたのは約2年前。そのときから、川口ではこれをやろう、あれをやろうとずっと考えていました。本当にこの街だからこそ実現できた、ここでしか見られない展示になったと感じています。
―― 最後に、展覧会を訪れる方へメッセージをお願いします。
蜷川:この展覧会は私にとってもすごく重要な展覧会で、川口市立美術館だからこそいただけたきっかけによって、新しい表現が広がったと感じています。川口の方はもちろん、埼玉、東京、そして県外からもいっぱい来てほしい。お待ちしています!

川口市立美術館 開館記念特別展「蜷川実花展 はじまりの光」
期間: 〜2026年11月29日(日)
場所:川口市立美術館 埼玉県川口市川口3丁目1-2
時間: 10:00〜18:00
休館日:月曜日(11月23日は開館)、11月24日
料金:当日一般¥2000、大学生¥1500、高校生¥1000、中学生以下無料(オンライン購入は¥200引き)
Instagram:@kawaguchi_museum_of_art
WEB:https://kawaguchi-moa.jp/

Self-image, 2013 ©mika ninagawa / bookshop M Co.,Ltd. / Courtesy of Tomio Koyama Gallery
Mika Ninagawa
写真家、映画監督、現代美術家。『さくらん』(2007年)、『ヘルタースケルター』(2012年)、『Diner ダイナー』(2019年)など5本の長編映画、およびNetflixオリジナルドラマ『FOLLOWERS』(2020年)を監督。近年は蜷川実花 with EiMとして、クリエイティブチーム「EiM(エイム)」とともに大規模なインスタレーションを手掛けるなど、表現の幅を広げている。これまでに写真集120冊以上を刊行、個展150回以上、グループ展130回以上と国内外で精力的に作品発表を続ける。
Instagram:@ninagawamika
WEB:https://mikaninagawa.com





