
デザイナー佐々木拓也さん
—— まず「TSTS」というブランド名について、TSという文字が繰り返されていますが、どのような意味が込められているのでしょうか。
最初のTSは僕のイニシャル「Takuya Sasaki」からきています。そして後半のTSは「Test Samples(テストサンプルズ)」の頭文字です。ブランドプロフィールでは「Experimental Test Samples(実験的テストサンプル)」と掲げています。もともとの着想として、軍のエースパイロットに試験用として配給される実験服のデパートメント(部署)のように、服を前進させるための実験的な姿勢を持ち続けたいという想いがありました。また根本的な理由として、僕のアントワープ王立芸術アカデミーでの修了コレクションが『Samples』というタイトルだったことも影響しています。自分の中で「サンプル」という概念が大事なキーワードとしてずっと残っていて、ブランド名に絶対入れたいと思っていたんです。
—— TSという文字が重なってリピートされるグラフィック的な響きは、最初から意図してデザインされたのですか?
はい、最初から狙っていました。僕はわりと現実的・ビジネス的な考えも持っていて、視認性の高さや覚えやすさ、検索性、商標の問題などを総合的に考えたんです。一発でパッと目に入って忘れない記号であり、服に付いていても違和感なく着られるような、地図記号や道路標識のクランクのようなストイックなグラフィックを目指しました。自分のイニシャルからスタートしつつ、「Test Samples」というコンセプトが見事にハマったという感じです。

2027年春夏コレクションのために制作したリサーチブック
—— そもそもファッションに目覚めるきっかけとなったのは?
最初はストリートファッションなんですが、その頃買っていたのが『Boon(ブーン)』という雑誌で、2003年頃でしたね。だから入り口はストリートウェア、それもスニーカーからです。アディダスやナイキ、そしてたまにA BATHING APE®(ア・ベイシング・エイプ)。だからハイブランドにも古着にも縁がなかったですし、雑誌に使われているファッション用語もまったくわかりませんでした。
次第に『TUNE』などのストリートスナップ誌を読みこむようになり、まず「何これ?」と思ったのがディオール。「ディオール」という言葉は聞いたことがあるけれど、化粧品やバッグのブランドじゃないの?と思って調べたら、そもそも服のブランドで、さらに「ディオール・オム」というラインがあって、そこにエディ・スリマンという人が関わっていると知りました。僕らの世代はSNSの走りだったから、それが結構自分の中では大きかったですね。青森の田舎にいながらも情報にアクセスできる環境があって、それで深掘りするのが楽しくなって、もうどっぷりハマりました。ファッションの中でも、デザイナーたちが戦うモードのフィールドがすごくかっこいいと思いましたね。やっぱり好きなのはここだなと。

上 TSTSのアトリエ
下 デビューコレクションのリサーチブック

ブランドコンセプトの核をなす
「二面性」
—— ブランドのコンセプトとして「二面性」を掲げられていますが、このキーワードにこだわる理由を教えてください。
自分の作風を決定付けたアントワープの修了コレクション『Samples』に原点があります。そのコレクションをリバイバルした2024-’25年秋冬コレクション『Samples 2』でも追求したのですが、制作の根本にあったのは日本のお笑いにおける「緊張と緩和」という概念でした。修了コレクションの制作を開始した2015年当時の時代背景として、アスレジャーやラグジュアリーストリートが全盛で、ファッション全体がラフでゆるい方向に流れていたんです。でも僕はもともと、ピシッとしたモードやマスキュリンな世界観が好きでファッションに入ったので、「ゆるいのも良いけれど、ネクタイを締めるような格式高い世界観をぶつける提案も面白いのではないか」と考えました。これこそが「緊張と緩和」です。
また、当時アントワープにいて日本のお笑いや文化のユニークさに再注目していました。修了コレクションでは北野武さんをフィーチャーしたのですが、彼は映画監督としての芸術的側面を持ちながら、お笑い芸人でもある。そして実際にアントワープ王立アカデミーにも取材で来校されていました。一人の人間の表と裏、多様な二面性の要素に強く惹かれたんです。
—— コレクションで見られるチェック柄やストライプ、サックスブルーなどの要素も「二面性」と関係しているのでしょうか?
まさにそうです。チェックやストライプの柄、あるいは白と黒といった要素は、二進法的な考えで“2”で構成される表現として展開しています。そしてブランドとしての最も大きな二面性は、僕自身のバックグラウンドにあります。文化服装学院で学んだ日本的な技術や思考と、アントワープ王立アカデミーで学んだヨーロッパ的な表現手法。この2つの軸こそが、「TSTS」の二面性です。


二進法的な考えで表現したサックスブルーのギンガムチェックのアイテム
東京とアントワープ、
異なる教育と挫折から得た強み
—— 文化服装学院とアントワープ王立アカデミーという、異なる日欧のファッションスクールで学ばれたわけですが、それぞれでの学びはどのように今に活かされていますか?
実は計3つの学校に通いましたが、無駄になった場所はひとつもありませんでした。文化服装学院は世界的に見てもある種特殊な技術の学校で、実技・縫製・パターンの徹底した錬成に尽きます。ただ、当時の僕は技術のクラスで完全に落ちこぼれていて、学年でも最下位に近い成績でした(笑)。そして“講義を聞いてレポートを出すことが、自分の目指すモードのデザインとどう繋がるのか”と悩んでいたんです。
例えば、エディ・スリマンやクリス・ヴァン・アッシュがやっているパリのファッションフィールドと、自分たちがいま学んでいることは何か違いそうだなと文化服装学院の途中で思い、そこのブリッジになりそうな場所としてここのがっこうにダブルスクールで通い始め、その後アントワープ王立アカデミーに行きました。アントワープの学生が制作アシスタントを探していると聞いて飛び込んだのが、海外へ行く最初のきっかけです。不思議な制度で、学生なのにインターンを採用するようなシステムがあるんです。
—— アントワープでの学びはいかがでしたか? カルチャーショックなども大きかったのではないでしょうか。
本当に行って良かったです。日本にいて“僕のやりたいファッションデザインはこれじゃないかも”と感じていた違和感が一気に解消されました。アントワープでは自分のスタイルが認められ、適材適所で輝くことができた。世界中から集まる多様な価値観にも揉まれました。世界的デザイナー(アントワープ・シックスなど)の指導を受け、世の中に自分がフィットして認められる場所があると実感できた体験はかけがえのない財産です。
—— そうした日欧での経験を身につけた佐々木さんの一番の強みは何だと思いますか?
“コンセプチュアルなアート思考”と“確かな縫製・パターン技術”の両方を、ほぼ均等なバランスで持ち合わせている点です。海外の美大的なアプローチによるコンセプチュアルなコンセプトメイキングができる一方で、頭でっかちにならずに自ら高度なパターンを引く技術もあります。帰国後に「sacai(サカイ)」でパターンのインターンを経験しましたし、現在「TSTS」を共に手掛けるパートナーの井指友里恵も、「kolor(カラー)」でメンズのパタンナーとしての経験を極めています。井指は僕がアントワープに行った時と同じようにアシスタントとして来てもらったのですが、一緒に帰国してそれぞれのブランドで更に経験を重ねました。コンセプトと技術、この2軸をハイレベルで融合させていることが僕たちの最大の強みです。

上 アトリエに貼られた
2027年春夏コレクションのデザイン画
下 アトリエの本棚

どん底からの再起と
「タイガ タカハシ」の立ち上げ
—— アカデミーを優秀な成績で終えて帰国された後、実は就職活動ではかなり苦労されたとお聞きしました。
本当に向かい風で、どん底でしたね(笑)。名だたるブランドを何十社も受けましたが全部落ちました。原因としては僕の面接の拙さもありましたが、企業側の求める人材とのマッチングの問題もありました。日本のブランドは、デザインチームが細分化されているヨーロッパのメゾンと違うので、アシスタントとしてアントワープ帰りの人間をどう扱えばいいか困ったのだと思います。当時は生活のために工場での仕分けアルバイトなどをしながら、ファッション業界との接点を諦めないために必死でした。その中で見つけたのが「sacai」でのインターンでした。
—— その後、故・髙橋大雅さんと「Taiga Takahashi」を立ち上げられることになりますね。
大雅君はアントワープの卒業ショーに毎年来るようなファッションフリークで、ヨーロッパ時代から深い交流があり、“いつか一緒にブランドを立ち上げたい”と声をかけてくれていました。2人でスタートし、僕は裏方としてブランドコンセプトの構築や事業計画の策定など、ビジネス・プロデュース面に徹底して携わりました。彼の持つ古着やヴィンテージへの情熱に、ヨーロッパ的で定点観測的なアートアプローチを融合させ、祇園の店舗立ち上げまで共に行いました。約5年間併走し、自分のやりたい表現(現在のTSTS)へ移行するために退社した直後、彼が急逝するという辛い別れもありましたが、彼と共に駆け抜けた時間は自分の基礎となっています。

—— 東京でクリエーションを続けていくことについて、どのように考えていますか?
アントワープの学校を出てどうしようかとなった時に、ヨーロッパにそのまま残るという選択肢もあったんです。けれど現実として、ビザや政治的な問題、家族のことなどいろんな問題が出てきました。それを考えたときに、やはり東京だなと。こんなにもファッション的に恵まれている国はないということは、ヨーロッパにいたからこそ気づけたことで、服の生産も販売も自国で完結できる国はほぼありません。だから日本に帰ろうと思いました。
「命がけの遊び」として服を作る
—— 服が完成するプロセスの中で、佐々木さんが一番楽しいと感じるのはどの部分ですか?
シンプルに、完成した服を着るところです。僕自身、カッコいい服を着ておしゃれをしたいということだけで洋服作りをやっています。スタイリングを組む感覚もすごく好きで、スタイリストのTEPPEIさんと緻密にロケーションやポーズ、着こなしを計算して構築していくプロセスは最高に楽しいですね。
—— デザインを着想する上でのインプットは普段どのようにされているのでしょうか?
実は、いわゆるリサーチのためのインプット作業はほとんどしていません。普段の生活の中での友達との会話や、散歩している時の思考から物事を言語化してスタートすることが多いです。例えば『オズの魔法使』をテーマにした2026-’27年秋冬シーズンも、TEPPEIさんと“もう新しいものが作れないかもしれない”と話していたのがきっかけでした。そこから、無理に新しいものを探すのではなく、自分がすでに持っているギンガムチェックやサックスブルーなどのブランドアイコンを再定義し、そこからAIとの対話を通して“ドロシーの着ているサックスブルーのワンピース”というアイデアに繋がり、『オズの魔法使』という物語の本質(元の家に立ち返る=自分が持っていた要素に還る)とリンクしました。
サックスブルーについても、この色っていろんなものの真ん中にあるなと思っているんです。男性的でもあるし女性的でもある。子供の色っぽいけれど、おじいちゃんやおばあちゃんが着ていても緊張感があってクリーンで。その立ち位置が好きで、アントワープの修了コレクションにも自然と取り入れていました。普通に好きな色で、自然とどこかに入っている色。綺麗ですよね、空の色。


右上 2024-25’秋冬『SAMPLES 2』のリサーチブックから、アントワープ王立芸術アカデミー修了コレクション『SAMPLES』の実際のルック画像
左下 チャップリンの『独裁者』と反戦をテーマにしたデビューコレクション2023-24’秋冬のリサーチブック
—— 服を作る上で、今最も大切にされている価値観は何ですか?
昔は“バランス感覚”と答えていましたが、ブランドを率いる経営者・社長となった今は“命がけの遊びでありたい”と思っています。僕はビジネスの戦略を立てるゲーム性は大好きですが、ただのお金儲けには興味がないと気づきました。お金儲けだけを考えたら、2024-’25秋冬のファーストルックでパンツ一丁のような提案は絶対にしませんから(笑)。でも、それがやりたいからやる。どこまで本気でふざけられるか、自分の美学を貫けるか。“命がけの遊び”として服と対峙し続けることを一番大切にしています。
—— 最後に、これからファッション業界を目指す若い世代や、デザイナーを志す学生へ向けてメッセージをお願いします。
大したことは言えませんが、“技術は裏切らない”ということです。デザイナーという職種は華やかで憧れる人も多いですが、才能や時代の運、環境のフィット感によって左右される部分も大きいです。僕自身、センスや才能があったからアントワープへ行けたわけではなく、たまたまその器にハマっただけだと思っています。でも、技術だけは違います。努力して磨いた技術は、学んだ分だけ絶対に自分の確固たる糧になります。特に文化服装学院をはじめとする日本の服飾学校は、世界屈指の優れた技術を教える学校です。せっかく技術を学べる環境にいるのなら、まずは徹底的に技術を身につけること。それが将来、どんな壁にぶつかった時でも自分を支える最強の武器になるはずです。
photographs: Josui Yasuda(B.P.B.)
Takuya Sasaki
1990年青森県生まれ。文化服装学院卒業。在学中にここのがっこうに通い、その後アントワープ王立芸術アカデミーで学ぶ。ウォルター・ヴァン・ベイレンドンクらに師事。2016年に帰国し、「サカイ」でインターンを経験後、高橋大雅とともに「タイガ タカハシ」(現T.T)の立ち上げに携わる。‘23年、パタンナー井指友里恵とともに「TSTS(ティーエスティーエス)」を始動。
東京発のブランドストーリー


















