その制作に1300時間を要したというファーストルックは、色とりどりのシフォンが重ねられたボリューミーなドレスだった。考え抜いたうえで、作り込む。そこに妥協はない。アレッサンドロ・ミケーレというデザイナーがオートクチュールの舞台にたどり着いたことが、必然としか思えない。
そもそも、プレタポルテの初ショー翌日に行われた展示会では、手の込んだ刺繡などを目にした我々ジャーナリストから「既にオートクチュールのようだ」との意見が飛び交っていたのだが、本当のオートクチュールは想像を遥かに超えていた。
ランウェイに浮かび上がったルックナンバーと、クリエイションにあたって着想源にしたもののリストが流れていた。それは「こういうことを、ずっとやりたかったんだ」というミケーレ自身の魂の叫びだ。

ミケーレがグッチを去った後、ファッション界で最も大きなトレンドは現在に至るまで「クワイエット・ラグジュアリー」だといえるだろう。しかし、ミケーレとヴァレンティノは、そうした流れに明確な異を唱え、クリエイションを前面に押し出したファッションこそが時代を変えるのだという宣言を突きつけている。
もちろん、そこには勝算もあるはずだ。そもそも21世紀に入って以降、巨大メゾンでウィメンズとメンズの両方のカテゴリーでクリエイションの方向性を大転換させ、かつビジネスでも大成功を収めたという実績を持つデザイナーは一握りしかいない。
かつてグッチのイメージを一新させ、世界中のファッションピープルのみならず、多くの人々にまで自身のクリエイションを知らしめたアレッサンドロ・ミケーレが、その限られた一人であることは疑いようがない。
ミケーレがモードの第一線に戻って、まもなく1年になる。グッチの本拠地であり自身の祖国イタリアのミラノではなく、モードの都パリで、オートクチュールという、ほかの何にも代えがたい舞台に上がる権利とともに彼が帰ってきたことは、ファッション界にとって大きな節目になりえるだろう。
実は、’15 年1月に開催されたミラノ・メンズの’15 -’16年秋冬コレクション、ミケーレによるグッチのデビューショー会場にも私はいた。長髪のモデルが装う印象的なリボンタイのファーストルック、花柄プリントのベストなど、いま見返すと、まだ大物ではなかったものの、彼独自の創作の息吹を感じさせる。
ファッション界におけるアレッサンドロ・ミケーレの本格的な歩みは、あの瞬間に始まった。彼の本質は、無機質な時代に彩りを与える、ということだと思う。その歩みを、これからも見ていきたい。
VALENTINO
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『装苑』2025年5月号掲載