
2025年春夏オートクチュールコレクション
ミケーレにとって初となるオートクチュール。ボリュームのあるドレスが多数登場し、際限のない作り込まれたクリエイションと職人の手仕事の融合だった。プレタポルテの際にもオートクチュール級のルックが多数あると感じたが、実際のオートクチュールは創造を遥かに超えていた。招待客には48のルックごとに制作時間や素材、着想源が記載されている100ページのコレクションノートが配布された。
21世紀のモード界に彗星のごとく現れた、アレッサンドロ・ミケーレ。ファッションで唯一無二の世界を描き出し、見る人々を熱狂させてきた彼の、ヴァレンティノ(VALENTINO)のクリエイティブ ディレクター就任の知らせは、彼のカムバックを切実に望んでいたモード界から大きな期待と注目を集めた。
ヴァレンティノとミケーレの出会いがもたらしたものとは?彼がこれまでヴァレンティノで手がけた3つのコレクションとともにここにひもといていきたい。
後藤 洋平=文
text: Yohei Goto
後藤 洋平(Yohei Goto)
朝日新聞編集委員。1999年、報知新聞社に入社し、社会・芸能担当記者に。2006年、朝日新聞社に移り、大阪府警捜査1課などを担当。’14年に東京本社でメディアとファッションの担当になって以降、東京と欧州のファッションウィークやスイスの時計展示会を取材している。’19年に東京本社文化部次長、’21年から現職。
ヴァレンティノとアレッサンドロ・ミケーレの邂逅が生んだ歴史的瞬間
2024年9月29日、パリ市内南部。アレッサンドロ・ミケーレによるヴァレンティノが初めてパリでショーを開催した’25年春夏コレクションは、鮮烈というほかなかった。
荘厳なBGM、次々と登場するレースやフリル、ジャケットのボタン位置からシューズにまでつけられたリボンは、モデルが歩くたび大きく揺れる。
何より、’22年にミケーレがグッチを去って以降、パリでもミラノでも目にすることが激減した繊細かつド派手な刺繡の数々に圧倒された。柄やレースを重ねたデコラティブな装いは観客を圧倒し、フィナーレで会場は大歓声に包まれた。

2025年スプリングコレクション
ヴァレンティノのクリエイティブ ディレクター就任から、わずか2か月で発表されたコレクション。171ルックという驚くべき数で、ミケーレが創造の意欲に突き動かされたファーストコレクションといえる。この時点で既に過去からのアーカイブを多用していることを明言しており、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏がミニマリストではなく、むしろマキシマリストであったことも創造に影響を与えたとされる。
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心の準備は、出来ていたはずだった。ミケーレがヴァレンティノ移籍後すぐに手がけた’25年プレスプリングコレクションが、昨年6月、写真で公開されていた。そこで既に彼は、柄物の生地やフリルなどを多用し、それまでの「スマートな」ヴァレンティノのイメージを覆していたからだ。
しかも、この’25年プレスプリングコレクションのルックは男女合わせて171にも及んだ。この時点で4月の就任からわずか2か月。才人はグッチを去った後、どれほどクリエイションに飢えていたかが伝わる出来事だった。
「見なくてもだいたい、どんな感じか分かるよね」「でも、絶対その場で見たいよね」。初のミケーレ×ヴァレンティノのショーが開催される’25年春夏シーズンのパリ・ファッションウィーク期間が始まると、毎度顔を合わせるジャーナリストやバイヤーたちは、そんな会話を交わしていた。

2025年春夏コレクション
アレッサンドロ・ミケーレがヴァレンティノに移籍後、初めて開催したランウェイショー。グッチが発表しているミラノではなく、ヴァレンティノが参加するパリ・ファッションウィークは彼にとって初めてだった。グッチ時代から得意とするドットやフリル、レースの数々で、モード界に、ファッションウィークにミケーレが帰ってきたことを実感したコレクション。「いかにもミケーレ」でもあったが、ショー後のカンファレンスでは、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏へのオマージュがふんだんに込められていると明らかにした。
発表された新作群は予想どおり「ミケーレ節」が全開だったが、一方その着想源は意外でもあった。ミケーレはグッチ時代から、ショーの後に限られたメディアを招いて、その場でカンファレンスを開いている。
ヴァレンティノに移ってからも同様で、初のショーでのクリエイションについて「創業者ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏の’60年代から’80年代の創作に向き合い、新作を手がけた」と語ったのだ。
配られた資料には、ドット柄や大ぶりなリボン、ラッフルといった手法が、当時のガラヴァーニ作品に多く見られたと記されていた。後日、当時の資料にアクセスすると、ガラヴァーニ氏の当時の作品との共通項をいくつも見つけることが出来た。
そして今年1月29日に開催されたパリ・オートクチュールのショーは、「鮮烈」から「圧巻」への昇華だった。「どんな感じか分かる」「ミケーレのクリエイションとは、こういうベクトルだろう?」というファッションに詳しい世界中の人々の共通概念は見事に裏切られた。
そう。ヴァレンティノがプレタポルテだけでなく、熟練の職人たちを抱える歴史あるオートクチュールメゾンであるということによって。
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