『孤狼の血』シリーズ(’18年〜)や『新聞記者』(’19年)など、次々と刺激的な作品に出演する俳優・松坂桃李。卓越した表現力はもちろんのこと、傑作となる素材をかぎ分ける”ハンター”のような才覚には、毎度驚かされるばかりだ。
そんな松坂が、新たな野心作を私たちに突きつける。9月23日に劇場公開される『空白』は、松坂が日本アカデミー賞最優秀主演男優賞に輝いた『新聞記者』の配給会社、スターサンズとの再タッグ作。『ヒメアノ~ル』(’16年)や『愛しのアイリーン』(’18年)を手がけた鬼才・吉田恵輔監督のオリジナル脚本の映画となる。
地方都市のスーパーマーケットで起こった、万引き未遂事件。万引きを疑われた女子中学生(伊東蒼)は現場から逃走し、追いかけてきた店長・青柳直人(松坂桃李)の目の前で車にひかれ、亡くなってしまう。娘の死を受け入れられない漁師・添田充(古田新太)は、常軌を逸した行動に出始め…….。一人の少女の死をきっかけに、それぞれの人生がぶつかり、変容していく骨太な力作だ。
物腰柔らかく、とにかく真摯。笑みを絶やさない爽やかさをたたえつつ、会話の端々に作り手としての気概を感じさせる松坂。今回のインタビューでは、表現者としての彼の”思考”と”嗜好”の深部に迫る。
photographs : Jun Tsuchiya(B.P.B.) / hair & make up : AZUMA / styling : Akira Maruyama / interview & text : SYO
『空白』
中学生の少女がスーパーで万引きを疑われ、店長に追いかけられた末に車に轢かれて死んでしまう。少女の父親で漁師の添田(古田新太)は娘の無実を証明しようとスーパーの店長・青柳(松坂桃李)を追い詰める。そこに過熱報道や心無い誹謗中傷が加わり事故に関わる人々は追い込まれていく…….。罪、偽り、赦しを描くヒューマンサスペンス。
吉田恵輔監督・脚本、古田新太、松坂桃李、田畑智子、藤原季節、趣里、伊東蒼、片岡礼子、寺島しのぶほか出演。9月23日(木・祝)より全国公開予定。スターサンズ/KADOKAWA配給。(C)2021『空白』製作委員会
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この記事の内容
1 『空白』はいまの日本が直面している時代性や”流れ”を象徴・具現化した作品
2 作品に入る前のほうが大変で、結構悶々とします
3「聞く力」が心の余裕を生み出してくれる
『空白』はいまの日本が直面している時代性や”流れ”を象徴・具現化した作品
ーー『空白』との出会いは、どのようなものだったのでしょうか。
『新聞記者』でご一緒した河村光庸プロデューサーから「吉田恵輔監督と古田新太さんとこういう作品をやろうと思うんだよね」と概要をお聞きした形です。古田さんとはちゃんとお芝居をしたことがなかったですし、吉田監督とはずっとご一緒したかったので「ぜひやってみたいです」とお伝えしました。
出来上がった台本を読んだら非常にメッセージ性が強く、「さすが『新聞記者』をやった河村プロデューサーだ」と感じました。
――二度目のスターサンズ作品で、念願となる吉田監督と組んでみて、いかがでしたか?
衣装合わせの際に初めてお会いしたのですが、「よろしくー!」みたいにすごく明るいハッピーな方で(笑)。これまで手掛けられた作品のイメージと全く違っていて、驚きましたね。いい意味で、ここまでギャップのある方には初めて出会いました。
『空白』の現場はオール地方ロケ(※愛知県の蒲郡市)だったのですが、タイミング的に1回目の緊急事態宣言が発出される直前だったんです。撮影期間ぎりぎりいっぱいで撮っていると都内に帰れない可能性が出てきて、途中から吉田監督がものすごいスピードで撮り始めたんです。まさに激動といった感じで、僕自身も撮影時の記憶が飛ぶくらい必死でした。
でも完成品を観たら、そんな雰囲気は全く感じさせない。この作品のメッセージを損なうことなく、驚くほどのクオリティで仕上げる手腕に感激しました。
――松坂さんは、2020年の5月に公開されたYouTube動画「松坂桃李より」の中でDVDコレクションを披露されていましたよね(https://youtu.be/pkOH8xKNvvs)。その中に登場した『スリー・ビルボード』(’18年)と、本作は通じるものがあるようにも感じました。どちらも一元的な善悪を提示せず、人間の多面性を見つめていく。
そう言われると、確かにそうですね。『スリー・ビルボード』も種類は違えど、訴えかけるものは近いし、登場人物の中に秘められている沸々とした怒りも共通するように思います。この作品に取り組んでいるときは意識していなかったのですが、いまお話を聞いて「なるほど!」と思いました。面白いですね。
僕が『空白』に対して思っていたことは、「『正義』の定義やものの見方がコロコロ変わってしまう」といういまの日本が直面している時代性、もしくはその”流れ”を象徴・具現化した作品だということです。その印象が強くあったので、そうした感覚を主軸に置いて演じました。
映画『空白』より
――『空白』の中での松坂さんの身体性も印象的でした。常にシルエットを縮こまったように見せつつ、目線もどこかぼやけた、それでいて一点を凝視するようなものでしたが、テクニカルに作り込んでいったのでしょうか。
そうですね。古田さんと対峙するシーンは、目のやり場であったり、身動きが取れない感じをしっかりと表現として出したいと思っていたので、シーンを撮影する前に自分の中でシミュレーションをしました。