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映画「ハリー・ポッター」シリーズ衣装デザイナー取材、スタジオツアー東京特別企画「炎のゴブレット」衣装の舞台裏

2025.06.12

実験を繰り返して作り上げたバーガンディカラー

ローラン:まずは布のスワッチ(素材見本)と完成した衣装を大型の水槽に沈めて、動きや色の変化、水中での生地の挙動を観察しました。中には浮きすぎてしまう生地や、カメラに映ると色が暗くなりすぎてしまうものもありました。

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ローラン:例えば、ハリーの衣装には、初めベーシックなバーガンディを採用していましたが、実際に水中に入れてカメラを通して見ると、色が暗く沈んでしまったのです。そのため色を再考し、水中でちょうど深いバーガンディに見えるよう調整をしています。つまり、陸のシーンと水中のシーンでは、違う衣装が使われているんです。地上と水中では色の見え方が全く異なるため、それに応じた調整をしなければならないという、映画衣装ならではの奥深さを改めて感じた出来事でした。

ローラン:数週間単位で時間をかけました。水中での劣化や安全性を考慮したスタント用のテスト衣装(ダブル)と、本番撮影用の予備も必要になるので、枚数も用意しなければなりません。また、衣装はぴったり体にフィットしつつ、役者の動きを妨げないような工夫を施しています。特にダニエル・ラドクリフさんが多くの水中シーンを撮影したため、スタントチームや特殊効果チームと密に連携し、水中での安全性と動きやすさを両立させることにとても苦労しました。

ハーマイオニー・グレンジャーの開花を
大胆に示したライトローズのドレス

ローラン:セットの照明の下で、エマ・ワトソンさんの肌の色に合う複数のトーンをテストしました。目指したのは、温かみと柔らかさ、そして輝きを感じる色味で、子供っぽすぎず、淡すぎずといったバランスです。最終的に選ばれたピンクは、ライトローズから深みのあるピンクのグラデーションカラーで、シルクにオリジナルで染色しています。この色は、映像に魔法のような奥行きを与えてくれました。

ローラン:まさに、その通りです。彼女の女性らしさを表現するためのデザインなんです。フリルや重ねられたレイヤーのひとつひとつが、彼女の自信が開花していく様子を物語っています。花のような動きと柔らかさは、エレガンスとハーマイオニーらしい実用性のバランスを象徴しています。また、オフショルダーのデザインは、“少女から女性へ”と一歩を踏み出す彼女を表すディテールです。大広間に入った彼女を、真面目でオタク気質な今までのハーマイオニー・グレンジャーはなく、フェミニンな一人の女性として大胆に見せたかったんです。

ローラン:原作ではブルーのドレスだったので、当時はとても驚かれましたね。この“大変身”のシーンは感動的で、物語を代表する名場面になっていると思います。ハーマイオニーの成長がしっかり映し出され、多くのファンにとって“大人への節目”としてポジティブに受け止めてもらえたのが、とても嬉しかったです。

魔法界と現代を融合する絶妙なバランス感覚

ローラン:まさに今作の見どころはそこにあります。アスレチックグレードのメッシュやナイロン、ネオプレンのような現代的な素材を、伝統的なローブや三角帽、さらにグリフィンドールやハッフルパフといった寮のキーカラーに落とし込むことで、違和感なく融合させています。例えば、ローブひとつでも、俳優の動きを助けるために内側に現代的な裏地や留め具を施しているものもあるんですよ。

つまり、シルエットは魔法界のままに、素材やディテールにはスポーツ由来の現代的なものを取り入れています。具体的には、スポーツブランドのアイテムに用いられていそうな2本線ストライプといった、現代の人に馴染みのあるディテールを取り入れることで、観客がすぐにイメージが湧くよう工夫しているんです。

「ハリー・ポッター」シリーズは単なる一本の映画ではなく、
長年にわたって一つの世界を築き上げていくプロジェクト

ローラン:デザイナー、イラストレーター、カッター、バイヤー、染色家、エイジングアーティスト、フィッター、スーパーバイザー、現場アシスタントなど、それぞれの専門チームが細かく役割分担しながら衣装を管理しています。衣装制作はスケッチから仮縫い、フィッティングを経て最終仕上げへと進みます。特にユール・ボールのような大規模なシーンでは、300着以上もの衣装を制作・管理・保管するため、チームの綿密な連携と計画が欠かせません。限られた時間の中で効率的に進めるため、フィッティングは運が良ければ1回、通常2〜3回にまとめていますが、ガウンやスタント用衣装のように複雑なものになると、さらに回数が増えることもあります。エキストラの衣装も例外ではなく、短時間のフィッティングでも正確に仕立てることができるよう、細心の注意を払っていましたね。

ローラン:やはり一番大きいのは、規模と継続性ですね。映画「ハリー・ポッター」シリーズは単なる一本の映画ではなく、長年にわたって一つの世界を築き上げていくプロジェクトです。ファンからの期待も大きいですし、クリエイティブチームの中には“これまで以上のものを作ろう”という野心を常に感じていました。だからこそ、世界観の構築や制作フローの精度は、一般的な映画とは比べものになりません。衣装一つとっても、前作とのつながりやキャラクターの成長をどう見せるか、細部にまで気を配る必要があります。そうして年月を重ねる中で、撮影チームの間にも特別な絆が生まれました。みんなが「ポッターファミリー」と呼んでいたように、スタッフやキャストの間に家族のような関係性が育っていったんです。

常に『次は何をやろうか』と新しい挑戦を楽しむこと

ローラン:まず、何より情熱です。そして、それを支える確かな技術の基盤、想像力、細部へのこだわり、そして信頼も欠かせません。多くの衣装デザイナーは、劇場のアシスタント業務からキャリアをスタートさせることが多いのですが、そこでも求められるものは、情熱と忍耐、そして何よりプロ意識です! 実際、長時間の作業や何度も繰り返される変更に対応しなければならず、それは簡単なことではありません。でも情熱さえあれば乗り越えることができますし、時には簡単だとすら思えるようになるのです。

ローラン:私はもともと数学や物理学、天文学といった全く異なる分野からキャリアをスタートしました。でも、情熱と明確なビジョンがあったからこそ、ここまで歩んでこられたと思います。常に「次は何をやろうか」と考え、新しい挑戦を楽しむことが、モチベーションを保つ秘訣だと感じています。衣装デザイナーという仕事にすぐに就けるわけではありませんが、将来そうなるためには、自分の進むべき道を強く意識し、一歩ずつ積み重ねていくことが大切だと思います。これから目指す人にも、ぜひそうしてほしいです。

ローラン:もちろん! 撮影当時も数名のアジア系のスタッフが参加していましたし、スタジオツアー東京の設営時にも確実にメンバーに加わっていました。多様なバックグラウンドを持つスタッフがいることで、デザインプロセスに良い刺激や新しい視点をくれて、とてもプラスに働いています

——多くの作品を経験されてきた中で、映画における衣装の最も重要な役割とは何だと思いますか?

ローラン:衣装はただの服ではなく、キャラクターそのものを語る“ビジュアル言語”のような役割があると感じています。例えば、同じキャラクターでも違う衣装を着ることで、その人の態度や気分、物語の中での立ち位置や成長過程まで表現できますよね。衣装の形や素材、色、さらには、わざと与えた汚れや破れのダメージによって、どんな感情を抱え、どの状況に置かれているのかを視覚的に伝えられると思うんです。衣装は役者が言葉を発する前に、観客にキャラクターの性格、背景、感情を知らせる「先行メッセージ」のようなもの。だからこそ、ディテールや装飾がとても大切で、作り手の想いと技術が込められています。良い衣装は、演技をよりリアルに引き立て、映像全体の物語に深みや説得力を持たせるものだと思います。なので、衣装制作は単なる服作りではなく、キャラクターづくりそのものと言えるわけですね。

ローラン:展示を考える上で大切なのは、お客様の立場に立ち、どの視点が求められているかを探ること。私が感じたのは、日本の皆さんは本当に細部までよく見てくださっているということです。なので、衣装は360度から見られるように展示し、明るめの照明を設置しました。個別の展示台に設置して、ディテールがしっかり伝わるよう工夫しています。ぜひ、細部をじっくりご覧ください。精緻な刺繍、エイジング加工、ローブの内側の寮カラーの裏地、手縫いのディテールや特注の留め具……例えば、ビクトールのジャケットの爪型ホックなどは、ぜひ実際にご覧いただきたい部分です。これらのディテールは、スクリーン上では見えにくいかもしれませんが、キャラクターや世界観の構築に不可欠な要素で、ここでしか見られないもの。他にも、様々なディテールをじっくりと鑑賞して楽しんでいただけると嬉しいです。

ワーナー ブラザース スタジオツアー東京- メイキング・オブ・ハリー・ポッター 映画『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』公開20周年記念 特別企画「炎のゴブレット」
期間:開催中〜2025年9月8日(月)まで
場所:東京都練馬区春日町1丁目1−7
WEB:https://www.wbstudiotour.jp/the-goblet-of-fire-2025/

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